炎の美女と湖の獣

炎の美女

「おお、待ちかねたぞ！」

イファが炎の山に戻ると、炎の女王は玉座から飛び出して半ばひったくる様に手紙を受け取ると、それだけで辛うじて残っていた手紙の包みは消えうせて中の手紙があらわになりました。

そして女王はそのまま、手早く一気に手紙の内容に目を通します。

その手紙は比較的炎に強い石綿で作られていましたが、それでも炎の女王の手に持っていられる時間は僅かです。

最後まで読み終わった瞬間に、役目を終えた手紙は虚空に消えていきました。

手紙を読み終えた炎の女王は満足そうに玉座に戻ると、早速返事を書かねばな、と湖の国用に作られた特別な紙にペンを走らせていきます。

書きながら、女王はイファに今回の手紙の内容がどんなものだったかを語って聞かせます。

いわく、炎の国の反対側にある森の国の話。

いわく、国境の位置を調整したいとの話。

いわく、湖の国の近況。

いわく、湖の王からの個人的なお話。

そしてお互いの手紙の最後は必ず「叶うものであれば一度お目見えしたいものです。」と締められています。

しかしそれが叶わないのは誰もが知っていることでした。

イファとアダンのようにただの住人であるというだけならばまだしも、お互いの国の存在を一身に受けている王達が出会うというのは即ち、２つの国が消滅することを意味します。

それはただの社交辞令であり、ただの定型の文章ではあるのですが、イファはそこに、何か炎の女王の祈りが込められているように思えて仕方ないのでした。

◇

炎の女王が手紙を急いで読まなければいけなかったのと同じように、湖の国に持ち込まれた手紙もすぐに消滅してしまします。

そのため冗長な挨拶や持って回った言い回しは避け、読みやすいように伝わりやすいように、内容を考えて考えて、本当に伝えたいことを書かなくてはなりません。

数日に渡って手紙を書き上げた炎の女王は、いつものように最後に「叶うものであれば一度お目見えしたいものです。」と書いて、ふと思いました。

この手紙は湖の王の手に触れるのだな、と。

ならばと、炎の女王は自分の目をひとつ手紙の封に忍ばせてみました。

ただ一瞬でも、見るだけでも、湖の王の近くに行くことができるのではないか。

そんな純粋な思いによるものでした。