第2話 魔女様とレイナと百合の花

「今日は二人が来る予定もないしあの花畑でゆっくりお昼寝でもしようかしら」


 夏が近づいてきて日差しも暖かくなってきたから、川辺にも夏の花が咲き始めている。こうやって歩いて花の香りに包まれているだけでも穏やかな気分になってくるくらいだ。

 そうやって寝転べそうな場所を探していた時だった。


「~~♪ ~~~♪」


 少し離れた場所から誰かの歌声が聞こえてくる。聞いているだけで心が洗われるような、優しい歌声。

 その歌声に誘われた先にあったのは、私も見慣れた少女――レイナの姿だった。


「あら、貴女だったのね」

「っ!? 魔女様!? どうして……今の、聞いてましたか?」


 声をかけると彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら、歌うのをやめてしまった。


「ええ。とっても綺麗な歌声だったわよ」

「そ、そんな綺麗だなんて……それより魔女様はどうしてここに?」


 どうやら歌については触れて欲しくないらしい。 


「少しお昼寝でもしようと思って場所を探してたの。貴女は?」

「私はお店のお手伝いです」


そう言うレイナの手元を見ると、綺麗に摘み取られた花が束になってそよ風に揺られていた。その脇には大きなバスケットも置かれている。


「貴女も大変ね」

「そんな事ないですよ。私、お花は好きなので」

「ふふ、そう。……ところで、あの子は今日はいないの?」


 この子達はいつも二人でいるから、今日もどこかにいるのかしら?


「リリーですか? あの子、今日はお家にいるはずですよ」

「そうなのね。いつも三人で話してばかりだったから、なんだか新鮮だわ」

「ふふ、そうですね。あっ、でも今日私と会ったことはリリーには内緒ですよ」


 怒られちゃいますから、と唇に人差し指を当ててレイナが笑う。


「そうね、私もあの子を怒らせたくはないし」


 そんな彼女に、私も笑顔を返した。



「ねぇ、貴女はあの子とずっと一緒にいるのよね?」

「ええ、四歳くらいの時から一緒です」


 私とレイナは花を摘みながら言葉を交わす。


「昔の貴女達ってどんな感じだったの?」

「今と変わらないですよ。リリーはドジでおっちょこちょいで、それなのに元気だけはあふれてるから、本当に困っちゃいます。……今も、昔も」


 「まあ、私の方がちょっとだけお姉さんですからね」とレイナが小さな胸を張る。


「でも、今は魔女様もいてくれますから。私も安心です」


 少し寂しそうに、けれど安心した顔でレイナが続ける。


「あの子、私と二人のときも魔女様のお話をしてるんですよ。それに、私も――」


 レイナは首を軽く横に振って、最後の言葉をしまい込んだ。


「暗くなって来ましたし、私はそろそろ帰りますね。今日は手伝ってくれてありがとうございました」


 そう言って立ち上がった彼女の背中がとても小さく、苦しそうに見えて、気づくと私はレイナを抱きしめていた。


「貴女達が言ってくれるほど頼れる人ではないけれど。……私の前で貴女が気を遣う必要は無いわ。貴女達は、まだまだ子どもなんだから」


 私の言葉が終わると、小さな手が私の腕にそっと触れた。

 そして、


「あ、あの……私も、魔女様のこと、す……とっても尊敬してます」


 彼女がしまい込んだ言葉の続きを小さく呟いた。


「ありがとう。私も貴女達のことは、嫌いじゃないわ」


 『好き』だなんて、私がそんな言葉を言うことは無いだろうけど。

 もし言うとしたら、この子達以外にはいない。


「ありがとう、レイナ」

「っ! ……ほんとに、今日魔女様と会ったことはリリーには言えませんね」

「ふふ、そうね」


 いたずらっぽく笑うレイナに苦笑を返す。

 ……いつかあの子も、ちゃんと名前で呼んであげないとね。


「さぁ、帰りましょうか」

「はい! 魔女様!」


 咲き始めた百合の花の香りに包まれながら、私たちは帰路についた。

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