12.エピローグ いつかのメリークリスマス

 男は目を開く。


 瞳だけを動かして周囲を見回し、次に自分の状況を確認した。

 肘掛け付きの巨大な椅子に腰かけている。

 辺りは先を見通せない、漆黒の空間だ。


 ほんの少し、手足を動かしてみる。

……どうやら、問題なく動くようだった。


「おはようございます」


 凜とした女の声に、首を傾げて、そちらへと視線を送る。

 闇の中から、仮面を付けた女が進み出る。

 白衣を羽織り、その下は悩ましいスタイルの映えるぴっちりとしたスーツを着ている。


『おはよう』

「覚醒、おめでとうございます。大首領サタンクロス」


 女は胸に手を当て、跪く。


『大首領?』

「はい、サタンクロス。貴方がお目覚めとあらば、世界を我らの手に掴む日も、目前かと」

『色々と訊きたいことはあるが』

「はい、何なりと仰ってください」

『……我ら?』

「……然り。我らはバビロン。大首領サタンクロスを主に抱き、世界を征せんと大望に邁進する秘密結社」


――いやいや、どうなることかと思ったが、成功してよかったわい


 別の声。男の声だ。

 同じく、暗闇から進み出て……その姿に、サタンクロスは唖然とする。


『プリズマー総統!?』


 彼にとっては、見慣れた禿頭の老人である。

 記憶より、若干腰が曲がっている。


「違うぞ、サタンクロス。儂は秘密結社バビロンの科学者。人呼んで、ドクタープリズマー!」

『……何の冗談ですか?』

「……相変わらず、くそまじめな奴じゃ。しかし、儂一人でもAIとボディの新造は出来たろうが、人格と記憶の再生は難しかったじゃろう。しかも、たったの五年という短い時間で、バベル以上の組織を作り上げた。小娘に感謝することじゃな」


 再び、女の方へと目をやる。

 仮面に隠れ、表情は見えない。


「さぁ、我らが大首領サタンクロスと、秘密結社バビロンの門出じゃ! 者ども、ときの声を上げよ!」


 プリズマーが叫んだ瞬間、ライトアップ。

 玉座に腰掛ける自分の周囲を、ぐるりと何重にも人型の武装した機械が囲んでいる。


――オオオオオオオ! サタンクロス万歳! バビロンに栄光あれ!


 大歓声に包まれ、呆然とするサタンクロス。

 仮面の女はゆっくりと進み出て、サタンクロスの膝に腰掛け、彼の首に婀娜っぽく手を回した。


「如何です?」

『……悪くはない』

「ふふふ、光栄です」

『だが、分からん。一体何者だ? 目的を言え』


 女は答える代わりに、豊かな胸元へ手を入れると、谷間から何かを取りだしてみせる。


「見覚えは?」

『……これは』


 骨付肉型の充電器だった。これを持っているということは……


「これに、貴方のAIデータのコピーを入れていたの。まぁ、人格と記憶の再現は大変だったけれど」


 女は焦らすようにゆっくりと、仮面を外す。


『君は……!』

「来る者は拒まないんでしょう?」


 蠱惑的な声が耳に滑り込む。

 サタンクロスは半ば呆れながら、彼女の腰を抱き寄せる。


『……やれやれ。ロクな大人になれんぞ?』

「私はもう大人だもの。それに……」

『それに?』

「いい女よ」

『ッ! ハハハハハハッ! 違いない!』

「……それで、サー君は何がしたい?」

『……む?』

「何でも出来るよ。今のサー君なら。今の私なら」

『そうだな。……決まっているさ』


 改めて、周囲を見渡す。

 機械仕掛けの兵達の視線が、彼に集中する。

 皆一様に、大首領の言葉を待ちながら、期待に満ちた光を瞳に宿している。


 サタンクロスは右腕に女を抱きながら、勢いよく立ち上がる。

 マントを翻し、高らかに宣言した。


――では諸君。悪を成そうか


 割れんばかりの喝采に包まれながら、大首領と女幹部の視線と笑みが交錯する。

 やがて二つの影は重なると、彼らを讃える声が止むまで、決して離れる事はなかった。


                                     了

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歳末のバビロン ~彼女が悪の秘密結社の女幹部になった理由~ 柔井肉球 @meat_nine_ball

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