第21話穢狐姫と穢童子


東の都、第五区にて穢れ人が大量に出現し、天導士達が一斉に討祓を結構した。


そして現在、紫苑と桜華の二人の前にはであったであろう二人の穢れ人が刀を持ち、襲い掛かった。



キン!



「くっ、重いわね……でもっ!」



襲い掛かってきた穢れ人の一人が桜華に向けて刀を力強く振るい、桜華はそれを突剣で受け止める。



「はっ!」



相手の刀を弾き、鋭い突きで応酬すると桜華の剣が穢れ人の胸部を貫いた。


しかし――



『ガァァア!』



まるで痛みを感じていないのか、穢れ人は貫かれても更に刀を振るって来た。



「厄介ね……氷結!」



桜華は案ずる事なく冷静に、貫いた突剣にエレメントの性質を加えると、次第に穢れ人の身体が胸部から凍り付いていく。


そして、振りかぶっていた腕も動きを止めた。



「はっ!」



桜華はそのまま剣を回転させ、一気に上へと持ち上げた。


パリンっと音を立て、胸部から上が縦に割れた穢れ人の身体が水色の粒子となって消えていく。



「ふぅ、紫苑! こっちは終わったわ」



「うん! こっちも終わりました!」



紫苑は後方から襲い掛かってきたもう一人の穢れ人へ勁矢を射て接近戦へ持ち込まないように動いていた。


そして、「剛風矢!」と呟き、風を纏った剛矢が穢れ人を貫いた。



「二人とも見事ですね」



紫苑、桜華の討祓姿を後ろから見守っていた静世が称賛し、一行は第五区へ向けて更に駆けだしていくのだった。



やがて穢れ人の大半を討祓する事に成功した天導士達は残りの掃討戦へと持ち込んでいた。


中にはようやくこの長い夜が終わると安堵していた者も多いだろう。


しかし、現実はそう甘くは無かった――




『これじゃあ劣勢だな……退屈だし、そろそろ出るか?』



『あら、奇遇ね。 ちょうどそんな事を考えてた頃だったわ?』



第五区の電波塔から二人の主が街中を眺めながら会話をしていた。


穢童子は既に酒を飲み干してしまったのか、退屈そうにしており、穢狐姫もまた、暇そうに街全体を眺めている。



『一緒に行く? それとも別行動が良いかしらぁ?』



『別で構わんだろ。 ある程度暴れたら適当に戻る』



『分かったわ。 じゃあ後ほど、ね?』



そう告げると穢狐姫は第五区へ、穢童子は第四区へそれぞれ足を運んだ――









≪第五区≫



ズドォォンっと轟音が鳴り響き、住居が次々に崩壊していく。


土煙が立ち昇り、視界が完全に遮られてしまった街中では、やがて煙の中から一つの影が確認出来た。



「榊天導師! 土煙に人影が!」



「ん?」



第五区では、第三部隊・第四部隊が穢れ人の討祓を行なっており、未だ街中は人と瓦礫で埋め尽くされている。


そんな中で、場にそぐわない豪華な着物を着崩している女性がゆっくりと歩いている。



「あれはっ……!? 全天導士に告ぐ! 主だ! 全員心して掛かれ!」



第三部隊の隊長である天導師、榊は突然目の前に現れた大物に緊張と興奮が同時に湧きあがり、周辺にて作業する各天導士へと号令を出した。



『あら、皆一斉に相手をしてくれるのかしら? 嬉しいわぁ?』



「この化け物めっ!」



一人の天導士が手柄を立てようと我先に剣を振るった。


しかし――



ガキン



『もう、せっかちさんなんだからぁ~』



「くっ、このぉ!」



『あなた……全然だめねぇ? だったら私の駒として働いてちょうだい?』



穢狐姫は再び男の唇を奪うと、次第に男がうめき声をあげ、灰色の衣を纏っていく。



『次はどなたかしら?』



「先走るな! 冷静に、連携を取って攻撃を仕掛けろ! 後衛!」



「「「はっ!」」」



体長の榊が再度号令を掛けると、後衛の弓部隊が一斉に勁矢を射る。



『はぁ!』



しかし、穢狐姫はヒラリを回転しながら着物の中から見える尾で矢を弾き返していた。



「ぐあっ!?」



「ぐへぇ」



弾かれた矢は四方八方に飛び、後衛の何人かは自身達が射た矢によって絶命してしまった。



『もっと楽しませてちょうだい? ね? 隊長さん?』



「ふふっ」と不敵な笑みを浮かべながらも襲い掛かって来る天導士達を次々に薙ぎ倒し、同時に数人を穢れ落ちさせて隊長へとゆっくり歩いてくる常闇の主。



「第四部隊を呼べ! このままでは壊滅だ!」



「はっ!」



榊は現状を把握した上で増援を求めた。そして一人の天導士がその場を離れ、増援を呼びに向かうと、その隙に穢狐姫は榊の目の前まで来ていた。



『増援、待つ? それとも遊んで行く?』 



「くっ、黙れ!」



榊が剣を振るうと、それらは全て尾で弾き返されてしまう。


しかし、榊は冷静に分析し、一振りを弾かれた瞬間に逆の手で短い剣を抜き、シャっと主に傷を負わせたのだった。



『あら、意外とやるわねぇ? でも、幼気な女性の肌に傷を付けるなんて、男としてどうかと思うわよ?』



「黙れ、お前は人ではないだろう。 ならば全て切り刻んでくれる!」



『威勢だけはいいんだからぁ。 でもそういうの嫌いじゃないわ?』



すると、穢狐姫はするりと着物を開けさせた。


透き通る様な白い肌にしっかりと実る豊かな胸に、、例え人間ではなくても男であれば虜になってしまうだろう。



『触・り・た・い?』



「要らん! 祓ってくれるわ!」



キン、キンっと金属がぶつかり合う。


しかし、その動きに合わせて穢狐姫の胸もまるで躍る様に跳ねていく。



『あら、ちょっと興奮して来てるんじゃないのぉ? それっ』



そして、榊が振りかぶった隙に腕を掴むと、逆の手を自分の胸に押し当てた。



「はっ、離せ!」



『あら、本当は嬉しいくせにっ? 柔らかいでしょ? 自慢なのよ?』



周囲の天導士達も敵ながら榊を羨ましそうに見てしまっている。


そしてその感情が穢狐姫にとっては大きな餌でもあるのだ。


サッっと榊の前から移動し、近くに居た天導士に急接近し、自慢の上半身をあえて見せつける。



『あなた、女を知らない顔してるわねぇ? どうかしら?』



「えっ、いやっ、き、綺麗、です……」



突然目の前に上半身が開けた美女が立ち、そんな事を訪ねるものだから天導士はあわあわとしながらも、つい真面目に答えてしまった。



『ふふっ、嬉しいわ。 じゃあお礼に触らせてあ・げ・る』



「へっ!?」



フニュンっと柔らかい感触が天導士の手一杯に広がり、更には女性特有の甘い香りが一帯を支配していた。


この天導士にとって、人間ではなくても、主であっても、やはり男としての本能には逆らえないのだ。



そして、ちゅっと穢狐姫の唇が男の唇と重なり合うと、まるで欲が爆発したように男の手が激しく穢狐姫の胸を揉みしだいた。



『あんっ、そんな激しくしちゃいやよぉ?』



「ふぅ……ふぅ……」



『ふふっ、もうダメねぇ~。 イケナイ子にはお仕置きよ?』



ふぅっと耳元に息を吹きかけると、やがて男が穢狐姫の胸から手を離し、頭を抱えて叫び始めた。



「ガァァァ!?」



『さて、隊長さん。 どうします?』



「俺の部下を……さっさと祓われろぉぉ!」



『いやんっ、乱暴なんだからぁ~』



そして榊もまた、振りかぶった剣を振り下ろす前に腕を押さえられ、穢狐姫の唇が自身の口内に浸食していく。



「や、め……ロ……」



『あら、我慢は身体に毒よ? 触りたかったんでしょ? ほらっ』



ムニュっと榊の手を胸に当てながらも男の本能に呼びかけていく。


そして、数分後――



辺りに正常な天導士は居なくなっていた。


榊すらも灰色の衣に包まれ、増援である第四部隊が到着した頃には、同じ数だけ穢れ落ちした部隊がそれを迎えたのだった。









≪第四区≫



「迎え撃て!!」



「「「はっ!」」」



「だりゃぁ!」



「はっ!はっ!」



第四区の一角にある広場では、まるで隕石が多数降ってきたかのように、幾つものクレーターが造られていた、


そして、その中心部では複数の天導士達が一人の敵へ向けて剣を振るい、槍を突き立て後方からは矢の雨が降る。


しかし、そんな状況下でも敵はジっと立ち尽くし、何かを待っている様だった。



「桜華ちゃん! あれ!?」



「あれはっ……穢れ人ではない?」



二人はちょうどその広場に訪れていたようで、中心部で沢山の天導士達が攻撃を仕掛けているのを遠目で見ていた。



「あれは!? 二人とも、逃げます!」



「えっ!?」



「あれは俺達でも無理だ……」



静世も春道も、中央に存在する敵をしっかりと確認すると、早々に退散する意向を示した。



「静世さん、あれってもしかして……」



紫苑が何かに気付いたように静世へ訪ねると、苦い表情を浮かべた静世が静かに告げた。



「あれは……常闇の主の一人よ……私も実際に見たのは二度目です。

とは言え、初めて目にしたのは別の主でしたが……」



「常闇の、主……」



紫苑、桜華はゴクリと生唾を飲み、驚愕していた。


すると、「ん?」とこれまで黙って天導士達の攻撃を受け続けていた主が動き始めた。



「邪魔だ」



そして、ブォンっと手に持っていた巨大な棍棒を振るうと周囲に居た天導士達がその人薙ぎで数十人、一気に吹き飛ばされていった。



「まずい、二人とも! 逃げますよ!」



静世がそう声を掛けて踏み出そうとしたのだが、時既に遅し――



「どこに逃げるって?」



「なっ!?」



静世達が立っている場所から広間までは数百メートルはあった。


だが、一瞬にして主が回り込み、後方に立っていたのだ。



「ここらの天導は雑魚ばっかだな。 ちっとは骨のある奴が来たかと思えばそうでもなかったか」



「逃げろ! ここは俺が何とかする!」



春道が槍を構えて三人を逃そうと主に対峙した。



「いや、お父様!」



「桜華、良いから行くんだ! 早く!」



「紫苑さん、桜華さん、行きますよ!」



「くっ……」



桜華は苦虫を潰したような表情を浮かべてその場を力強く踏み出した。


それに続いて紫苑、静世が駆けだしたのだが、そう簡単に逃げられる訳もなかった。



「ぐわぁぁ!!」



後方から春道の悲痛な叫びが響き、駆け出した三人の目の前に落ちて来たのだ。



「おっ、お父様!」



「ぐっ……」



春道は何とかその身を起こすが、一撃の重さが余りにも違い過ぎる為に上手く立ち上がる事が出来ない。



紫苑は後方へと視線を送ると、そこには大柄の男。


毛皮の腰巻きをし、その身は赤みを帯びている。


そして、頭部には二本の角が生え、髪と髭が繋がっている鬼の様な姿だった。


鋭い眼光を向けているが、左側には古い傷が見えた。



「ほう、お前と同じ匂いがするな?」



「えっ!?」



紫苑は穢童子の突然の発言に驚きを見せた。


何せ、常闇の主から自分の父の名が告げられたのだから。



「何故父を知ってるのですか?」



「父……そうか。 お前はあいつの娘か。 こりゃあ楽しめそうだな」



「もしかして、父はあなたの所為で!?」



「あぁ? 所為とかは知らんが、落ちたんだろ? なら自分の所為だ。

まあ、何でもいいから掛かって来い」



すると、後方の静世達が声を荒げて紫苑を止める。



「紫苑さん、ダメです! 今の貴女じゃ敵わない!」



しかし、現状を見ればどちらにしても戦わなければならない。


何より自分達が守られて目の前で静世や春道が殺されてしまうのは以ての外だ。


なら、自分で戦いたい。


紫苑はそう考えた。


すると、その横に桜華が立つ。



「紫苑が戦うなら私も戦うわよ。 貴女一人に背負わせるなんて御免だもの」



「桜華ちゃん……」



「何でもいい。 お前等の実力を俺に見せて見ろぉぉ!!」



穢童子の咆哮で周囲に衝撃の波が生まれ、近くの木々は薙ぎ倒されていく。


咆哮だけでこの力。


紫苑と桜華は冷や汗を流しながらも必死にその衝撃に耐え、武器を構えた。



「さぁ、来い!」


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