炎の美女と湖の獣

Enju

相克

むかしむかし、あるところに。イファという名の少女が宮仕えをしておりました。

彼女が仕えているのは、炎の国の中心の、炎の山に住んでおられる、炎の女王でありました。

炎の国というのはその名の通り全てが燃え盛っている場所で、炎の国の住民は炎の衣を着て、火柱で支えられた建物に住み、燃えさしを食べて過ごしているのでした。


炎の山から離れると、背の高いヒノキが燃える森があり、更に進めば炎は徐々に下火になっていって、やがて隣国『湖の国』との国境に行き当たります。その隣国に向かう道を、イファは歩いておりました。

やがて彼女は国境を跨いで建てられた小屋に到着し、中に入ってしばし待つと、反対側の扉から湖の国の住人がやってきました。


「こんにちは、イファ。」

「ごきげんよう、アダン。」

アダンと呼ばれた彼は、厳重に……というよりは"頑丈に"封をされた手紙を取り出しました。

「では……こちらが我が主からの今回の書状です。」

アダンの取り出したこの手紙だけが、2つの国の唯一の交流なのでした。

なぜならば炎の国と湖の国は、その国にあるもの全てが完全に正反対のエネルギーでできており、触れ合ってしまえばお互いに消滅してしまうからなのです。

そのため、炎の国の炎の山では炎の女王が、湖の国の湖の底では湖の王が、できるだけ自分の方に高いエネルギーを引き付けておくことで、2つの国は辛うじて隣り合っているのでした。

しかしそれでも国境で触れ合っている地面は僅かにジュワジュワとお互いを消滅させ続けており、イファに手渡された手紙もその瞬間から徐々に包みが蒸発しております。

「んー、これはいけませんね。女王様の所まで包みがもちそうにありません。」

「そうですか……前回よりも厚くしてあるのですが、ダメでしたか。」

「ごめんなさい、私の炎が最近はどんどん強くなっていて……今回もお願いできますか?」

「やむを得ない……ですね。」

イファとアダンは国境を挟んで向かい合い……

「それでは失礼します。」

そして2人は抱擁を交わしました。


当然、炎の国の住人と湖の国の住人ですから、お互いの身体は触れた場所からほどける様に消えていきます。

やがて離れたイファの身体は、先程までの半分程度に縮んでいました。当然アダンの身体も同じだけ小さくなっています。

「これで何とか持ち帰れそうです。毎回アダンにも身体を減らしてもらってごめんなさい。」

「僕は大丈夫。イファの方こそ、この後手紙を持ち帰るのに更に身体が減るのでしょう?」

「それでも女王様の近くまで行けばすぐ元通りですよ、それに……」


イファには身体が減った分、他の何かが満たされているような、そんな気持ちがありました。しかしそれが何なのかは上手く説明できずにいるのでした。

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