第13話

「いやー面白すぎるやろ、ニー君」


 大聖堂から出た後、ルビアはソウマの先程の行動に笑っていた。


「オレは悪くない」


「まさか、あんな超個人的なことを聞くなんてねぇ~。本当、面白いな」


 ソウマの顔は真顔であった。


 なぜ、あんなことを聞いたか、訳がわからなかったからだ。


「しかし、まさか大司教様にお料理について尋ねるとは私も思わなかったわ。私も笑っちゃった」


 エゼルミアもお上品にも口に手を当てて、クスクスと笑っていた。


「全くじゃ!わしでも聞けんわい!こりゃあ、いい領主なるわい!ただな、坊主ちょい耳を…」


 ヴォンダルも爆笑をしていたが、すぐにソウマのこう耳打ちをした。


「あそこにわしらのパーティの竜人がおっただろう。ありゃ聖騎士≪ロード≫のアレックスって言ってな。聖女と同じ教会に属する冒険者なのじゃ。あいつは腕っぷしは良いが、ちっとばかし頭が固くてな。わしもあいつとは反りが合わん。この後、お前さんと改めて自己紹介すると思うが、何を言われても、気にするではないぞ」


 その言葉は的中した。


 迷宮の入り口について、しばらくするとアレックスがやってきた。


 アレックスは竜人≪ドラゴニュート≫らしく2mは悠に越える長身にがっちりとした体つきに村正、手裏剣と並ぶ冒険者の憧れの装備品『君主の聖衣』を身につけていた。


「皆既にお揃いですな、アレックスここに参った」


 アレックスの声は低かったが、何となく親しみやすさがなかった。


 まさしく『善』の冒険者の堅物な側面が強く出たそんな人だった。


ーー下手に関わらないほうが良いな


 ソウマはそう感じたが、同じパーティなのだ。


 関わることは間違いないのだ。


 まだどういう人物かはわからないが、とりあえずルビアやヴォンダルが苦手だと言うのは雰囲気でわかった。


「それじゃあ…いよいよ迷宮に潜るですね…」


「然り。聖女殿、いよいよですな。だがしかし、その前に一つニーベルリング殿」


 アレックスはそう言うと、ソウマの方を睨みつけてきた。


「先程のディアナ様への無礼をお詫び頂こう。迷宮に入る前に改めて貴殿の神に対する忠誠心を示して頂こう」


 その言葉にソウマは渋い顔をした。


「さっき謝ったじゃないか」


「ほう、我らが主たる神の遣いである大司教様に対する非礼をあの程度で?」


 一応、ソウマは聖堂を出る前にディアナに軽く折檻したのだ。


 ディアナも「いえ、なかなか面白い質問でした。クリームシチューをお勧めするわ」って、あっさりと許したのだ。


 要するに許してないのはこの男なのだ。


 ソウマはそれを理解すると、深く溜息をついた。


「悪かったよ。次はもうちょっと常識的な質問考えておきますよ」


 ソウマが悪態をつきながら、アレックスにそう言った。


 だが、それがアレックスの怒りの琴線に触れたのだろう。


「ほう、半人前の冒険者が言うではないか」


「迷宮に潜ってない奴が何言っているだ?少し黙っていろ蜥蜴野郎」


「何と?貴様言わせておけば…」


 連日のストレスを溜め込んでいたせいもあり、ソウマは珍しく感情的に怒った。


 アレックスも彼の言葉に乗ってしまったのか、剣を構えようとしている。


「ちょっと二人とも!」


 ルビアが止めに入ろうとしたが、


「待って、今はとても危険よ」


 その前にエゼルミアに阻止された。


 それもそのはず。片や階級こそは低いが、半年という期間を一度も死なずに生きぬいた血の気が多い冒険者だ。


 一方のアレックスも聖教側に属するトップクラスの戦士だ。


「言わんこっちゃない!落ち着くのだぞ!お二人さんよ!」


 ヴォンダルが慌てて止めに入ったが、その必要はなかった。


「…ソウマ・ニーベルリング。私は君を信頼していない。何故ならば、あの時『黒銀の鉾』のメンバーと関わりがあることが明白だからだ。だが、君は同時に聖女の昔馴染みである。忌々しいが、『黒銀の鉾』の協力は避けられない以上、ヴォンダルは別として日和見主義者の『中立』の者では私にとって最も信用できるのは君だけなのだよ。目的は違えど、共に迷宮を進む同士なのだ。くれぐれもがっかりさせないでくれたまえ、半人前」


「待て、アレックス」


 ヴォンダルが引き止めようとしたが、既にアレックスは迷宮の中へと入って行った。


「…やれやれ、これ大丈夫なのか?」


「お主が言うのかい、全くひやひやしたぞ!我輩も行くぞ!」


「あ、待ってください~」


 ヴォンダルとエゼルミアもそれに続くように迷宮へ入った。


 だが、一人そこに佇んでいた人がいた。


 ルビアだ。


「行かないのかい?」


 ソウマは心配そうにそう尋ねた。


 彼女はしばらく神妙に何かを考えると、寂しげな笑顔でこう言った。


「ううん、大丈夫。ちゃんと行くよ。でも、これでもう終わりなんだな~ってね」


「逃げないのか?」


「大丈夫、私はソウマ君よりも先輩だから。そっちこそ大丈夫?」


「オレは大丈夫だよ。そもそも、この迷宮には何度も潜ったことがある。それよりも…」


「私が怖くないよ。これから先迷宮でたくさんの危険があるけど、みんなと協力すれば大丈夫だよ」


「いや、それよりも…」


「私がこの迷宮の中で女神になるってこと?大丈夫。いなくなるじゃないだから~、心配症だな~もう~」


 そう言うと、彼女はソウマの肩をぺちっと叩いた。


「大丈夫だよ。私は女神の中で生きていると思うから。それよりも他の三人には内緒なんだけど、この迷宮の攻略すると、永遠にその望みを叶え続けるみたいだね」


「ああ、そうだけど?」


「ソウマ君は何を願うの?」


 彼は何も言わなかった。


「…わかった。でも、二つ程約束して。この迷宮の果てにニー君の望みを教えてくれることとそれからぜっーたいに!死なないでね!」


 その言葉にソウマは頷いてこう言った。


「ああ、そっちこそ死ぬなよ」


 それから彼女は何か少し間を置くと、こう言ってきた。


「ソウマ君…覚えてない?」


 砂糖のように甘い声をさらに甘えるようにそう言うと、ソウマは少し戸惑いながらもこう答えた。


「…何のことだい?」


「なんでもない。行こ。みんなが待ってる」


 そう言って、彼女はててっと迷宮の中へと入って行った。


「・・・またここに来るのか」


 ソウマは瞼を閉じ、少し前のことを思い出した。


『ステルベンさん!おれにもう迷宮に潜るなってどういうことだ!』


『言葉通りだ…。あそこにてめぇが求めるもんはねぇよ。確か…ニーベルリングだったよな…。てめぇは明日から別のチームだ…』


『!!』


『迷宮は俺たちで潜らせてもらう…。稼ぎ所としちゃいいとこだ』


 ルビアとは違い、怒りの感情が込みあがっていた。


ーーオレは必ず…


 そう心の中でそう呟くと、迷宮の中へと再び足を踏み入れた。


 そこは夢に敗れた者達の墓場たる迷宮に。

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