第4話

 ギルド会館からほんの少し離れた場所に冒険者たちの憩いの酒場がある。


 そこでは冒険者たちが迷宮の魔物を素材とした店主自慢の料理を楽しみにしつつ、エールを飲みながらその日の成果を喜び分かち合ったり、迷宮で死んでいった仲間を悼む者で溢れていた。


 酒場では一人で飲み食いするもいるが、少なくてもこの場所は懐かしい人と再会するところとは不適切などころだろう。


 まだ昼間という時間帯なのに既に何人かの客が入っており、それなりに賑わっていた。


 ソウマは先程子供の頃仲良くしていた僧侶の少女ルビアと一緒にテーブル席に座っていた。


--つーか、これ本物なのか?


 何故かソウマの頭の中はこの少女が昔仲良かった人間と同一人物かまだ疑っていた。


 それもそうだ。二度と会わないと思っていたのだから。


 少女は手にした飲み物を受け取ると、まじまじと見てくるソウマに気付いたのだろうか。


「どうかしたの?」


と尋ねてきた。


「いや」


 ソウマにとってはあまりにも信じがたい事態であったからだ。


 何せ、昔名前も知らない仲の良かった少女、そしてこの少女が自身にとって始めて好意を抱いた生身の女性なのだから。


 この驚異的な現実を享受できるわけがないのだ。


 内心、彼は「これ現実」って思っているのだ。


「そういえば、ニー君とあんまり話さなかったよね?何で冒険者になったの?」


「あ、ああ。ちょっとね、子供の頃に話したと思うけどオレはニーベルリング家の嫡男なんだ。それで家を継ぐために自分を高めるためにね…。それで冒険者になる前に魔道学校に通っていたんだけど、何だかそのままだと小さいとは言え領主になるんだ。それでどれだけ自分の力を試せ…」


 そこでソウマは話すのを止めた。


 何となくルビアがつまらなそうに見えたからだ。


--つまらなかったのかな?


 ふっと、記憶の一ページが開かれた気持ちだった。


◆◇

『ええ~ん』


『何で泣いてるの?君?』


『君じゃない!オレにはソウマ・ニーベルリングって名前が!』


『ニーベルリング?お父さんがここの領主様の名前と一緒だけど?』


◇◆

 そんな子供の頃のわずかな会話を思い出しながらも、ソウマは頷いた。


「はい、オレの話はここで終わり。今度は君が何で冒険者になったか教えてくれ」


 ソウマはそこで話を止め、彼女にそう言った。


 この場にはソウマとルビアしかいない。


 彼女の仲間達は先程のエゼルミアという彼女と同じパーティのエルフの女性が「久しぶりなら二人でお話してくれば?積もる話もあるでしょうし~。お邪魔虫は去りましょうね」と言い、二人きりなのだ。


 端から見れば、仲の睦まじき恋人同士にも見えるだろう。


 その言葉にルビアはきょとんとしつつも、少し考えた後その艶やかな唇から言葉が紡がれた。


「私はニー君が知っての通り、普通の女の子。それから孤児院の経営者の娘なのは覚えている?」


 ソウマは子供の頃に何となくそう言った話を聞いた覚えがあった…ような気がした。


 幼少期に彼女過ごした月日はわずか3ヶ月程度であり、それも会った回数も少なかった。


 それもある日突然終わったのだ。


 会話の内容等覚えているわけがない。


「ああ、何となくね」


「本当?何となくでもありがとう。それでね、私は孤児院の恵まれない子供たちの面倒を見たくて神学校に通ったの」


「神学校?」


「僧侶【プリースト】を養成する学校ことだよ?そういえば、私は僧侶【プリーステス】だけどソウマ君は魔道学校出たのに、どうして戦士【ウォーリア】なの?」


「ん?なんだそんなことか。単純におれは魔法も使える魔法剣士【ルーンナイト】なんだ」


「そういえば、子供の頃から剣術を習っていたよね」


「よく覚えているね」


「だって、子供の頃『おれは強いだぞ!』って私の前で見せてくれたでしょ?」


 確かにソウマはその言葉を聞くと、彼女を含めた子供たちの前で習いたての剣術を披露したものだ。


 だが、所詮は始めたての子供の剣術だ。所詮、子供のお遊戯レベルだ。


 ソウマはその言葉を聞き、内心「あのクソガキ」と子供の頃の自分を文句を言った。


「ルビアさん記憶力がいいから」


 ルビアはそう言うとにっこりと悪戯っぽく笑った。


「それは全く」


 ソウマはそれに同調するしかなかった。


ーーこんな人だったとは思わなかった


 虚しくもそんな感想は彼女には届かない。


「そのでね、私は少しの間近くの孤児院の僧侶をやっていたんだけど、ちょっとわけありで冒険者になったの」


「わけあり?」


「…僧侶はね。神様に仕える職業でもあるの。ある日、夢の中でね。女神アヴァンドラ様から神託もらったんだ。…私普通の女の子なのにね」


「神託!?」


 女神アヴァンドラからの神託は世界各国でも有名ものであり、国が危機に迫ると神託を受け、女神よりお告げをもらうことがある。


 お告げの内容は異世界召喚を行うよう進言したり、何も行動をしないという結果をもらうの主だ。


 だが、お告げの結果必ずしもうまく行ったとは限らない。


 中には神託の結果、滅んだ国もある。


 神々と言うのは非常に気紛れな存在なのだ。


 さらに神々には異なる世界からやってきた外なる神もいるらしい。


 そういった神は退屈しのぎに国を滅ぼしたりするという伝承もある。


 それを聞いたソウマは渋い顔をした。


「神託…それで冒険者になったのか…」


「うん、『ルビアよ、アイワーン迷宮を攻略し、深部にて人々のために願いを叶えよ』ってね。私も色々と自分の『夢』を叶えたいけどね」


 彼女は頷きそう言った。


 ルビアは出されたドリンクを一口飲み始め、ソウマが緊張が抜けてきたのか、彼女を見たその瞬間だった。


 恐らく、ソウマは決して一生忘れることができない想いをしただろう。


 それは所謂一目惚れってやつだろう。


 その一瞬がソウマの脳裏に一枚の肖像画のように焼き付いてしまったのだ。


 ルビアが子供の頃憧れていた名前も知らない少女その人だからだったろうか。


 この少女の可愛さに思わず見惚れてしまったのだ。


ーー何て可愛いんだろう


 思わず彼はそう感じてしまった。


 無理も無いだろう。


 かつて憧れていた思い出もあるが、ルビアかなりの美少女だ。


 その日輪のような赤い髪は陽の光で輝き、水晶体を思わせるような美しい青いつぶらな瞳に雪のような白い肌によく似合う白を基調とした赤い模様が入った年頃の少女らしいお洒落なローブは彼女によく似合っており、その華やかで可愛らしい容姿はこの冒険者たちの釘付けになった。


 この瞬間、彼は間違いなく確信した。


 彼女こそ子供頃憧れていた少女その人だと。


 一瞬、彼女に唐突に抱きしめたい衝動に駆られたソウマであったが、何とか自分を必死に抑えつけた。


「ニー君?」


 その可憐な容姿に不釣合いな砂糖のような甘ったるい声は懐かしさが満ちていた。


ーー駄目だ。駄目だ。この娘は手を出しちゃいけない


 ルビアは不思議そうに彼の顔を覗き込むと艶やかな唇から言葉が紡がれた。


「ねぇ、覚えている?」


「な、何を?」


 彼は一瞬の一目惚れに動揺していたのか、思わず慌ててしまった。


 ルビアはその様子に少しにっこりと寂しそうに笑うと、こう言葉を発した。


「ニー君が子供頃に聞かせてくれた『夢』だよ、その『夢』を叶える為にそれで君は冒険者になったんでしょ?」


「・・・!」


 その言葉にソウマは目を思わずかっと開くほど驚いた。


 子供の頃からずっと叶えたかったソウマの『夢』を彼女ははっきり覚えていたからだ。


 それを叶える為に彼は冒険者となり、迷宮を制覇すると決めたのだから。


「・・・それは」


 彼にはそれを否定することができなかった。


『ねぇ、ニー君の夢って何?』


『オレ?オレはいつか・・・』


 そんなことを彼は思い出しながらも、沈黙が続いた。


「あ!そ、そうだ、ルビアのパーティの人たちってどんな人なの?」


 ソウマはふいに話を脱線させて、自分のことから話を無理やり脱線させようとした。


 そう、彼女のパーティにはエルフの司祭【ビショップ】、ドワーフの重戦士【ウォーロード】、ドラゴンボーンの聖騎士【ロード】の三人という、少し攻撃的なパーティだった。


 通常ではここに盗賊【ローグ】がいる。


 ソウマは当初はパーティに必須の盗賊【ローグ】なしでここまで突破したのかと思ったが、すぐに違うと感じた。


 盗賊【ローグ】はあくまで迷宮に仕掛けられた罠や宝物の鍵を解除するエキスパートだ。


 また、魔物たちに気付かれないように先行して、索敵を行うを行う迷宮探索には必須の職業だ。


 だが、地上においてはそのような必要はないだろう。


 先程から気になっていた、彼女の首からぶら下げる冒険者第2階級の金級の証は冒険者なり立てでは到底到達不可能だ。


 おそらく、アイワーン国より特別にもらったのだろう。


 それを考えただけで、何とも言えない色々なドス黒い感情が自分の中に渦巻いた。


 だが、彼からすれば他の三人も気になるのが本当のところだ。


「ん?ああ、エゼルたちのことね。それね~。私が神託をもらった後、お告げの通りに王様のところへ行ったときに王様のところへ行ったの。そしたらね、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュート、それぞれの種族から共に迷宮を攻略するために用意してくれた私の仲間なんだ。そういえば、ニー君は仲間いるの?」


「いないな」


「ほんと?さっきのステルベンとかいう人たちは?」


「え?ああ、ちょっとした顔見知りだよ。昔一緒にパーティを少し組んだことがある程度」


「ふーん、さっきあのおっさんにムカついたから、思わず聖女っぽく言っちゃったよ」


「へ、へぇー」


「あっ、私の仲間達のことね。エゼルは名前はエゼルミア言うの。エゼルミアさんは攻撃と回復の魔法が使えるエルフの司祭【ビショップ】でおっとりしていてとっても頼れるお姉さんなの。それにしてもエルフの人たちって可愛いよね!」


「!?あ、ああ」


 エルフは別名森の精霊と言われる程の美貌に整っている知的な種族であり、魔力と精神力が高い種族だ。人と比べて非力な彼らは自然と同調し、極めて静かな生き方をしている。


 それに影響しているのか、非常に長命であり、人間の軽く二十倍の寿命を持つ。しかし、中には人間社会や冒険に憧れて冒険者になるものもいる。


 人間とエルフに生まれた者はハーフエルフと言われる。


「それでね、あの白いドワーフのおじさんはウォンダルって言ってね、重戦士【ウォーロード】で陽気な人だよ。ドワーフだから大酒飲みだけどね」


 ドワーフは別名大地の精霊と言われるずんぐりしていて人の半分程度しかないないが、非常に筋肉質でパワフルな種族だ。そのかわりにそこまで魔力がない。


 寿命はエルフほどではないが、長命であり、人間の三倍ほどある。山奥に住む彼らは鍛冶の技術に長けており、エルフとは異なり人間社会にも進出しており、ドワーフの商人もかなりいる。


 このような小柄な体格をしている彼らだが、中にはステルベンのような例外もいる。


「最後にドラゴニュートのアレックスなんだけど…ちょっとあの人は堅物でね。私はちょっと合わないかな?真面目なんだけどね…」


 ドラゴニュートは所謂ドラゴンの姿をしている獣人であり、人よりも高い力と信仰心を持っているが、魔法能力が全く無いのが特徴だ。


 エルフ以上にかなり人から離れた生活をしており、冒険者も極めて少ない。


 あのステルベンのパーティにもいないため、詳しいことはわかっていない。


「こんなところかな?・・・そろそろ行こっか。私仲間を待たせているから」


「そうか?そうか、もうこんな時間か…」


 確かに彼女の言うとおり、既に日が暮れ始めていた。


「あのさ」


「?何?」


 彼は言おうとした。


 “仲間に入れて”と、それからその昔言えなかったことを。


 しかし、言えなかった。


 彼らは黙って会計をして、お店の外へと出た。

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