第四十二話 螺旋と伽藍の迷宮 -スピナーベイト-

 盾を手に入れてから2週間が過ぎた。


 リセット日を迎えたベイトリールは虫地獄だったので思い出したくもないが、いくつか報告がある。


 まず1つ。湖の中の宝箱はリセットされなかった。

 これはほぼほぼそうなのではないかと思っていた。あの盾がニルンパレスという謎の場所に関するアイテムだという前提で思考していたが、こうして《唯一のユニークアイテム》だと分かった以上、僕の中では9割はニルンパレス関連の物だと確信している。


 あの盾についてはまだまだ分からないことが多い。素材も不明だし、ウェポンであることは分かるが、ウェポン特有の効果が判明しなかった。実際に装備して虫の体当たりを防いでみたが、反動で転んだだけだった。


 所在不明の宮殿と、その関連アイテム。調べることはまだまだありそうだ。


 そしてもう一つ。ベイトリールのボスを攻略した。先日のリセット解禁日に大急ぎで下層への階段を下り、姉さんとカディと僕で見事に退治した。ボスは見るも悍ましい肉厚なワームだった。白い体に小さなイボのような幾つもの足。虫の癖に毛まで生えていて、正直、気持ち悪かった。


 僕は骸骨双剣士スケルトン・スラッシャーを召喚して退避だ。壁際で3人が頑張る様子を眺めながらジッとしていた。ちゃんと仕事はしました。


 ドロップアイテムはまた盾と、皮の鎧。そして幾つかの金貨と銀貨だった。


「しけてんねぇ!」


 と悪態をついたのはカディだ。まぁあれだけ気持ち悪いボス相手に戦った結果がこれなら文句の1つも出るだろう。僕には発言権は無かったが。


 ちなみにヴィオラさんに確認したところ、ワームはユニークボスではないそうだ。盾を手に入れたからボスが変化しなかったのかもしれない。今となっては確認のしようがないが。


 そして最後にもう1つ。僕達は2つのダンジョンを攻略したことで、更に深度の深いダンジョンに潜る許可が下りた。


 今日はそのダンジョンへ向かう予定だ。



  □   □   □   □



 いつも通り、パスファインダーギルドへとやってきた僕達はまず、人の数を見る。今日は空いてるなとか、混んでるなとか、その確認だ。その混み具合で並ぶ列を決める。


「今日は混んでるからバラガさんだね!」


 空いてたらヴィオラさん。混んでたらバラガさん。早い方が僕達もすぐにダンジョンへ向かえる。


 ヴィオラさんの人気が生んだ長蛇の列を横目に、極少数の効率派が並ぶバラガさんの列へ並ぶ。バラガさんは怖い見た目と違い、しっかりきっちり仕事をしてくれる。無駄話も少なく、それでいて探宮者の体調等の気遣いも出来る。まさにギルド員さんって感じだ。


「……来たか」

「おはようございます。バラガさん」

「あぁ」


 差し出されたいつもの書類に名前を書き込み、ペンと書類をバラガさんに返した。


「……今日からは『スピナーベイト』だったな。彼処はモンスターも強い。この間教えた毒対策はしてきたか?」

「はい、ばっちりです。何せ、うちには凄腕の錬金術師が居ますので」

「ふふん」


 横に立つ姉さんがどやっと胸を張る。


「オルハの腕なら安心だ。くれぐれも、気を付けてな」

「はい。ではまた夜に」

「あぁ。……いや、俺は今日は早上がりだからヴィオラに任せる」


 おや、珍しい。大体夜遅くまで居るのだが。


「……娘の誕生日なんだ」

「あぁ、なるほど」

「それはお祝いしないと!」

「めでたいね。何か贈り物を用意しないと」


 後ろで姉さんとカディがきゃっきゃとはしゃぐ。しかし贈り物は名案だ。何かあげられるものはないだろうか?


「いや、気にしなくていい。気持ちだけで十分だ。さぁ、後が支えてる。行ってこい」

「はい、行ってきます」


 無駄話が少ないと言った傍から時間を使ってしまった。待たせてしまった後列の探宮者に頭を下げ、僕達は足早にギルドを後にした。




 新たなダンジョンである『スピナーベイト』は4番街にある。僕達の住む3番街からは南方に向かうことになる。


 ダンジョンが4番街なので顔を出すギルドも4番街になるのかと思っていたが、住む場所を基準にしているそうで、僕達は3番街のギルドで探索許可を貰う必要があった。なので、家を出てギルドへ向かい、それから隣町まで向かうという大きなタイムロスが出来てしまった。

 今更4番街へ移り住むなんて事はしたくないし、僕は3番街が気に入っている。ヴィオラさんの家も近いし。


 この際、タイムロスは仕方ないと割り切り、その分行動を始める時間を早めることにした。これには寝る必要のない姉さんが活躍してくれた。どんな時間でも起こしてくれるので非常に有り難い。


 3番街を抜け、4番街へ入ると町並みも少し変わってくる。何処と無く埃っぽい町だ。砂地が多いからだろうか。道の端や家の角に砂が溜まっていたりするのが目につく。


 そんな町の中心。地面へと突き刺さる骨と骨の間にそのダンジョンはぽっかりと口を開いていた。


「……ん? 新入りか」


 扉の付いた円柱の建物に背を預けていた門番さんが顔を上げる。右の目に縦に傷が入ったいかつい顔の男だ。


「はい。今日からお世話になります」

「俺が世話する訳じゃねぇが……まぁよろしくな」


 会釈をすると組んでいた腕を解いて片手を上げ、そしてまた腕を組んだ。癖なのかな。


「スピナーベイトはこの扉の先の螺旋階段を下りた先にある。中は大きな空洞だ」

「空洞ですか?」


 言葉だけ聞いても全く想像がつかない。


「想像しにくいだろ。だが言葉通り、空洞だ。だだっ広い空洞が、ただただ広がってる。その中をモンスターがうろついてるのさ」

「それは……危険ですね」


 壁も何もない空間は位置把握も難しい。戦闘になった場合も、周囲のモンスターを引き寄せてしまう可能性がある。


「ふむ……まずは其処に気付けるかが探宮者生命を分けるが……問題はなさそうだな」

「ありがとうございます」

「中は明るいが、出入り口はこの螺旋階段だけだ。いざとなったら階段を目指せ」

「分かりました」


 貴重なアドバイスだ。天井から床を繋ぐ1本の螺旋階段だけが命綱、か。


 門番さんに会釈をして扉を開く。ヒュォォという風切り音が耳を掠めた。眼下には下へと続く白い螺旋階段が伸びている。無機質な命綱に一抹の不安が過ぎる。


「さぁ行こう、リューシ」

「此処では何が見つかるかな? 今から楽しみだ」


 僕の不安を余所に二人共楽しそうだ。……そうだな。楽しむくらいの余裕がなくちゃ、この先やっていけないだろう。


 気を取り直して階段の手摺を掴む。


「うん、行こう」


 新たなダンジョン、スピナーベイトへ。まだ見ぬニルヴァーナを目指し、僕は1段目を下りた。

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