第22話討祓戦閉幕


第五区の広間で、逃げる事も叶わず常闇の主、穢童子と対峙してしまった紫苑、桜華、静世、春道。



「さぁ、来い!」



穢童子が大きく手を広げ、どこからでもと言いたげに構えた。



「はぁあ!!」



「やぁ!!」



桜華、静世が剣を構えて穢童子へ斬りかかっていく。


しかし、力が足りないのか、はたまた穢童子の身体が頑丈過ぎるのか、その刃は一切通らない。



「なっ!?」



「桜華様、刃が通らないのは当然です! ですから、勁現具に浄勁力を流す際、鋭く強靭な刃をイメージするのです!

桜華様の武器は突剣ですから、より鋭くです」



桜華も紫苑も以前に穢れ人を祓いこそしたのだが、実際にこうした討祓は初めて。


だからこそ、実戦経験や知識が薄いのだ。


その為、静世が戦闘中にも関わらずアドバイスをし、ぶっつけ本番の状況となってしまっている。



「見本を見せます。 難しいかもしれませが、感じ取って吸収して下さい」



静世はクイっと眼鏡の位置を戻し、スーッと心を静め、刀身を穢童子に向けた。


そして、浄勁力を流していくと次第に剣先が真っ赤に染まり、目を凝らせばその刃部分がギザギザの形状へと変化していった。



削炎刃さくえんじん!」



ダンっと勢いよく踏み出し、燃え盛る刀身を力強く振りかぶり、そして穢童子の身に触れると一気に刀を引いた。



ズバッ!



静世の剣が穢童子の肌を切ると言うよりは削り取り、熱によってジューっと肉の焼けた匂いが広がっていく。



「はっはっは! やるじゃないか女! 俺に傷を負わせられるとは良い腕だぜ?」



穢童子は斬られたにも関わらず、それが嬉しかったのか喜びの声を上げると「お礼だ」と一言告げ、剛腕を静世へ振り抜いた。



「きゃあっ!?」



ズドォンっと後方で未だ動けていない春道の近くまで吹き飛ばされ、ゴホッと赤い液体を吐き出す。



「静世さん!」



紫苑が駆け寄り、ゆっくりと身を起こす。



「はぁ……はぁ……だ、大丈夫、です」



たった一撃で満身創痍な状態の静世、そして春道。


だが、この場から逃げる事は叶わない。


故に桜華と紫苑は覚悟を決め、再び穢童子へと向き合った。



「どうした小娘共! 俺を楽しませてみろ!」



穢童子は少々退屈そうな表情を浮かべると、二人にそう告げてその場に座り込んでしまった。



「舐められたものね……」



桜華は突剣を構え、先程静世に教わったアドバイスを思い返す。



「鋭く、鋭く……」



桜華の突剣が水色の光に包まれ、そして鋭利になっていく。


また、同時に周囲にも氷柱の様な物が形成され、その先端が穢童子へと向いた。



「はぁぁぁあ! 氷棘刺ひょうきょくし!」



氷で覆われた鋭い突き、そして周囲に形成された無数の氷が一斉に穢童子を襲う。



グサッ!グサッ!



「紫苑!」



攻撃を終えるとサッとその場を離れると、後方から紫苑が「剛風疾矢ごうふうしっし!」と告げ、剛風矢と疾矢の融合技を繰り広げた。



バシュン!!



桜華の突き、紫苑の勁矢が穢童子の肉体に無数の傷を与えた。


ドクドクと至る所から紫色の血が流れ、紫苑の矢は穢童子の胸部を貫いている。



「ガッハッハッハァ! やるじゃないか小娘共! そんだけの攻撃力があれば十分だろ!」



「「えっ!?」」



恐らく二人の攻撃は本来であれば必殺。しかし、穢童子は無数に怪我を負っているにも関わらず、平然としていた。



「だが、これじゃあ俺等〝主〟は祓えんぞ?」



「くっ、だぁぁあ!」



桜華は悔し気な表情を浮かべて、更に突剣を突き刺していく。



バシュ!バシュ!



後方からの紫苑の矢もしっかりと穢童子を射抜いていく。だが、穢童子は一切攻撃をして来ず、ただただ不敵な笑みを浮かべて二人の攻撃を受けるのみだった。



そうした状況が数十分続き、慣れない浄勁力の消費で桜華も紫苑も「はぁ、はぁ」と息を切らしてしまう。



気付けば広間ではいつの間にか天導士達と穢れ落ちした者達が戦闘を繰り広げている。



「なんて頑丈なの……」



「桜華ちゃん……このままじゃ……」



「良い線はいってる。 だが、まだまだだな。 おらぁ!」



穢童子がようやく立ち上がり、棍棒を振るって桜華を吹き飛ばした。



「がぁっ!?」



「わぁっ!?」



そして、吹き飛ばされた桜華が後方の紫苑にぶつかり、二人とも「うぅ……」っと倒れてしまう。



「何て、衝撃……」



「桜華ちゃん、大丈夫ですか?」



「ええ、何とかね……」



すると、穢童子の横に豪華な着物の女性がふわっと立ち並んだ。



「あら、ずいぶん斬られたのねぇ? あなたにしては珍しい事だわぁ」



「穢狐姫か。 まあ俺に傷を負わせられないんじゃ話にならんからな」



「主が、二人……?」



目の前に立つ二人の主に桜華が絶望的な表情を浮かべる。



「そういやぁあそこの弓を持ってるのが影時の娘だぜ」



「あらぁ、それは愉快な展開ねぇ?」



穢狐姫が何やら楽しそうな表情を浮かべると、突然紫苑の前まで移動して来た。



「えっ!?」



「あぁ~、確かにあの人の匂いがするわねぇ。 でも足りないわぁ~、もっと精進なさいね?」



「なっ!?」



穢狐姫が紫苑の顎をクイっと持ち上げると、不敵な笑みを浮かべながらそう告げる。



「貴方達は父とどういう関係なんですか……?

貴方達が父を穢れ落ちさせたんですか?」



穢童子も、そして目の前に居る穢狐姫も穢れ人へ落とされた父、影時を知っている。



「ふふっ、いい? 真実って言うのは自分で解明していくものよ?

全てを知った時、貴女はどんな選択をするのでしょうねぇ?」



穢狐姫は含みのある言葉だけを残し、再び穢童子の横に戻っていった。



「さて、これくらいで良いかしらねぇ、私達の出番は」



「そうだな。 帰るか」



紫苑、桜華、静世、春道は既に満身創痍だ。


だからこそ、追いかける気力は既に無かったのだが穢童子、穢狐姫がその場を後にしようとした瞬間、天から大きな斬撃が二人を襲った。



ズゴォォン!!



「あらぁ、痛いじゃないの」



「チッ、腕を持ってかれたぜ」



土煙が上がり、それが晴れると穢狐姫の腹部は抉れ、穢童子の右腕が吹き飛んでいた。



「ここまでしておいて普通に帰れると思っているのでしょうか?」



透き通った声が響き、その場に三人の男女が降り立つ。



東の都の大天導師である総葉そうば 偃月えんげつ


白い頭巾を被っていて顔は見えない。顔部分の布には伍家の家紋が合わさった様なマークが描かれている。



東方倭国の第一皇子のすめらぎ 冬牙とうが


帝の長男であり、細身だがしっかりと引き締まった身体で常に好戦的な表情を浮かべている。



清導天廻第一部隊隊長兼、天導師長の烏丸からすま 燕周えんしゅう


烏丸家の当主であり、紫苑と同じクラスの迅の父。


忍術を扱い、暗殺なども手掛けるが、基本的には諜報員として偃月を支えている。




「主が二人とは、やはり何か企んでいたようですね」



「あらぁ、久しぶりねぇ総葉の者。 あっ、大天導師だったからしらぁ?」



「この地で好き勝手はさせませんよ、穢狐姫。 そして穢童子」



布によって表情は分からないが、しっかりと力強く意志を表示する偃月。



「穢童子、何か怒ってるみたいよぉ? どうする?」



「まあ、逃してはくれなそうだからとりあえず一人くらいぶっとばしとくか?」



主二人も、そう簡単には逃して貰えない事を悟ったのか、気付けば先程の攻撃で受けた傷も治り、双方が武器を構える。



「そこの導士達、お下がりなさい。 巻き込まれますよ」



偃月は紫苑、桜華にそう告げると、静世と春道が何とか立ち上がり、二人を連れて退いていく。



「では行きましょうか。 冬牙さん、燕周さん、お願いします」



「おらぁ!」



「ふんっ!」



冬牙は通常よりも刀身の長い刀を構え、勢いよく振るっていく。


エレメントは氷り、しかしその鋭さ、切れ味は桜華の何倍も上だ。



氷閃ひょうせん乱斬らんざん!」



まるで眩い閃光が放たれたかの如く、一瞬視界が白く染まり、気付けば穢童子の身体が無数に切り刻まれた。



「グッ……グワァ!!」



思わぬ攻撃に焦ったのか、穢童子はブォンっと棍棒を振るった。


その風圧で周囲の木々が吹き飛ぶのだが、冬牙は諸共せず更に追撃していく。



一方、穢狐姫は時おり見せる瞬間的な移動で燕周の懐へ侵入すると、そのまま爪を伸ばして首元を狙った。


だが――



ゴボっと口から血を吐き出したのは穢狐姫の方だった。



「あらぁ? 何故私が血を流してるのかしらぁ?」



「簡単な事だ。 お前の早い動きよりも俺の動きの方が上だったのだ」



いつの間にか燕周の持つ忍者刀が穢狐姫の胸部、そして首元を刺していた。



「主とはこんなものだったか? それとも自分達より上がいないとぬるま湯に浸かり過ぎたか?」



「ふふっ、言ってくれるわねぇ?」



すると、穢狐姫の尾が目にも止まらぬ速さで燕周を襲った。



「ふんっ」



キン、キンっと尾と刀の攻防が続き、やがて二人が距離を置く。



「ちょっと攻撃を受け過ぎたわねぇ、穢童子……そっちは?」



「俺もだ。 限界が近い」



「ならお暇しましょう。 またやりましょう?」



既に夜明けが近く、常闇の主達は太陽が出る時間帯には行動しない。


勿論、太陽が駄目だというわけではなく、しかしながら闇に生きる存在だからこそ、本来の力を発揮する事が出来ないのだ。



スゥーっと二人の影が闇へと消えていくと、ようやく主達との戦闘を終えるのであった。



「逃がしましたか。 まあ、いいでしょう。 燕周さん、状況を調べ、指示をお願いしますね。

私は戻ります」



「御意」



「冬牙さん、まだ残ってましたら掃討をお願いしますね」



「はいよ」



こうして夜が明けた朝7時、穢れ人となった者達を全て浄化し、東の都で起こった穢れ人の討祓戦が幕を閉じたのだった――

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