第四十七話 黒い外套

 僕の声に振り向いた姉さんに今見つけた事を伝えると、同じように姉さんも驚いた。こうなってしまってはじっくり読み進めていけるような状況ではない。僕は読書の楽しみを諦めて問題のページ前後を読み調べることにした。


「……どうやらヨギリは旅の果てに死に場所を探していたらしい。噂や伝説を追って限りなく少ないヒントから見つけ出したのが、《大霊宮ニルンパレス》」

「『死者が眠る為、死者が造り上げた死者の為の宮殿』か……で、肝心の場所は何処にあるの?」

「ちょっと待って」


 文書を斜めに読み流す。だが冒頭から終わりまで調べたが、詳しい場所は書かれてなかった。


「はぁ……」

「そう落ち込まなくてもいいんじゃない? 私達もヨギリ同様、ヒントは得られたんだから」

「そう思う方が建設的か……」


 本を閉じ、重い腰を上げる。時間も時間だし、流石に空腹も誤魔化せなくなってきた。


「夕飯食べる」

「私は研究の続きしてるね」

「うん。明日は早起きだから、よろしくね」

「いい加減自分で起きなさい」

「努力はしてるよ」


 膨れっ面で叱る姉さんを置いて階段を下りる。何か食べる物はあったか、思い出しているとちょうどカディが帰ってきた。


「あ、おかえり」

「ただいま、リューシ。腹減ってないか?」


 カディにしてはタイミングの良い話だ。


「ちょうど夕飯にしようと思ってたところだよ」

「其奴は良かった。お土産だ」


 そう言って差し出された箱を手に取る。ずっしりとした重みのある箱だ。そっと蓋を開けると、中には色んな屋台料理が詰まっていた。ふわりと舞い上がるスパイスの香りに胃が刺激される。


「ありがとう、カディ。途端にお腹空いてきたよ」

「ふふ、良かった。あ、食べ切れなかった訳じゃないぞ? ちゃんとリューシの為に選んで買ってきたんだ」

「そんなこと思ってないよ。ありがとう」


 昨日の事を気にしてるのかもしれない。呆れはしたが、あれはあれで美味しかったから僕は気にしてないのに。


「ん。じゃあ私は寝る。明日は早いんだろう?」

「うん。戦闘になるから、よろしくね」

「あぁ、任せろ」


 グッと力こぶを作ってみせるカディだが、細く綺麗な二の腕が見えただけだ。でもそんな細腕でも僕や姉さんなんかより何倍も強く、心強かった。


「じゃあ時間になったら呼び出してくれ」

「ん、了解」


 軽く手を振るとカディはリビングに立てかけてあるパイド・パイパーに触れ、魔石の中へ還っていった。明日はボス部屋まで走ってもらうから、今日はゆっくり寝かせてあげるとしよう。


 僕は買ってきてくれた屋台料理を平らげ、身支度を整えてからベッドへ潜った。満腹感が適度に睡眠欲を刺激してくれたお陰で時間までぐっすりと眠ることが出来た。




 翌朝、姉さんに起こしてもらった僕は準備しておいた服に着替え、パイド・パイパーを手に、レームングをローブ越しに巻いた剣帯に下げて家を出た。早朝の薄暗い町はとても静かで、人は一人も居ない。


 ギルドはもう明かりが付いていた。中ではせわしなく開放日である今日の準備をしているはずだ。そんな中、探宮者第一号の僕達はそっと扉を開いた。


「おはようございます」


 と、控えめに挨拶をして中に入る。と、驚いたことに2番手であることが発覚した。ちょうど手続きをしている探宮者が先に居たのだ。


 それは見た事のない人だった。黒い外套に黒いつばの広い帽子。後ろから見える靴も真っ黒だ。髪は長いらしく、後ろで1本縛りにした髪の先端が腰元で揺れている。

 僕とは対照的だなぁなんて見ていると、不意にその人物が此方を振り返った。

 その顔は……見えない。何故なら黒い鳥の頭を模した仮面をかぶっていたからだ。すっぽりと顔全体を覆う、大きな嘴の付いた仮面だ。覗き穴の二つの丸いレンズもまた黒く、表情を伺うことは出来ない。


「おや、おはようございます」

「お、はようございます……」


 籠った声は男性か女性か判断出来ない。だが陰気な見た目には似つかわしくない朗らかな口調だった。


「本日より探宮者となりました。名をプルート・ガングと申します。どうぞよろしくお願いします、先輩」

「あ、えっと……リューシです。此方こそよろしくお願いします、プルートさん」

「はい、リューシ先輩」


 芝居がかった貴族のような優雅な礼に対し、ペコリと会釈をする。どうも読めない人だ。


「はいよ」

「あぁ、どうもありがとうございます。ではこれで。リューシ先輩、それから其方のアンデッドのお嬢さんも、また。失礼します」


 ヴィオラさんが書類を受け取り、代わりにパスファインダータグを渡していた。腹骨街じゃなくても手続きは出来るらしい。プルートさんは擦れ違い様に被っていた黒い帽子をそっと持ち上げて会釈をするが、やはり顔は見えない。だが揺れた髪からは甘い香りがした。嗅ぐ者を虜にするような、そんな香りだった。


「おい、、リューシ」

「……あっ、はい」


 暫く呆けていたようで、ヴィオラさんに呼ばれた僕は慌ててカウンターへ向かう。自分らしくもないなと何処か思いながら、渡された書類に名を書いていく。


「珍しい方でしたね」

「ああいうのは珍しいって言わねぇ。変って言うんだ」

「それは失礼ですよ……」


 僕達には分からない事情というものがあるのかもしれない。なんせ、僕がそうだ。あの仮面があれば昼間でも大丈夫そうだが……付ける勇気はない。いや変という意味ではなく。


「まぁお前も白いもんな」

「色判断やめてください。じゃあもう行きますね」

「おーぅ。気ぃ付けてな」


 ヴィオラさんと別れ、ギルドを後にする。それからはもう大急ぎだ。予定外の会話の所為で少し時間を使い過ぎたので、レームングの身体強化を頼りに、空を飛ぶ姉さんを追い掛けてスピナーベイトへ向かった。

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不死者な姉と屍術師の僕は迷宮の奥を目指します 紙風船 @kamifuuuuusen

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