第3話決意を胸に


「紫苑さん、で間違いありませんね?」



陽が沈み始め、辺りが闇へと包まれていく頃、廃神社の前に二人の女性が立ち、透き通る様な声で紫苑へと呼びかけた。


一人は眼鏡を掛け、一つに束ねた髪を左肩へと垂らしている30代前半の女性。


もう一人も髪を一本に束ねた40代後半の女性だ。


どちらも山奥では見られない高級そうな花柄の着物を着ていて、気品の様なものが漂っていた。



「紫苑は私ですが、どちら様でしょうか?」



「私達は天草あまくさの者です。 



私の事を知ってる?大きくなられたって事は小さい頃に会った事があるのかな?


紫苑はそう考えながらも二人の女性へと向き合った。



「天草家……? 以前にお会いした事があるようですが、とりあえずお茶をお出ししますのでこちらへどうぞ」



紫苑は二人を本殿の間へと案内し、お茶を用意する。


そして、向き合う形で正座した。



「先ずは、突然押しかけてしまい申し訳ありません。

私は天草静世あまくさしずよと申します。

こちらは天草八尋あまくさやひろ



眼鏡を掛けた静世が挨拶をし、その後方に八尋が座っている。



「はぁ、えっと紫苑です。 天草と言うのは、私の生まれた?」



「覚えておいでなのですね?」



「覚えていると言える程ではないですが、自分が天草という苗字だった事だけは覚えてました」



実際に紫苑がこの廃神社へ来たのは5歳の時。


だが、ほとんどの記憶は何故か消えていて、覚えていたのは〝天草〟という自分の苗字だけだった。



「そうですか……単刀直入に申し上げます。

紫苑さん、天草の宗家へと来て頂けないでしょうか?」



「宗家、ですか?

その、突然でよく分からないのですが……

あの……先ずはお話を聞かせて頂けないでしょうか?

もし知っているのでしたら、何故私がここにいるのかも……」



「……」



紫苑が自身の経緯について何か知っているのでは?と静世へ訪ねると、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。



「静世、話して差し上げなさい。 こちらから伺っているのです。

知る事も必要でしょう」



ここで後ろに座る八尋が口を開き、紫苑に全てを話せと静世へ指示を出した。



「分かりました。 先ずは天草家についてからお話ししましょう」



そして静世が姿勢を正すと、天草家についてを語り始める。



「ちなみに……天導士、と言うのはご存知ですか?」



「はい、私を育ててくれた武爺と言う人が元々天導師だったと伺ってますので、存じてます」



「そうでしたか。 では話が早いですね。

この国、東方倭国では天導士を育成する機関が御座います。

その上で、特に天導に長けた者を輩出する【天導伍家てんどうごけ】と言う古くからの家系があるのです」



「天導伍家、ですか……」



「簡単に言えば天導士達が所属する組織、【清導天廻せいどうてんかい】の創設者達の血縁です。

そして、天草家はその伍家の中の一家となります」



「そうだったのですね。 一応、歴史上の勉強はしてましたので表面上の知識はありましたが……」



紫苑はまるで自分には関係の無い外での大きな話を聞かされている様で、何とも言えない気持ちになっていく。



「しかし、天草家は今から10年前……当時の当主であり紫苑さんの父、天草影時あまくさかげときが穢れ人へと成り果て、家族を自らの手に掛けました」



「えっ!? ちょっと待って下さい! 私の父が穢れ人、ですか?」



紫苑は父親が穢れ人になったという話に驚き、嘘ですよね?と言わんばかりの勢いで静世に尋ねる。



「申し訳ありませんが、事実です。 お辛いかもしれませんね」



「いえ、辛いと言いますか……覚えていないので辛くはないですが、その……驚きで……」



「その時、影時様の妹である時音ときねさんが紫苑さんを連れてこの山へと逃げました。

かなりの距離を駆けたのですが、それでも結局は追いかけてきた影時様の手によって殺され、最終的には紫苑さんを育てた武爺、が影時様を祓いました」



「そうだったのですか……武爺が……

と言うか、武爺をご存じだったのですね?」



「はい。 当初、その事実に気付き、紫苑さんを迎えに行く手筈だったのですが、酷い熱で魘されておりましたので一時的に武比古様の下に預けました。

しかし、その後に武比古様に懐いている紫苑さんを見て、無理に天導士の道を歩ませる必要はないと判断し、今に至ったのですが……」



「今になって必要になり、迎えに来た、と?」



「はい。 今、天草家は当主影時が穢れ人となり、本家を壊滅させた事で力を持ちません。

それでも機関へ優秀な子を輩出はしておりました。

しかし、やはり本家の血を絶やしてはならず、天草家を存続させる為にこうして参りました次第です」



「存続、ですか……。 しかし、本来家柄を継ぐのは男性なのでは?」



「そこは問題ありません。 天草家は女性でも力を持っていれば当主になれます。

それは天草家のみならず、他の伍家でも同じです。

重要なのは高い浄勁力と天導士としての力量ですからね」



すると、奥で黙って話を伺っていた八尋が口を開いた。



「紫苑さん、宗家へ来て機関で学びませんか?

機関と言うとどうしても畏まってしまうかもしれませんが、言ってしまえば学校です。

そうすれば友人も出来るでしょうし、世の中をもっと知る事が出来ます」



「学校、友達……」



「直ぐにとは言いません。 三日後にまたこちらへ伺いますので、その時にお返事を頂ければと」



「分かりました」



紫苑へ全てを伝え終えると「また」と挨拶を交わし、静世と八尋は本殿を出て石段を下っていった。


その夜、紫苑は拝殿の縁側に座り、夜空を見ながら考え事をしていた。



「学校かぁ……興味はあるんですけど……ここを離れる事になるのよね」



場所を聞くのを忘れてしまったが、恐らく天草の宗家と言ってもここからは遠い街の近く。


それは車などを使っても3時間ほど掛かる場所なのだ。


それだけ武爺と過ごしたこの場所は自然に囲まれた山奥であり、平和でもあったのだ。


また、武爺との思い出が詰まったこの地を離れる事に紫苑は抵抗を覚えてしまう。



「うぅ……武爺……」



武爺の存在を思い出し、膝を抱えて俯くと、突然周囲の森がざわめき始めた。



「?……なんだろう?」



紫苑が周囲に耳を立てていると、突然ポンっと目の前にエメラルドグリーンの小さな狐にも猫にも見える動物が現れた。


耳は長くピンと達、鼻は前に伸びている。


愛らしいクリっとした目でお腹周りと尻尾の先は白い。



「えっ!?」



「キュル!」



「きゅるって……あなたどこから来たの?」



「キュルル!」



「ん~、分からないけど……狐? 猫? 尻尾と耳は狐っぽいかな?」



そして、紫苑の下へ寄るとスリスリと頭を擦り、ピョンと膝の上で丸まってしまった。



「ふふっ、自由な子ね。 でも……動物、ではないのよね。 勁力も少し感じるし。

ただ……可愛い」



紫苑が指で頭を撫でるとふにゃ~と気持ち良さそうにする。



「ちょっと寒くなって来たわね。 中に行こう。

あなたも来る?」



そう紫苑が告げると、ピョンっと肩に乗った。



「言葉が通じるのかしら? それと……ご飯とか何食べるんだろう?」



色々と考え事が増えた気がした紫苑だったが、そのまま部屋へと戻り、眠りについた。


その夜、夢の中で武爺が現れ、紫苑に告げる。



「紫苑、ここを出て好きに生きなさい。

儂に縛られていても仕方がない。

お前はお前の生きる道を見付けるのじゃよ」









「……た……武爺っ!? あれ?」



バっと目が覚め、勢いよく起き上がると既に日が昇り、小鳥達が鳴いている。



「夢? でも、そう……分かったわ、武爺」



「キュル?」



「おはよう、そういえばあなたも居たわね」



すると、もぞもぞと服の中へと入って行き、胸元から顔を出す。



「そこがいいの? ふふっ、武爺みたいね。 あなたもスケベなのかしら?」



「キュル!」



「ん~、あなたの名前、タケヒコでもいい?」



「キュルル!」



「じゃあタケヒコ、ご飯にしよう。 でも、あなた何食べるの?」



「キュル?」



タケヒコに尋ねるが、首をコテっと傾けて「さぁ?」と言わんばかりの表情で紫苑を見つめていた。



「ん~、普通にご飯作ってみるしかなさそうね」



紫苑は身支度をして朝食を取る。その際、山で採れた野菜などをあげると、それをパクパクと食べていた。



「ご飯はとりあえず大丈夫そうね。 じゃあタケヒコ、武爺のお墓に行くよ」



「キュル」



肩の上にタケヒコを乗せて本殿の奥へと足を運ぶ。


花を添えて手を合わせる。



「武爺、私行ってみる。 ちゃんと自分の事にも向き合わないとダメだよね。

少しの間離れるけど、必ず戻って来るから。

それと、タケヒコ。

急に出て来たんだけど、武爺の名前貰っちゃった」



「キュル?」



「ん? あっ、私を育ててくれた武爺のお墓だよ。 私の大切な人」



「キュルル!」



タケヒコが肩の上から紫苑の頬に頭を擦り付ける。



「慰めてくれるの? ありがと」



チョンチョンと頭を指で撫で、お墓を後にする。


そして、迎えが来る二日後までに荷物を整理し、廃神社を掃除していく。


二日後――



「紫苑さん、お返事を頂きに参りました」



静世と八尋の二人が再び廃神社を訪れた。



「はい、私も私の事を知りたいと思いました。

また、武爺が夢でここを出ろと。

これも何かのお告げだと思いますので、宜しくお願いします」



紫苑は深々と頭を下げる。



「良かった。 紫苑さん、ありがとう」



静世が紫苑の手を取り、額に当てて感謝の言葉を告げた。


すると、ピョコっとタケヒコがいつの間に入っていたようで、胸元から顔を出した。



「えっ!?」



「わっ、タケヒコ! ダメでしょ!」



「キュル!」



「タケヒコ? 紫苑さん、その子は……」



「えっと、急に出て来まして、この子が何かは分かりません。

ですが、懐いてくれていたので、武爺の名前を付けました」



すると、その様子をジっと見ていた奥の八尋が口を開く。



「紫苑さん、その子はエレメントの精霊ですね。

非常に珍しいですよ。 

エレメントがこうして物体となって見れるのは」



「エレメントのですか? タケヒコ、あなたエレメントだったの?」



「キュル!」



「紫苑さんがそれだけエレメントとの相性が良いのでしょうね。

では、行きましょう。 下に迎えを待たせております」



「はい! それと、先に行っておきますが、私はここを出た事がありません」



紫苑は武爺とこの場所で暮らしている中で、街や他の場所に行った事がない。


だからこそ、お金を使った事もなければ人と接する事もなかったのだ。



「これから覚えて行くと良いでしょう。 引き取るのですから、全て面倒を見させて頂きますからね」



静世が問題ないと告げると、紫苑はカバンを取り出して思い出の地を後にする。



「武爺、行ってくるね」



ザザーっと森が、武爺が見送ってくれてるかのようにざわめき、紫苑は車に乗って初めての街へと向かったのだった。

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