この世は修行の場である

  ある日、我が家で法事があった。誰の何の法事だったか…多分夫の祖母の三十回忌だったように思う。我が家は浄土真宗でお坊さんのお経の後には説法というのがある。

 お経は何を言っているのか、どういう意味なのかさっぱり分からないが、この説法は法事の意味や仏教の教えなどを私達にも解る言葉で話してくれる。

 私は別に熱心な仏教徒というわけではないが、このたまにある法事の説法の時間は割と好きだ。我が家に来るお坊さんの話し方が上手いのかもしれない。


 この法事の頃、若者の自殺のニュースが続いた。お坊さんはこんな話しをした。


 仏教の教えでは、この世は修行の場なのだと。修行なので楽しいわけがない。苦しみがあってこその修行である。その苦しみを乗り越えてこその修行。修行を「もう嫌だ」と放棄して死を選べば、次の生は犬畜生になる。

 

 私は"なるほど"と思った。そして、この世が修行の場であると考えるなら、私は子ども達を決して見放してはいけない。苦しく、悩みながらも子どもたちを見守り続けるのが、今生の私の修行なのではないかと思うようになった。

 そして、次に自分なりの"おまけ"の考えを加えた。

 この修行を頑張って上手くやり遂げたなら、きっと私の魂のスキルはアップして、次の生ではもっと上手く生きられる。つまり今生でこの子ども達を最後まで育てあげれば、来世ではもっと上手く子育てができるようになっているに違いない。という考えだ。


 私はこの法事以来、子どもの事で悩んだ時はもちろん、様々な事で苦しいと思った時は心の中で「修行じゃー!」と叫んでいる。

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