第3幕

 舞台上第1幕同様

 照明無し


 医師、黒い衣装に黒死病医者メディコ・デッラ・ペステの面を着け舞台中央に立っている


医師 恋人が自分を洗脳しようとし、縁を切る為にその奥に潜む醜い本性を突きつけたら暴れ出したので、自己防衛の為に包丁で突き刺した、と……


 照明点灯


医師 それが、貴方の見た事なのですね、お嬢さん?


 下手側に座る般若の面を着けた女1を照らし出す


女1 (医師の方は見ず)はい。左様で御座います。ただ、一つ訂正と致しましては、私が振るいましたのは包丁では御座いませんで、剣で御座いました。

医師 ふむ、成る程。いやしかし、これは参りましたな。いや、何とも。

女1 如何されたのでしょうか?


 医師、懐より手紙を取り出す。


医師 いえ、その、なんとも残念なのですが、当方の調査では彼、詰まり貴方の恋人君、ああ、「元」でしたな、まあ、ともかく、全然そんな人でなく、いや寧ろ、全く正反対の人格を有している様に見受けられましてな?

女1 (相変わらず下を向いたまま)全く正反対……で御座いますか?

医師 しかり。まあ、こちらをご覧頂くのが宜しかろうと思いますな。(出した手紙を杖で女1に差出す)

女1 (矢張り医師の方は見ない)これは?

医師 彼が貴方に渡そうとした手紙の様で御座いますな。まあ、所々血で汚れてはおりますが、凡その内容は判りますでしょう。


 女1、ペリペリと手紙を読み始める


医師 他の日誌等も参照致しますと、如何も彼は貴方が出奔したその日からずっと貴方の身を案じ、ずっと貴方の幸せを祈っていた様です。その手紙にも、貴方が起こし易い悪癖、それを如何に抑えるか、抑えるだけでなく根源的には貴方自身も他の者も幸せにする力が具わっている事等、まあ、一部には神秘主義や秘儀主義的な記述も見られますが、総じて、医師の見地から云わせて頂きますと、人類倫理全般として望ましい事が記されておりましてな、その……


女1 はぁ。この人の文字を見て心躍ったのが、随分と昔の様に感じられます。


医師 その……(女1を見て)ふむ。まあ、この事は後日に致しましょうか。(女1に背を向ける)

女1 (手紙を凝視し)お医者様。

医師 はてな?(女の方に振り返る)

女1 私は……何を……致したのでしょうか?

医師 それは……(再び女に背を向ける)それも、後日に致しましょう。

女1 はぁ。


 医師、上手側より捌ける


女1 私は……一体何を……(上手側台の上に目を向ける)


 男、中将ちゅうじょうの面を着け女1に向かい上手側台の上に立つ

 照明、男を照らす


男 (女1を受け容れる様に)君は、大丈夫だよ。


女1 ああ……ああ……(俯く)


 女1、その場で屈み込み、般若の面から真蛇の面に変える


女1 ああ……ああ……あああああああああ(立ち上がると大きく仰け反り面を見せながら体を揺らす。声は平坦に)


 照明暗転


女1 (声のみ)大洋の、浮木捨て去り、オイディプス、昴失い、返歌得ざりぬ


 幕降ろす


終幕

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カルナヴァル @Pz5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る