第三十五話 歓迎会

 普段見ない探宮者が大勢やってきた。しかも、装備も整っていてどう見ても初心者には見えず、熟練の雰囲気を漂わせる探宮者が、何故こんな初心者用ダンジョンに?


 そんな疑問を抱いた門番さんの行動は早かった。すぐにギルドに駆け込み、不審な探宮者が来たことを伝えると、真っ先にヴィオラさんが飛び出していった。その後すぐに、人員を選定してバラガさんの指示で残りのギルド員さんが追い掛けてきた。


 それがバラガさんから聞いたことの顛末だった。


「……結果、奴等は裏ギルドのメンバーだったということだ」

「なるほど……あの人達はどうなるんですか?」

「勿論、ぶっ殺す」


 物騒な事を言うのはバラガさんの隣で足を組むヴィオラさんだ。


「晒して奴等に精神的ダメージを与えるんだよ」

「でもそれって報復とかありませんか?」

「あったらまた殺すんだよ」


 それはもう戦争だ。


「まぁ馬鹿の言う事は置いておいて、犯罪者集団であることは変わらない。然るべき機関に引き渡す」

「それが一番無難だね」


 姉さんの言葉に賛成だ。犯罪者=ぶち殺しは角しか立たない。不満そうに煙草に火を付けるヴィオラさんだが、こればっかりはバラガさんが正しかった。


「という訳でこの事件はこれでおしまいだ。大変だったな」

「いえ、お陰様で新しい家族が出来ました」


 僕の膝の上で丸まるカドゥケウスをそっと撫でると、大きな欠伸をして丸めた体に顔を突っ込んでしまった。寝ちゃったかな? と観察するが、ふわふわの尻尾が揺れているのでただの照れ隠しのようだ。


「なぁリューシ、おい、あたしにも触らせてくれよ」

「さっき噛まれそうになってたじゃないですか。煙草の匂いが駄目なんじゃないですか?」

「くそ……やめらんねぇよ……」


 カドゥケウスと煙草を交互に見て、最終的に咥えて吸っていた。


「じゃあ僕はこれで。明日からはベイトリールの方に行く予定です」

「分かった。此方でも不審な人物が居ないか定期的に調べるようにしよう」

「よろしくお願いします。では」


 ポンポン、とカドゥケウスを優しく叩くと、起き上がって定位置である僕の頭に乗っかる。重さは感じないが、前屈みになると落ちそうになるのでちょっと気を付けて立ち上がる。


 天井に向かって煙を吐きながらふりふりと手を振るヴィオラさんに手を振り返し、応接室を後にした。



  □   □   □   □



 ミシカさんにウェポンと魔石を買い取ってもらい、ギルドを出た頃には夕暮れ頃だった。


「今日は外で食べよっか」

「カドゥケウスの歓迎会だね!」

「コャン!」


 頭の上で元気良く鳴くカドゥケウス。召喚獣なのにダンジョンから出ても何故か還らない此奴を、僕達は家族として迎えることに決めた。


 一度送り返そうと試みたのだが、嫌がったのでそのままだ。しかし不思議と魔力の消費はなく、っちょっと謎だ。どういう仕組みなんだろう。


 とりあえず今は楽しそうにコンコン鳴いているので可愛がることにした。モフモフは正義である。


「あのお店にしよう」


 動物と一緒に入っていいかは分からないけど美味しそうな匂いがしてくる。カドゥケウスもすんすんと鼻を鳴らして興奮気味だ。


「私が聞いてくるね」

「あ、うん」


 そんな僕達を見ていた姉さんがふわりと空中を滑ってお店の方へ流れていく。道行く人は一瞬ビックリするが、特に何もすることなく過ぎ去っていく。


 お店の前に着くが、まだ姉さんが出てきてないので行き交う人を眺めながら待つことにした。


 右に左に流れる人の波は途切れることなく、楽しげに話す声は様々な音に紛れて喧騒となり、夜の町を賑やかす。篝火や魔道具の明かりがキラキラと輝く様はとても綺麗だ。


 だけどこの美しい町にも深く暗い闇があった。路地裏事件、裏ギルド事件と二度の命の危機を乗り越えた僕は少し町を見る目が変わってしまった。


 例えば、僕が居る通りの反対側の路地。彼処は柄の悪い人間の溜まり場になっている。其処を通ろうものなら絡まれるだろう。命までは取られなくても、身の危険を感じることはすぐ隣にあるのだ。


「これが外の世界なんだな……」


 最初はとても美しく見えた場所も、結局はあの村と一緒なのだと知った。まぁ、あの村よりはとても良い場所であることには変わりない。闇があっても優しい人が居る。危険があっても頼もしい人が居る。


 正しい事と間違った事。綺麗な事と汚い事。良い事と悪い事。光があるところに影があるように、2つは切り離せない。

 それが世界なんだと最近は思う。


「リューシ、大丈夫だって」

「本当? 良いお店決定だね」

「うん! さ、入ろ」


 扉が開かれ、顔を出した姉さんが手招きをするので中へ入る。すでに店内は賑わっているようで、僕達が入ったところで注目する人は居なかった。


「いらっしゃい! 可愛い小狐だね!」

「あ、どうも」


 店主さんかな。女性の方だ。金髪の癖っ毛が特徴的で溌剌とした人だ。


 そっとカドゥケウスに手を伸ばすが、カドゥケウスはヴィオラさんの時のように威嚇したりしなかった。


「おー、ふわふわだ……」

「可愛がってあげてください」

「ずっと撫でていたいね! けどお仕事しないと。さ、開いてる場所に座って!」


 忙しそうにバタバタと厨房へと引っ込んでいった店主さんを見送り、一番奥の席へと腰を下ろした。姉さんがメニュー表とにらめっこしている間、周囲を観察してみる。どうやら探宮者以外のお客さんも多いみたいだ。服装からしてこの町に住んで働いている人のようだ。地元民ってやつかな。


「やっぱりお肉だよね~」


 なんて言いながらうんうん唸っている姉さんを放置して第二の定位置と化した膝の上で寝転ぶカドゥケウスのお腹をワシャワシャと撫でる。


「キュウ、キュウ」

「ふふ、可愛い」


 お腹を見せて此方をジーッと見る姿はいっそあざとい。だが可愛いので許せる。


「じゃあお肉にしようっと。すいませーん」


 呼ばれて慌ただしく店主さんがやってくる。食事の必要がないアンデッドである姉さんが率先して注文をしているが、僕の好みと姉さんの好みは大体一緒なので特に意見はない。2つずつ頼めば大体美味しい。


「あとすみません、最後に頼んだやつをもう一皿ください」

「はいはーい。じゃあ少々お待ち下さい!」


 カドゥケウスの分もしっかり頼んでおく。忘れたら機嫌が悪くなってモフらせてくれないかもしれないので気を付けないと。ただの焼いた肉だから好き嫌いで引っ掛からなければ食べられるだろう。


 暫く姉さんと交代でモフり作業をしていると出来上がった料理が続々と届いた。ボーッと聞いていたけど、結構頼んでいたらしい。あっという間にテーブルの上がいっぱいになってしまった。


「以上です! ごゆっくりー!」


 料理を運び終えた店主さんは去り際にカドゥケウスを一撫でして帰っていった。さて、楽しむとしよう。どれも美味しそうだ。流石は姉さんである。


「はい、カドゥケウスの分だよ」

「キュウ!」


 焼いた大きな肉を乗せた皿をカドゥケウスの前に差し出すと、鼻を鳴らして喜んでくれた。良かった、此奴も僕や姉さんと好みが一緒のようだ。


「じゃあカドゥケウスの歓迎会開始! ようこそ!」

「今日から家族だよ」

「キューン!」


 僕と姉さんが片方ずつカドゥケウスと握手をすると、後ろ足でピョンピョンと跳ねて喜びを体全部で表してくれた。




 それからは楽しい食事を深夜まで続けた。僕も姉さんもカドゥケウスも無限に広がる胃袋を持っているかのように飲んで食べて楽しんだ。食べ終わる頃には周りには数人のお客さんが残っているだけで、賑やかだった店内も小さな話し声が聞こえる程度の落ち着いた空間となっていた。


「そろそろ帰ろっかー」


 背もたれに体を預けた姉さんが言う。チラ、とカドゥケウスを見ると気持ち良さそうに眠っている。ちゃんと家で寝かせてあげたいのでさっさと帰るとしよう。姉さんが店主さんと呼んで代金を払ってる間にそっとカドゥケウスを抱えてお店を出る。


「ふぅ……」


 夜の冷たい空気が火照った頬を撫でていく。見上げた空には星と骨。いつもの光景だ。


「……」


 こんな夜は周囲を警戒しておかないと。以前ならちょっと気を付けていた程度だったが、あの事件以降は極力深夜の外出は控えている。今日は歓迎会だったからどうしてもこんな時間になってしまったが……。


「おまたせー」

「じゃあ帰ろう」

「うん」


 ふぅ、と息を吐いて切り替えた僕は周りを気にしながら家へと向かった。



  □   □   □   □



 幸い、今夜は何事もなく家に帰ることが出来た。これが普通なのだが、ブラックバスという特殊な町では普通とは言い難い。


「じゃあまた明日ね」

「たまには休んでね」

「はいはーい」


 休む気ゼロの適当な返事を残して2階へと引きこもる姉さんを見送って僕は寝る支度を始める。カドゥケウスをベッドの上に下ろすともそもそと布団の中へも潜っていった。微笑ましい……。


 体を洗い、歯も磨いて寝る時用の服に着替えた僕はカドゥケウスに気を付けながら布団に潜り込む。


「あったかい……」


 小狐の体温で温まったベッドの中は妙に居心地が良かった。冷えた爪先に刺さる温もりが眠気を誘う。もぞりと足元で動くカドゥケウスを蹴らないように気を付けながら目を閉じた。


「おやすみ、カドゥケウス」


 言い終わる頃にはもう半分夢の中の僕は、あっさりと眠り……。


 そして飛び起きる事となった。

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