第5話

『今日はありがとう』


 冒険者向けの無料の宿でソウマの頭の中ではルビアとの会話を帰り道での会話を反復していた。


『ところで女神の神託ってどんなの?』


『神託…?・・・あまり話したい内容じゃない…かな?』


『?』


『…私ね…アヴァンドラ様に言われたの…この迷宮探索でね…』


 彼女はうつむきながら、静かに、けれどもつらそうにこう言った。


『…「女神アヴァンドラ」の依代になるの…それでね、私は私じゃなくちゃうの。王様にそう言われたんだ。けどね、私優柔不断だから…。聖女として国の皆に持ち上げられて…。そのまま流されるままにここまで来ちゃった…』


 ソウマは絶句した。


『…ごめんね、変だよね?神様になるんだよ?すごいことだよね?でもね、本当は嫌なの。私が「私」じゃなくなるかもしれないかもって。そんなのわからないよ?でもね、私は…ううん、なんでもない』


 彼女はそう首を振ると、にっこりと寂しそうに笑うと、大きく手を振り、


「バイバーイ!!今日は久しぶりにお話できて楽しかった!」


 彼はあんなに大きく無邪気に手を振る女の子は始めて見た。


 何となく彼は子供の頃に戻りたい、そんな気分になった。


「クソッ…!」


 彼は苛立ちのあまり、周囲の迷惑も考えずに壁に八つ当たりをしてしまった。


 ガンッと大きな音が鳴るが、そんな物で彼の気が晴れるわけがない。


 ちっぽけな憧れだった。


 子供の頃、彼女と友達になりたかった。


 いつしかその憧れは恋心と成長していた。


 あまりにも時の流れとは残酷だなと、思わずそう思ってしまった。


ーーもしあの時…


 ソウマは子供の頃に想いを伝えられなかったことを後悔しつつも、これからは彼女たちは迷宮攻略のライバルなのだ。


 そう考えながら、彼は無理やり瞼を閉じて眠りつこうとした。


 だが、当然眠ることはできなかった。


「くそっ!!」


 彼は思わずそう言いながら、布団から放り投げた。


「うるせぇぞ!!今何時だと思ってやがる!」


 他の冒険者が文句も彼には届かないほど、異常まで彼は機嫌が悪かった。


ーー散歩でもして気を晴らすか…


 そう思った彼は服装を整えて、夜の誰もいない町へと出て行った。


◆◇

 冒険者の街は夜になっても活気盛んだ。


 だが、それは昼間のような夢溢れる冒険者やそれを手助けする商人たちが綺麗な部分だ。


 夜になると、奴隷商人が冒険者不足に困っているギルドに割高に獣人の亜人を売りつけていたり、冒険者が捕らえた魔物たちの戦いによる賭け事が盛んだ。


 ちなみに賭け事はアイワーン国で禁じられているが、夜になると警備隊の目を薄くなる。


 それは賄賂が横行しているため、大目に見られているからだ。


 ソウマは賭け事をやらない。


 一度やったことがあるが、小額とは負けたことがあるからだ。


ーー気晴らしになりそうなものはないな…


 確かにほとんどは違法とは別に冒険者の娯楽は少ない。


 ソウマが遊んでいるのはダーツとかそういったものだ。


 しかし、彼はそこまで優れた冒険者ではない。


 すなわち、お金が無い。


 そうこうしている間にも彼の頭の中はルビアのことで一杯だった。


ーー駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!


 そうこう考えながらも、気が付いたら閑散とした迷宮の入り口に居た。


 迷宮の周りは昼間には行商人や冒険者で溢れていたが、夜になるとその真逆でほとんど誰もいなくなる。


ーーいつの間にこんな場所に…


 夜の迷宮の入り口は結界が張られており、低級の魔物が外に出ないように封じられている。


 適当にゴブリン辺りに八つ当たりすれば、彼の気持ちも晴れたかもしれない。


ーー…帰ろう


 彼は軽く溜息をした時だった。


 がさがさと少し離れた草むらで音がした。


 誰がいるのだ。


ーー誰だ!?もしや魔物か!?


 彼は最大限に警戒しつつも、すぐにそれが違うことがわかった。


 それは二人の人間であった。


 しかし、その人物は異質な冒険者であった。


 まず、一人は異世界人の少女であった。


 この世界では特に珍しくもない黒くて長い髪を二つに一つに束ねており、顔だちも可愛らしくごく普通のものであった。


 だが、着ている衣服は明らかにこちらから見れば異質であり、転生者であるソウマは漠然とながらもこの明らかに浮いた服装が異世界のものであるとわかった。


 極めつけには彼女が手にしている謎の物体はソウマがどんなにおぼろげな記憶を辿ってもこのような物は出てこなかった。


 彼女は慣れた手つきでそれを動かすと、それから照らされる光で彼女の階級がわかった。


 冒険者第5級の“青”だ。


「ねぇ、錬金術師アルケミスト。ここが本当に迷宮?」


 彼女は消え入りそうな小さな銀鈴な声でもう一人の冒険者を呼び掛けた。


 この冒険者はさらに異質であった。


 まず、この冒険者は正体がわからなかった。


 ひとまず、体格を見れば男性というのはわかるだろう。


 その人物は赤いマントを身に着け、漆黒の鎧を身にまとっていた。


 だが、その顔は黒い甲冑で覆われており、素顔がわからなかった。


 一見すると重戦士ウォーロードのようにも見えるが、その着ている鎧には光沢がなく、明らかにそれが鎧なのか、あるいはそう見せかけてるだけなのか。


 どちらにしてもこの人物は明らかに正体を隠していた。


 何よりも明らかにその歴戦の冒険者の貫禄を醸し出すこの男の首にかかっているのは冒険者最底辺の階級“白”だ。


 ソウマはこの人物こそが『黒銀の鉾』に追われている人物だと。


ーー・・・今日は何て日だ!


 こう偶然が続くと、流石のソウマでも参ってくる。


 謎の男は異世界から来た少女の問いを聞くと、少しの間の後こう答えた。


「ああ、そうだ。ここが君を元の世界に戻す手掛かりとなる“迷宮”だ。深部に辿り着いた者は『生きている間にはどんな願いも叶え続ける』だそうだ。最も本当だと保証はないがね」


 その声は思わず聞き入ってしまう程の魅力的な男性の声だった。


「…それを聞くとやる気がなくなった。でも、この前の態度が気に食わないから頑張る」


 少女は気怠そうにそう言いながら、不機嫌そうに手にした何かをいじっていた。


「それはどうも。過ぎたことをとやかく言われる筋合いはないがね。最も君は終わったことはさっさと許してしまった方が良いと思うがね。過去に固執していると、ろくな未来がないと思うからね」


錬金術師アルケミストのそういうところ嫌い…」


 どうやら、この二人は同じパーティのようだ。


 だが、ソウマが知る限りではここ最近異世界召喚は行われていないはずであった。


ーーこれ以上何も起きませんように


 ソウマのその願いはすぐに潰された。


「サキ。迷宮を見ているところすまないが、どうやらお客人のようだ。最も歓迎する気はないようだがね」


 サキと呼ばれた異世界から来た少女はその言葉にはっとした。


 その言葉に呼応するように何者かの大笑いが響いた。


「ハハハハハハッ!こうも簡単にバレちまうのかよ!面白くねぇ!」


 サキが周囲を見渡すと、迷宮の入り口の上に何者かがいた。


 『黒銀の鉾』のメンバーが一人、急先鋒と恐れられるダークエルフの女「インディス」だ。


 インディスはエルフらしい美しい美貌を持ち合わせているが、その銀色の髪に褐色の肌は他のエルフとは明らかに異なっていた。


 上級職の一つ忍者である彼女は露出が極めて高く、腰元には『村正』と並ぶ強力な武器『手裏剣』が携われていた。


「ったくこっそりと不意打ちする予定だったがよ…流石は噂のコンビと言ったところかね!」


 彼女はそう言うと、迷宮の入り口から飛び降りるとサキと謎の男の前に立ち、手裏剣を構えた。


「てめぇらだろ…?うちの副長を潰したのは…。何者だ?てめぇら…?」


 その目には仲間を倒された怒りと相手の未知数の強さに期待が満ちていた。


 それを聞いたサキは少し身震いをしたが、それを謎の男は右手で制止した。


「サキ。ここは私に任せてくれないか?君の信用を得るために改めて私の力を見せたいと思う」


錬金術師アルケミスト…」


 サキは目を閉じて少し考えだした。


「は?お前が最弱職の錬金術師アルケミストだぁ?」


 そう言うと、インディスは水色の薄いカード、所謂ステータスカードを取るとそれから映し出されたものを見て驚愕した。


「な、なんだ!!?こ、こいつのステータス!?」


 そう、この錬金術師アルケミストのステータスがあまりにも低かったからだ。


NO DATE 異世界人 15歳

錬金術師 白級

《STR:8》

《MAG:8》

《SPR:5》

《DEF:8》

《SPE:8》

《LUK:8》


 一瞬失笑しそうになったインディスだが、すぐにこの者たちが副長であるエリックを倒したことを思い出した。


(何か策があるのか?もしや、この嬢ちゃんが何か強化を施すのか?)


 そう考えたインディスは今一度気を引き締めて、こう挑発した。


「・・・いいぜ。相手してやるよ。そら、イキり錬金術師さんよ。錬成する時間だけはくれてやるよ」


 サキはその言葉を聞くと、無言のまま一度頷くと錬金術師の方を向いた。


「わかった…。錬金術師アルケミスト、あなたの力を見せて!」


 彼女のその言葉を聞くと、謎の男はふっと笑った。


 そして、どこから取り出したのかわからない一本の短剣を手元に取ると、猛スピードでインディスにその刃を向けた。


 そのあまりのスピードにインディスは驚いたものの、手にした手裏剣で錬金術師の攻撃を一、二回と受け流した。


「(これのどこが“白”級なんだよ!あのステータスは一体!?)錬金術師が戦士の真似事かよぉ!!生粋の戦士のインディス様に勝てると思ってやがるのか!!」


 インディスも負けじと応戦したが、相手も恐ろしいほどの剣捌きでそれを受け流した。


ーー何だ、あいつは!?


 ソウマも謎の男の戦闘能力の異常な高さに驚いていた。


 インディスは冒険者の中でもトップを争うほどの実力者だ。


 それを短剣一つで相手し、なおかつ戦士職でもない彼は明らかに異常であった。


 だが、手にしている武器は所詮はダガー。


 大してインディスが所有しているのは三大神器の一つ「手裏剣」だ。


 さすがにそんな業物を相手に長くは持たず、折れてしまったのだ。


錬金術師アルケミスト!」


「!間抜けがぁ!!」


 インディスはこの瞬間を逃さなかった。少女の悲痛の叫びも恐らくはこの調子に出過ぎた冒険者のレクイエムになっただろう。


 しかし、次の瞬間だった。


 錬金術師アルケミストは手裏剣がこちらの心臓に突き刺さる一歩手前で再びダガーを今度は二本作り出し、咄嗟にそれをかわしたのだ。


「!?ちっ!二刀流か!」


 錬金術師アルケミストは黙って何も答えず、二本のダガーを構えた。

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