第6話模擬戦


翌日、朝早くから天草宗家の者達は訓練場へと集まっていた。



「紫苑、貴女の相手はよ」



桔叶の言葉を聞き、訓練場の中央にある闘技の間には紫苑の従姉、が立っていた。



「これから織葉と模擬を行なってもらいます。

お互いの実力を知るのもそうだけど、何より貴女の実力をここに居る者達へと知らしめる為、と心得てちょうだい」



「はい」



「ルールは相手が参った、もしくは戦闘不能だと判断した場合、終了となる。

武器は……紫苑、貴女浄勁力は使える?」



「はい」



「ならいいわ。 武器はそれぞれ勁現具を使ってちょうだい。

穢れ人でなければダメージこそ負うけど死ぬ事はないわ。

とは言え、過剰な攻撃はしない事。 二人とも大事な天草家の子なのだから、失う訳にはいかないのよ」



「分かりました」



「織葉も良いわね?」



「はい」



紫苑が織葉の前に立つと、既に織葉は勁現具に浄勁力を注ぎ、刀を形成していた。


刀身は真っ赤な光で覆われ、先端はまるで燃え盛る炎の様に揺らめいている。


そして織葉の目は鋭く、殺気が込められた視線を紫苑へ送っていく。



「宜しく、お願いします」



「うるさい、さっさと勁力を流せ」



「うぅ……そんな怒らなくても」



「黙れ! 言っただろう。 私はお前を許さないと」



「そんな事言われても……」



紫苑は困った表情を浮かべながらも勁現具へ浄勁力を流し、左右に緑色の光が伸びて行く。



「弓だと……馬鹿にしてるのか?」



「私は剣が使えないんです!」



「ふん、まあいい」



二人が構えると、桔叶の合図で数人が闘技の間の周辺に立つ。


そして、「始め!」と桔叶の声が響く。



「はぁぁあ!!」



織葉が勢いよく飛び出し、紫苑へと一気に向かっていく。


そして、手に持つ真っ赤な刀を振り下ろした。



ジジジジジ!



赤と緑、双方の浄勁力がぶつかり合い、火花を散らす。



「まさか弓で刀を受け止めるなんて。 でもそれじゃ攻撃出来ないんじゃない? はぁ!!」



シュっと刀を横薙ぎするが、紫苑は咄嗟にそれを躱して後方へと跳ぶ。



「はっ!」



そして、弓を引いて勁力で形成された矢を放った。



シュバッ!っと通常の弓よりも遥かに早い速度で矢が織葉の肩部分を射抜く。



「ぐっ……」



その攻防に周囲の人間達は驚きの声を上げる。


織葉自身、天導士に比べればまだまだではあるが、学校では天草という事もあって高い浄勁力を持ち、その武も上位に食い込む。


しかし、その当人が弓と言う後衛の人間に先手を取られたのだ。



「このぉぉお!!」



織葉の目は異常なまでに血走り、刀を物凄い速度で振るっていく。


しかし、紫苑自身森や山での狩りで培った動体視力がその剣線を見抜いてしっかりと躱していった。



「何で当たらないのよぉぉお!!」



サっと織葉との距離を取り、再び紫苑が矢を形成して構える。



「ぐぅぅぅ……許さないんだから……父を殺した本家の人間は許さない。

唸れ炎刀!」



織葉の言葉で刀が刀身全体を燃え上がらせ、周囲が熱気に包まれていく。



「まずい! あれはっ――!? 桔叶様!?」



静世が危険を察知し一歩踏み出すと、それを抑制させるように桔叶の手が立ちはだかった。



「大丈夫よ。 紫苑は先ほどから織葉の攻撃を見切っている。

もう少し様子を見るわ」



「わ、分かりました……」



静世は苦い表情で一歩下がり、「紫苑さん……」と小さく呟く。



「私は父が大好きだった。 尊敬していた。 

でも、お前の父がそれを奪った! だから今度は私が奪う側になる!」



「そんな事をしても何も浮かばれない。 奪った後に何が残るの?

ここで私を殺しても貴女の想いは浮かばれない。 後悔しか残らない。

何より、これまで自分が重ねた全てが水の泡になる」



「黙れ! 何を知った事を言って! 父は私の全てだったんだ!」



「そう、悲しかったね。 でも私を殺してもそれはただの八つ当たり。

それは貴女が只の罪人になるという事。

それで本当にお父さんが喜ぶの?」



「だぁまぁれぇ!!」



ブォンっと燃え盛る刀を振り下ろし、その熱気と炎の刃が紫苑を襲った。


そして、ジューっと音を立て、紫苑の右半身に縦の火傷が生まれた。



「……貴女が私に恨みをぶつけても、私は何もしてあげられない。

貴女のお父さんを殺したのは私の父であって私じゃないから。

それと、この場で殺される訳にはいかないの。

私にも約束があるから」



紫苑は下唇を噛みながら火傷と切り傷の痛みに耐え、血を滲ませながらも弓を力いっぱい引く。



「タケヒコ、お願い」



「キュル!」



タケヒコがポンと姿を見せ、紫苑の肩に乗ると、フゥーっと風を起こして緑の矢を包んでいった。



剛風矢ごうふうや! はっ!」



先手を打った一撃とは比べものにならない速さと風圧を纏い、更には放たれた矢を纏う風が回転しながら織葉の腹部へと到達した。



「ぐふぅあっ!?」



ぼわっと刀身の炎が光の粒になって消え、織葉は紫苑から射られた矢の衝撃で後方まで吹き飛ばされていた。


紫苑と織葉の間には一直線に地面が抉られている。



「それまで! 勝負ありね。 見事だったわ、紫苑」



「いたたたっ……」



「紫苑さん!? 救護、急いで!」



紫苑は傷の痛みに耐えきれなくなり、その場に膝を突く。


すると、それを見た静世が大急ぎで救護班を呼び、治療を促す。


しかし、後方へと飛ばされた織葉が立つ事さえやっとな状態でも、無理矢理その身を起こした。



「わ……わたし……は……まだ……まだ……」



自分の負けを認めず、未だ殺気を放ちながら佇む。



「織葉、貴女の負けよ。 後、過剰な攻撃は禁止したはず。

破ったわね?」



「うぅ……黙れぇ……私は負けてない……」



「はぁ……当主の私に向かって生意気な子ね。 罰をお望みかしら?」



「うぐぐっ、ぐぅぅ……お父……さま……」



織葉は目から溢れんばかりの涙を流し、両手で頭を押さえ始める。



「様子がおかしいわね……まさか……」



「お母様! お離れ下さい!」



桜華が危険を察知してバっと桔叶の横へ立つと、即座にその場を離れた。



「まずい! 皆、構えなさい!」



「そん、な……待ってくれ! まだ織葉は!!」



兄である時正は何かを察したのか、それでもまだ間に合うと皆を止めに入った。


しかし、既に時は遅かった。



「ウアァァァアア!!!」



織葉の口から灰色の煙が立ち昇り、見る見る内にその身体を包み込んでいく。



「あれは!?」



「まさか、穢れ人に……」



紫苑は初めて見る光景に驚愕し、静世も紫苑を支えながらも悲し気な表情を浮かべ、それを見つめている。



「ユルサナイ……ユルサナイ……」



そして全身が灰色に覆われた織葉は自我を失くしたように「ユルサナイ」とだけ呟き続け、その場に佇む。



「やはり為ったか……ならば私が祓おう」



桔叶の夫である泰道が1.5メートルはある長い勁現具に浄勁力を流し、槍の形に形成するとそのまま構えた。



「妬み、恨み、全ての罪を清めて純魂へと還りたまえ。

我が浄勁を以て汝の命、天へと導かん」



泰道は祓霊ふつれいを告げ、その槍を振り下ろした。


ズゴォンっと予想以上の衝撃を生み、辺りは砂埃が舞うのだが、それらが晴れると槍を刀で受け止めている穢れ人織葉の姿が現れる。



「何っ!? 穢れ人が刀を使うだと!?」



泰道は驚愕しながらも後方へと移動して距離を保つ。


すると、穢れ人織葉はニヤっと不敵な笑みを浮かべる様に口角を上げ、その場を立ち去って街へと消えた。



「ま、まずい! 街へ行く気なの!?

これでは天草家が再び汚名をっ――!?」



桔叶の言葉が最後まで告げられる間もなく、穢れ人は再び闘技の間へと戻された。


いや、叩き落されたと言った方が正解だろうか。



「おいおい、また問題起こす気か? 頼むぜ宗家」



ズバっとそのまま穢れ人織葉は真っ二つに分かれ、やがて水色の光となって消え去っていった――



全石ぜんごく……」



「おい桔叶! ちょっとぬるくなってんじゃねぇか?

宗家ってのは武芸に長けてるはずなのに、分家の俺に手柄取られてどうする?」



「う、うるさい! 分かってるわよ!」



桔叶は悔しそうな表情を浮かべながらも自分の非を認め、フンっと顔を横に向けた。



「すまない、全石くん」



「泰道さん、頼むぜ」



「しかし、まさか穢れ人が武器を使うとは……」



「ああ、その事で報告に来たんだが、まあ百聞は一見にって奴だったか」



そんな話をしていると、穢れ人となってしまった織葉の兄、時正が全石の胸ぐらを掴む。



「何故殺した! 妹は……妹はまだ穢れてなかった!」



「ああ? 時正、お前何言ってんだ? 全身ああなったらもう手遅れなんだよ。

大体、まだ穢れてないんじゃなくて、その前にお前がどうにか出来たんじゃねぇか?」



「ぐっ」



「八つ当たりする前に自分の行いを考えろバカが」



ばっと胸ぐらを掴んでいた手を払い除けると、時正は先ほどまで織葉が立っていた場所へと足を運び、膝を折る。


その場所には織葉の着物と刀だけが残り、それ以外は全て浄化されてしまったらしい。



「皆、屋敷へ戻る。 その後、動けるものは会議に出席しなさい」



桔叶が周囲に指示を出すと、皆がぞろぞろとその場を後にして行き、紫苑は治療室へと運ばれた。







大広間では天草の宗家の者、そして中央には先ほど穢れ人となった織葉を祓った分家の一人、天草 全石が座っている。


細身だが筋肉質で180センチと背は高い。


坊主頭の中央だけ茶色い髪を残し、左耳にピアスを付けた見た目は荒くれ者の様な風貌をした男だ。


30代前半で桔叶とは同期であり、同じ天草家の人間。


だからこそ、こうして基本崩した話し方をしているのだ。


また、実力もある事で誰一人文句は言えない。



「それで、穢れ人が武器を使う、と?」



「ああ、最近穢れ人の出現頻度が上がっている。

その上で街の民が穢れ人となった場合はこれまで通りだが、天導に関わる者が穢れ人と為った場合、恐らく浄勁力を扱える」



「何と……」



全石の発言に周囲が騒めく。



「だから織葉は刀で泰道の一撃を防いだ、と」



「まあさっきも言ったが、聞くより見た通りだ。

それと、天導に関わる者が穢れ人に……つまりは穢れ落ちする頻度も上がっている。

だから清導天廻せいどうてんかいが各家に注意を呼び掛けてるぜ」




清導天廻せいどうてんかい


育成機関を卒業し、天導士となった者達が所属する組織であり、東方倭国の主要都市には必ず支部が存在している。




「分かったわ。 ありがとう」



「あ~あ、しかしまた天草から穢れ落ちとは……何か呪われてんのか、それとも影時様が切っ掛けになっちまったのか……」



「分からないわ。 でも、確かなのはここから穢れ人が生まれてしまったという事。

だからこそ、私は汚名を晴らさなければならない」



桔叶は力強い眼差しで全石へと向き合う。



「まあ、俺も引き続き探る。 そういえばどうだった?

叶恵さんの娘はよ」



「ああ、紫苑ね。 弓を武器にしているのだけれど、織葉の刀では手も足も出なかったみたい」



「ほお、弓を武器にしてそれか。 流石と言った所か?

まあ武爺が育ててたんだろ? 当然っちゃ当然か」



「そうね。 後は機関へ通わせてどうなるかね。

桜華、貴女はどうなの?」



「学校は特に問題ないですわね。 と言うよりも、陰口叩く連中は全員、力でねじ伏せましたので」



「そう、流石私の娘ね」



「まあ学校は実力が全てでもあるからな! そういうの嫌いじゃないぜ」



「とりあえず、紫苑は今治療室にいるから会ってみたら?」



「ああ、そうさせてもらう」



会議は終了し、全石はその足で治療室へと向かったのだった――

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