第33話

 男とソウマの戦いは始めは一方的だった。


 それはそもそも実力と経験が彼には足りなかったからだ。


 だが、『ソウマ・ニーベルリング』を名乗るこの男とソウマの戦い方はとても似ていたため、野生の勘とも言うべきだろうか。


 彼の剣筋はソウマがまさにこれまで学んできた剣技の完成系と言うべきもであり、ソウマ・ニーベルリングの戦闘の完成形と言うべきものであった。


 そのためか、相手の凄ざましい剣筋に合わせて、それに合わせて刀を振るうことで相手の攻撃を受け流しているのだ。


 さらに相手も本気ではないことも相まって、何合か打ち合うことはできた。


 だが、その実力差は一目瞭然だ。


 ソウマの攻撃するどころか、ひとたび気を抜けばすぐに殺されるだろう。


 ソウマが息切れすると、それを見た『ソウマ・ニーベルリング』はぴたっと攻撃を止めた。


「なるほど、過去の自分自身を褒め称えるのは癪だが、しぶといだけだ。伊達にこの迷宮を乗り越えただけはあるな」


 その言葉にソウマは獣如く息を切らしつつも、鋭くはっきりと自身の敵を睨みつけた。


「へらへらしているのも今のうちだ!そのまま見下していろ!すぐにお前を倒す!」


「倒す?このオレを?お前が?」


 その言葉が癪に障ったのだろうか。


 彼はこれまでの洗練された動きとは異なり、雑に猪のように彼に飛び掛ったのだ。


「やはり、お前は何もわかっていないようだな!お前がこの先待ち受ける未来と言うのを!」


 そう言うと、彼は村正から魔力を流した。


 それを伝うようにソウマの村正から何か…映像のようなものが流れてきたのだ。


 そう、彼自身の。


 いや、これから先もしかすると自身が歩むことになるだろうと思われるその先未来かもしれない。


 それは地獄のような光景だった。


 女神となりかけた最愛の人を殺し、その血を浴びたことにより神々の加護を打ち消す力を手に入れ、その力を持って異世界から無知なのをいいことに強大な力を与えられ、彼を殺すために差し向けられた。


 だが、彼はその力を持って、彼らを全て撃退した。


 神々は彼を恐れたが、所詮は余所者の命だ。


 次から次へと彼を亡き者にするために異世界から刺客が送り込まれた。


 いつしかこの世界の者全てが彼の力を恐れ崇めた。


 しかし、そんな世間の声も彼には届かなかったようだ。


 彼の心は死んでいたのだ。


 いつも毎日消えたい、死にたいと思っていた。


 だが、かつての『夢』が彼が許さなかった。


 それは女神のご神体となった少女が彼に殺されたときに言い残した最後言葉だった。


『貴方がしてきたことは決して許さない。『神殺し』は原初より立派な大罪なの。でもね…君の夢だけは必ず叶えて…。そうしたら、許…し…』


 その娘は心臓部を刀で貫ながらも、しっかりと彼を見据えてそう言ったのだ。


 その時は既に彼女は女神に肉体を完全に奪われ、その魂は完全に消え失せたはずであったであった。


 これは女神アヴァンドラとしての言葉なのか、はたまた死の淵にわずかに残っていた彼女の人間性がそう言ったのかは定かではない。


 だが、姿はまさにかつて愛した少女であったのだ。


 その後のことは謎に包まれていた。


 だが、その後彼は異世界からの刺客を撃退しつつも、各地で小さな山賊団や国を滅ぼそうとしている者たちを自らの手であらゆる人を助けた。


 迷宮を攻略したことによって、はたまた女神アヴァンドラが最後にそう願ったのか、彼は不死性を獲得してしまったのだ。


 あらゆる外傷では死ぬことはない彼はいつしか過去の自分自身を憎んだのだ。


 そして、ある日黒い男が彼の目の前に現れた。


 男はにやりと笑うと、


 その光景を見せられたソウマはそのあまりのショックからか言葉を失った。


「どうやら、その表情…。これから先自分自身が待ち受ける現実がどうなるのか。わかったようだな」


 錬金術師≪アルケミスト≫は重々しい声でソウマを見下した。


「わかっただろう?オレが貴様自身だと言うことを。そして、貴様にこれから先何が起こるさえも…。それが嫌ならここで今すぐその刀で自害しろ」


 ソウマはその言葉にかっとなった。


「うるせぇえええええええええええええええ!」


 彼は感情の赴くままに未来の自分自身だと名乗る男に斬りかかった。


 だが、そんながむしゃらな攻撃は彼に通用しなかった。


 しかし、その過去の自分自身を見ていることに相当頭に来ていたのだろうか。


 錬金術師≪アルケミスト≫の動きも当初の芸術的とも言うべき洗練された動作は次第に荒々しくなっており、ひたすらパワーで彼の攻撃を受け流し、斬り返した。


 だが、頭に血が上っている影響もあるだろう。


 通常ならばすぐにでも彼の体を貫けるはずが、どれも致命傷には至らなかった。


「お前は何故そこまでして英雄になりたいのか!?」


「多くの人を助けたいからだ!」


「違う!お前はただ単に誰かに必要にされたいだけだろう!」


「!!何でそう言い切れる!」


「英雄になれば、多くの人に毎日のように必要とされるからだ!不要になった人間など必要ないと常に見捨てられることをその心の深層は恐れているとオレ自身感じていたからだ!お前の『夢』は所詮子供騙しのおとぎ話だ!約束を果たさないといけないという自身に勝手にかかせた枷でしかない!」


 彼らの戦いは熾烈を極めた。


 ソウマの体は相手の刀で傷つけられ、ズタボロであった。


 だが、彼の心は折れてなかった。


「まだ…だ。オレは、オレは諦めない!」


「こいつ…!」


 その勢いに押されたのか、錬金術師≪アルケミスト≫は一歩引き下がった。


(何を馬鹿正直にいつまでチャンバラしていれば気が済むのだ、オレは!こんな奴魔力放出で一掃すればすぐに決着がつくというのに!)


 内心、彼は困惑していた。


 間違いなく、過去の自分自身は完成形となった自身と打ち合うごとに確実に成長しているからだ。


 この男、このままでは間違いなく自身を追いつく可能性が出てるからだ。


 それに自身の出現により、もしかすると未来が変わった可能性が否めないからだ。


(いや、ここまでだ)


 彼はそう思うと、足刀蹴りを打ち込んだ。


 渾身の蹴りが彼の腹部に当たった。


 蹴りの勢いで、間合いが取られると彼は『村正』に魔力を集中させた。


 ソウマの得意技『エルダーブレード』だ。


「残念だったな。確かにお前の剣筋はオレと打ち合う度に成長し、オレに追いついてきている。だが、それもここまでだ。ソウマ・ニーベルリングの下らない『夢』のために生きたその人生はここでお前もオレも終わりだ!」


 そう言うと、彼は刀に魔力を集中させた。


 間違いなく、魔力の放出である。


 もし、これを受ければひとたまりもないだろう。


 それもソウマの魔力量とは到底比ではなかった。


 それでも。


「・・・お前の言っていることはわかった。お前がオレを憎むのも無理はない。どうしてそんなことになったかはわからない。けれど、何となくわかる。お前は確かに未来のオレ自身だ」


 そう言って、ソウマは立ち上がると『村正』をしっかりと握り直した。


「だけど、オレはその未来は変えられると思う。現にお前はこうしてオレを消すためにこの世界にやってきたんだろう?この世界にお前がこうして現れたんだ。大丈夫だ、お前と言う存在が未来を変えたんだ。だから、オレはお前を乗り越える!」


 そう言うと、彼は再び立ち上がり、『村正』を構えた。


 真正面から攻撃を受ける気だ。


 それを見た『ソウマ・ニーベルリング』をガツンと頭の中を殴られるかのような感覚が陥った。


 頭の中にかつての記憶が蘇ったのだ。


 それは幼き頃、ヒーローに憧れた夢だ。


「消えろ!忌々しい過去共に!『旧≪エルダー≫き剣≪ブレード≫・起≪オリジン≫』!」


 彼はそう言うと、刀から魔力を放出した。


 青い閃光が解き放たれた。


「打ち返す!『旧≪エルダー≫き剣≪ブレード≫』!」


 ソウマもそれに反撃するかのように同じ技を放った。


ーー間違いじゃない


 ソウマの頭の中はそれだけであった。


 実力差は歴然だ。


 だが、それでも彼は諦めなかった。


 どういうわけか、彼らの『旧≪エルダー≫き剣≪ブレード≫』は相殺された。


「何!?」


 それを見たソウマは一切の防御を捨てて、『ソウマ・ニーベルリング』に挑んだ。


(ノーガードだと!馬鹿か、こいつ!村正を一振りするだけで勝負は終わるぞ!)


 そう感じた『ソウマ・ニーベルリング』は村正を彼の目の前に振りかざした。


 それを振り下ろせば、決着が着くだろう。


 だが、それができなかった。


◇◆

『オレはいつか『誰かのための勇者』になる!』


『それってどんなの?』


『えーっとね、どんな人でも助けられる超人ヒーローってことかな?』


『何それ?馬鹿みたい』


『多くの人に慕われるだぞ!いいだろ!』


『かっこつけても無駄だよ!』

◆◇


ーー酷い思い出だ。忘れたくても、忘れらない昔の憧れに勝手に自分で縛られ、過去の自分を見せられ…ああ、そうだったな。こういう奴だったな…オレは…


 決着が着いた。

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