第三十六話 まさかの展開

 ぐっすりと眠っていた僕だが、妙な感覚でふわりと意識が浮上した。誰かが僕の布団に潜り込んでいるような感覚だ。


 寝惚けた頭で考え、『あぁ、カドゥケウスか……』と納得し、もう一度眠ろうとしたが、また目が覚める。どう考えても子狐の大きさではない。というか狐の感触じゃない。


「……ッ!」


 慌てて起き上がり、もしもの時の為にと枕元に置いてあったレームングを引き抜き、先程までかぶっていたシーツを引き剥がした。


「……誰?」

「んー……何事だ……寒い……」


 其処には黒い長髪の女性が寝転がっていた。


「姉さん!」


 大声で呼ぶと実験をしてるであろう姉さんが床をすり抜けて下りてくる。


「どうしたの!?」

「知らない人が居る! 裏ギルド員かも……!」

「うわ、裸!?」


 確かに全裸だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。もしこの家の場所が見つかったとか、侵入されたとかだと大事だ。命の保証なんて出来やしない。


「ッ!?」


 油断せず観察していると、ゆっくりと女性が起き上がる。肩に掛かった髪がサラサラと流れる様とかどうでもいい。剣先を向けて完全に目が覚めるのを待って質問を開始した。


「すみませんが、どちら様でしょうか?」

「んー……? 私だが……」

「いや、誰ですか?」

「はぁ……?」


 会話が噛み合わない。というか、この人、僕を襲いに来たはずだが殺気とか、戦う気配が微塵も感じられない。


 ぼんやりと虚空を眺めていた赤い目が、僕の剣を見る。


「何故そんな物を向ける?」

「貴女が怪しいからです」

「一緒に戦った相手に、それは無いんじゃないか?」

「はい……?」


 言われ、首を傾げる。一緒に戦った相手とはどういう意味だ? 完全に初対面だ。チラ、と姉さんの様子を伺ってみる。すると何か引っ掛かっているような顔をしていた。


「もしかして……カドゥケウス?」

「え? いやそんな訳……」

「そうだが?」

「嘘だ……」


 思わずレームングが手から滑り落ちる。そんなはずない……あんなに可愛い子狐が、女の人になるなんて……いや召喚した瞬間はめちゃくちゃ凶暴な顔してたけど……。


「何だ、気付いてなかったのか? あんなに可愛がってくれたじゃないか……」

「ひぃっ」


 白く細長い指が僕の顎を撫でる。その妙な感触にぞわりと背筋が震える。


「カドゥケウス、リューシに悪戯しちゃ駄目でしょ!」

「すまなかった」

「はぁ……はぁ……」


 存外素直な性格らしい。完全に手の平の上で転がされているが、漸く状況に追い付けた感がある。

 そうなると1つの問題が浮上してくる。


「とりあえず……服着てもらっていいですか」



  □   □   □   □



 あの黒霧が吹き出し、カドゥケウスの全身を覆ったと思ったらいつの間にか服を着ていた。此処等では見掛けない変わった服装だ。長い髪も頭の後ろでひとつ結びになっている。それでも長いが。


「見た事ないか?」

「はい」

「着てみるか?」


 スッと脱いだ上着を触ってみる。革鎧みたいに固い生地だ。


「これは革ですか?」

「あぁ。貴重な素材で出来ている。防御力もあるぞ」


 袖を通してみると、ひんやりと気持ち良かった。サイズもそんなに変わらない。


「似合う似合う」

「こういう服は初めてです」

「あのさぁ……」


 不思議な服を来てキャッキャしていると呆れ顔の姉さんが溜息混じりに交ざってきた。


「ちょっといいかな?」

「何?」

「どうかした?」

「馴染んじゃってるけど、色々確認したいかなって」


 言われて、あぁそういえばと手を叩く。謎の女性がカドゥケウスだと分かってから状況に慣れすぎた。だって不思議な服出すんだもん。


「聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「あぁ」

「召喚獣なの? それとも、モンスターなの?」


 魔石から現れはしたが、召喚という形で出現したのか、魔石からモンスターとして現れたのか。


「良い質問だ。私は一応、召喚獣となっている」

「一応というのは?」

「私は自らを封印したモンスターだ。死んで魔石になった訳ではない」

「そんなことが出来るんですか?」

「まぁ私くらいの知性があるモンスターなら選択は可能だね」


 生きる事をやめて魔石となり、自らを封印する……か。想像もつかないな。


「なるほどね……それで、敵意はないと思っていいのかな?」

「勿論だとも。家族だろう?」

「そうだよ姉さん。カドゥケウスだって家族なんだよ」


 ちゃんと歓迎会もしたんだから立派な家族だ。まさか人間に変身するとは微塵も思ってなかったけれど。


「そのカドゥケウスっていうのはやめないか? 私の名前なんだが、長いし気恥ずかしいからカディって呼んでくれ。あと敬語禁止」

「分かったよ、カディ」


 僕はカディがモンスターで、人間に変身が出来て、そして家族であることに納得出来ているが、姉さんはどうだろう?


「……呼び出したのは私だしね。リューシに害がないなら、私も大歓迎だよ!」

「ありがとう、リューシ、オルハ。こうして巡り会えたのはきっと偶然じゃないと私は思うんだ」


 僕もそう思う。1度も出現しなかったユニークボスを倒して、そして何が出るか分からない宝箱からカディが出てきてくれた。全部を偶然で片付けるのは流石に難しいだろう。


「魔石の中から見ていたけど、リューシ達はダンジョンに潜るのが目的なのか?」

「それもあるけれど、一番の目的は姉さんの完全蘇生だよ」

「なるほど……」


 改めてこの町に来た経緯を詳しく説明した。時々相槌を打ちながらカディは最後までちゃんと聞いてくれた。


「大変だったな……」

「うん……」

「オルハも、辛かっただろう」

「まぁ、ね……」


 聞き終えたカディは僕達を両腕で抱き締めてくれた。こんなにも優しいカディがモンスターだなんて、信じられない。


 ゆっくり頭を撫でられると凄く気持ちが安らぐ。僕は知らないけれど、きっとお母さんってこんな感じなのかな……。


「……よし、私もニルヴァーナ探しを手伝おう。モンスターである私にも出来ることはきっとあるはずだ!」

「カディが手伝ってくれるなら凄く頼もしいよ」

「あれ、それって私じゃ頼りないってこと?」

「ち、違うよ……!」

「そうと決まれば色々と準備が必要だが、まずは寝るとしよう」


 窓の外はまだまだ夜だ。ダンジョンに潜るのであればしっかり睡眠はとった方がいいだろう。この間のことで僕はそれをしっかりと学んでいる。


 学んでいるので僕はベッドに潜り込んだ。するとカディも潜り込んできた。


「……ねぇカディ?」

「ん? どうかしたか?」

「狭いから小狐になって」

「……こんこん」


 今度、カディの分のベッドも買わないと……。大きな出費だが、それ以上に楽しくて仕方なかった僕は、眠るまでに少しの時間を要したのだった。

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