第5話天草家の者として


紫苑が天草家の屋敷に呼ばれてから翌日、廃神社では早朝から食材を採りに出ていた事もあり、同じ時間帯に起きてしまった。



「どうしよう……する事ない……」



眠気眼で顔を洗い、ぼーっとしているとコンコンとドアがノックされた。



「はい、どうぞ」



「失礼致します」



入って来たのは世話係でもある草部だ。



「お早う御座います、紫苑様」



「おはようございます」



ペコっと丁寧にお辞儀をすると、草部が温かいお茶を用意してくれた。



「美味しいです」



「それは良かったです。 本日、まだ早いですが朝食後に桔叶様の所で今後の話しをお聞きになれます」



「あっ、はい。 分かりました」



「では、それまでごゆっくり」



草部が部屋を後にしようとするが、紫苑がそれを止める。



「あの、草部さん」



「はい、どうされました?」



「私、これまでこの時間に起きてから食材とか採りに出てたんです。

それが終わって、鍛錬をしてました。

庭で鍛錬ってしても大丈夫ですか?」



「そうですね……庭はあれですから……では訓練場へご案内します。

既に何人か訓練されているかもしれませんが、宜しいですか?」



「はい! 良かった」



紫苑は身支度を整え、草部に連れられて訓練場と呼ばれる場所へと案内された。


そこは屋敷の外に作られた広い場所で、既に三人程が訓練を行なっていた。


広場の端には敵に模した木のが何本も立てられており、別の場所には的が幾つも並べられている。


入り口には剣や槍などの形に作られた木の武器。


本物だと怪我をさせてしまう場合がある為、模擬や訓練用として置いてあるのだろう。


また、中央には円形状の広場があった。



「あら、早いのね」



紫苑と草部に気付き、声を掛けて来たのは当主桔叶の娘、桜華だ。


既に鍛錬を終えたのか、タオルで汗を拭いながら紫苑の前に立った。



「紫苑、貴女武器は何を使うの?」



「私は剣は使えなくて、弓です」



「そう、穢れ人に対して剣が使えないのは苦しいわよ?」



「そう、何ですか?」



「まあ、いずれ分かるわ。 私はこれで」



桜華は世話係と共にその場を後にして行く。



「桜華さんって話し掛けてくれる……友達になってくれるのかな?」



そして紫苑は的がある場所へと移動して置いてある弓を手に持って構える。



「ん~、弓弦が軽い……」



何度か弦を引いて確認してみるが、やはり自分には合わなそうだった。


しかし、今はこれしかないからと仕方なく紫苑は矢を取り、構える。


そして、キリ……キリっと音を立て、矢が放たれた。



「いたっ!? ん~……」



矢は的へは当たらず、後方へと飛んでいく。



「うぅ~、胸当て無かった……痛い……」



そして紫苑は胸当てを忘れ、更にはさらしすら巻いておらずに弓を引いてしまった為、手を離した時の弓弦が紫苑の胸の頂を強く弾いたのだった。



「紫苑様、大丈夫ですか?」



「あっ、えっと……はい……あの、胸当てってあります?

もしくは売ってる場所を知りたいんですけど」



「そういう事でしたら、こちらにあります。

ただ、古いので出来ればご自身にあった新しいものを買った方が宜しいですね」



「分かりました。 すみません」



紫苑は少し恥ずかしそうに草部が持って来た胸当てを受け取ると、装着してようやくしっかりと構える事が出来た。



「はっ!」



トン!っと音を立てて的の中心部を射抜いていく。



「お見事ですね」



それを見ていた草部も拍手をする。



「でも、この弓は弦が軽くてやり難いです。

自分の使っても大丈夫ですか? あっ、明日からで良いんですけど」



「ええ、大体皆さんはここの練習用ではなく、ご自身の武器を使います。

ですので、紫苑様もそれで構いませんよ」



「良かった」



すると、遠くから視線を感じた。


紫苑はパッとそちらへ振り向くと、紫苑が立つ所から反対側に織葉と時正の姿があった。



「あれは……睨んでるよね……」



「織葉様は父、重時様を尊敬しておりました。

ですから、穢れ人となってその手に掛けた影時様を許せないのです。

本来、同じ被害者である紫苑様を恨むのは筋違いなのですが……」



「大丈夫です。 きっと話せば分かってくれると思います」



「そうですか」



「じゃあ今日はこれくらいにしますね。 部屋に戻ります」



「分かりました。 一時間ほどで朝食が取れますので」



「はい」



紫苑は部屋へと戻り、汗を流して外用の袴、着物へ着替えた。



「紫苑さん、静世です。 朝食はどうしますか?」



「はい、行きます」



その後、もう一人の世話係である静世と共に朝食を取り、草部が再び訪れると、桔叶の下へと向かった。



「待ってたわよ、紫苑」



「はい。 お話があると伺いました」



「ええ、そこに座ってちょうだい」



紫苑は桔叶と向き合う形で正座をすると、桔叶も横座りから正座へと姿勢を正した。



「さっそくだけど紫苑、貴女には天導の育成機関……つまりは学校へと通って貰うわ」



「天導の育成機関、ですか?」



「ええ、貴女の母叶恵も、父の影時も、天草の人間は皆がそこへ通い、天導士を目指したの」



「天導士……穢れ人を祓う者。 でも、浄勁力の条件があるのでは?」



「あら、よく勉強してるのね。 その通りよ。

まあ、天草の人間なら基準値は問題じゃないわ。

ただ、それに伴って今の貴女の実力を知りたいの。

良いかしら?」



桔叶は真剣な表情で紫苑へと告げる。


それは、天草家に弱いものは不要と言わんばかりの目でもある。


桔叶の娘、桜華もダイニングでは同じような目をしていたのを紫苑は思い出す。



「私は剣は扱えません。 弓は得意ですが……」



「そう、構わないわ。 後方部隊だって大事な戦力だもの。

だから今日は必要な物を買い集めて、明日に試験をするからそのつもりでね」



「分かりました」



「それと、これだけは謝っておくわ」



「はい?」



「天草家は本家当主、貴女の父である影時が穢れ人となってから弱体した。

それは同時に、他の四家からも非難を受けているという事でもあるの。

恐らく、学校へ行けばその四家の子等もいるから色々言われてしまうかもしれない」



「は、はぁ……」



「貴女も被害者の一人。 でも現実は冷たいものなのよ。

ただ、それに負けないで欲しいの。

打ち勝って、自分の力を示して天草家を盛り返して欲しい。

何も知らない環境で育った貴女を突然呼び寄せ、更には業を背負わせてしまう形で申し訳ないけれど……」



「いえ、分かりました。

覚えてないとはいえ、天草の人間である事は受け止めてます。

それに、こうして迎え入れてくれて感謝してます。

ですから、少しでも力になれるのであれば、頑張ってみます」



「ありがとう、紫苑。

最低限必要な物は後で草部にメモを渡しておくわ。

後は貴女の欲しい物を買ってちょうだい。

また明日ね」



「はい、失礼致します」



紫苑は広間を後にし、一度部屋へと戻った。



「はぁ……天草家、かぁ……」



「キュル?」



「ううん、何でもないよ。 私が弱気になったらダメだよね。

武爺にも笑われちゃう」



「キュル!」



ペロっとタケヒコが頬を舐めて頬ずりする。



「ありがと。 よし、じゃあタケヒコ、買い物に行くよ。

初めての買い物、大丈夫かな?」



紫苑は草部、静世と共に街へと向かい、目的の物を買いそろえていく。



「いらっしゃい!」



「今日は特売だよ! 限定10コだ!」



街では至る所でセールをしている。



「静世さん、凄いですね! でも何をしてるんですか? 皆……」



「物を売ってるんですよ。 買って貰わないとお店の利益になりませんからね」



「なるほど……あっ、私胸当てが欲しいんです!」



「胸当て? でしたらこっちに店がありますよ」



静世に連れられて訪れたのは街の裏路地の一番奥にある雑貨屋の様な店だ。



「あれ? 静世じゃない。 どうしたの?」



「買い物よ。 紫苑さん、この人は私の友人で蛍。

この店の店主です」



「初めまして、紫苑です」



「紫苑ちゃんか、蛍よ」



静世の友人、蛍はショートカットの髪にキセルを咥えた姉御の様な雰囲気をしていた。


実際に面倒見も良く、周辺に住む人達からは〝アネキ〟と慕われているのだ。



「えっと、弓を射る時の胸当てが欲しくて」



「胸当てか。 じゃあ先ずはを測ろうか」



「サイズ? サイズって何ですか?」



「あっ、蛍。 紫苑さんはずっと山奥で過ごして来たから常識から外れてるの。 出来れば教えてあげながらで」



「そうだったのかい。 苦労したんだね。 サイズは大きさだよ。

紫苑ちゃんの身体に合わせて胸当てを作るからその為に大さを測っていくんだ。

先ずはこっちにおいで」



紫苑は蛍に連れられ、店の奥へと入っていく。


店の中は胸当てや簡単な武器、雑貨など様々な物が売られている。



「先ずは、これね」



蛍はメジャーを取り、「手を横に上げて」と紫苑に指示を出した。



「ん~、意外と大きいの持ってるのね? 男子が喜びそう」



「えっ、えっと、そう、ですか?」



「うん。 鍛錬してるのもあってしっかりとハリがあるわね」



ムニュ、ムニュっと蛍が指を紫苑の胸に押し当てる。



「よ……よく、分かりませんが……」



「まあ、これから分かるわよ。 じゃあサイズも測れたし……これなら……」



蛍は計った数字を見ながら倉庫の奥の方をガサゴソと探っていく。


そして――



「あった! これなら丁度良いはずよ。 合わせてみて?」



蛍が胸当てらしきものを紫苑へ私、紫苑はそれを胸部に当て嵌める。



「はい、ぴったりです」



「でしょ? じゃあそれで作っちゃうからちょっと待ってて」



胸当てらしき物を受け取り、蛍が奥へと移動して作業を始めた。



「ゴメンね、紫苑さん。 彼女、普段からああなの」



「い、いえ。 良い人ですね?」



「そうですね。 面倒見が良くて同い年なのにお姉さんみたいですし」



「私からすれば静世さんもお姉さんですよ? 買い物に付き合って頂いてありがとうございます」



紫苑は改めてペコっと頭を下げる。



「良いんですよ。 連れて来たのはこちら側ですから。

最後まで面倒見させて頂きますね」



そして数十分後に蛍が奥から出て来た。



「はい、これでピッタリだから一応着けてみて」



「分かりました」



紫苑は出来上がった胸当てを手に取り、手際よく装着していく。



「ど、どうですか?」



「うん、問題なさそうね。 他には何かいる?」



「えっと、弓懸もあればお願いします」



「じゃあ、その中から選んで。 結構あるから好きなのをどうぞ」



よく見ると、品物が並ぶ一角の棚に沢山の弓懸が置いてあった。



「では、この緑色のを。 私は風のエレメントの様でしたので」



紫苑は緑の弓懸右手に嵌め、感触を確かめると蛍へそれを渡した。



「分かったわ。 まあ、また何か別で欲しい物が見付かったらいつでも来てちょうだい」



「はい、ありがとうございます」



「えっと、サービスして5000円で良いわ」



「5000円……5000円……静世さん、これであってます?」



紫苑は初めての買い物に不安そうな表情を浮かべながら、静世に払う予定の金額を見せる。


その手には千円札が5枚だ。



「ええ、大丈夫ですよ」



「良かった。 では蛍さん、これでお願いします」



「まいど!」



そして買い物を終えると店の前で待つ草部と共に街を歩き、そして屋敷へと戻って行った。







紫苑は新しく買った胸当てと弓懸を着けて訓練場へと向かった。


今度は備え付けの弓ではなく、自身が普段から使っていた弓。


武爺が譲ったその弓は通常よりも遥かに重く、そして弓弦もかなり力を込めて引っ張らなければならない。


しかし、紫苑はそれで過ごして来た為に難なく弦を引き、そして指を話して矢を射る。



トン!



トン!



的の中心部をしっかりと射抜き、設置されている全ての的に矢が射抜かれていた。



「ふぅ、動かない的だとあまり練習にならないな……」



「でしたらこちらを」



草部が後ろから声を掛け、壁のスイッチを押す。


すると、先程まで静止していた的が次々に動き始める。


その速度はバラバラで、動き自体も不定期だ。



「ありがとうございます。 これなら良い練習になりますね!」



紫苑はさっそく弓を構える。


キリ、キリっと弓弦を力いっぱい引き、的を見据える。



シュタ!っと物凄い早さで的を射抜き、更に別の的を狙い、射抜いていく。



「ほほう、ここまでの腕とは……」



後ろで見ていた草部も紫苑の実力に感心しているようで、髭を撫でながらもその姿を見守っていた。


そして1時間ほど行なうと、部屋へ戻って汗を流していく。



「タケヒコ、おいで」



「キュル!」



部屋ではタケヒコがシュっと跳躍して紫苑の膝の上で丸くなる。


ポチっとテレビをつけると、速報が流れていた。



『本日、東方倭国内で目撃された穢れ人は5名。

次第に増えてますな……』



テレビの中で偉そうな風貌の老人がそう告げる。



「増えてるんだ……穢れ人……。

まだ見た事はないけど」



『研究者の調べによると、嫉妬や憎しみなどが穢れを生む根源となるようですからね。

誰しもが持ってるものだからこそ、注意しなければなりません』



次は貴婦人の様な格好の女性が老人の言葉に返答していく。



「そうなんだ……タケヒコ、天導士は穢れ人を祓うんだよ。

私もその学校に行くんだって」



「キュル?」



「私の知らない事が沢山あるよね。 楽しみだけど、ちょっと心配だな」



「キュル!」



タケヒコが尻尾をペシペシと紫苑の胸に当てていく。



「ありがと。 大丈夫! 頑張るからね」



すると、コンコンと静世が夕食へと誘って来た。


もうそんな時間なんだ、と思いつつも訓練でお腹も空いていた紫苑は静世と一緒にダイニングへと向かった。


昨日よりも沢山の人が居て、その中には桜華や織葉の姿も見える。


何よりも、織葉は紫苑が来た瞬間に鋭い視線を送っていた。



「はぁ……」



「今は耐えて下さい。 いずれ分かり合える時が来ますから」



その状況を察し、静世が紫苑に声を掛ける。



「はい、大丈夫です」



今日のメニューは豚の角煮、親子丼、刺身定食だ。



「静世さん、今日はどれを食べるんですか?」



「そうですね。 たまにはお魚も良いですね」



二人は刺身定食を頼み、ゆっくりと食べていく。



「美味しい。 お魚はいつも焼いて食べてたので、そのままは初めてです」



「そうですか? 口に合って良かったです」



パクパクとご飯を口に入れていき、あっという間に夕食を終える。



「紫苑さん、明日は恐らく誰かしらと模擬戦をするかと思います」



「模擬戦ですか?」



「ええ、まあ手合わせ、組手ですね」



「昔は良く武爺としてました。 剣は扱えなかったので弓での接近戦になってましたけど」



「弓で? 不思議な戦い方ですね」



「あの、私の母や父はどの武器を使っていたのですか?」



「そうですね……影時様は刀、叶恵様も短い刀を扱っておりました」



「そうですか……私は何故剣を扱えないのでしょうか……弓があればいいのですけど、気になって」



「ん~、分かりませんが……もしかしたら何か幼少期に扱えなくなってしまう出来事があったとか?

影時様が穢れ人となった時も関係ありそうではありますが」



「ありがとうございます。 自分でも調べてみますね」



「ええ、何か必要だったら声を掛けて下さいね。

私も力になりますから」



「はい」



お茶を啜り、しばらく休憩をした後で二人はそれぞれの部屋へと戻って行った。



その夜――




「桔叶様、明日の紫苑の模擬戦、私に相手をさせて下さい」



「あら、既に相手は決まっているわよ?」



「はい、ですが……」



「気持ちは分かるわ? でも、紫苑の所為じゃないという事も分かっているはずよ。

実力を知りたいと言うのであれば構わないけど」



「……」



「それと、気を付けなさい」



「な、何をでしょうか?」



「貴女のその憎しみ。 に成り兼ねない。

また天草に汚名を着せる気かしら?」



「いえ、その様な事は……」



「先ずはその精神を鍛えるべきね。 明日の模擬戦は分かりました。

ただ、私欲に走ったら即刻止めるわよ、覚えておいてちょうだい」



「はっ、ありがとうございます」



桔叶がその場を後にし、暗がりの中で一人の少女が不敵な笑みを浮かべた――

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