第一章 ~東の都~

第2話弓を射る巫女


青い空、のんびりと流れる雲。


ここは小高い山が幾つも並ぶ自然溢れている。


近くには小川が流れ、様々な動物が生活をしていた。


山々は草木に覆われ、小鳥の鳴き声が響き渡る。


そんな小山の麓に広がる森の中で――



〝ヒューン〟



どこからともなく風を切る音が鳴り、そして空を羽ばたいていた一羽の鳥が射抜かれた。



「やった! 鳥さん、ごめんなさい。 ちゃんと美味しく頂きますね」



長い黒髪を後頭部で一本に束ね、まるで巫女の様な袴を来た少女が矢を射て捕らえた鳥を手にする。


背中には何本かの矢と小さめの籠を背負い、その中にはキノコや山菜などが入っていた。



「今日は沢山採れました!」



少女は籠の食材と捕らえた鳥を見て嬉しそうな表情を浮かべると、足早に森を駆け抜けていく。


そして数十分後――


森を抜けた山道の片隅には古びた鳥居と石段があり、それを上って行くとまるで祀られていた神様が夜逃げでもしたのかと思える小汚い拝殿。


そして、その奥には本殿が見える。


拝殿は屋根が崩れ、雨が降れば中も水浸しになってしまうだろう。


しかし、本殿はボロボロながらも頑丈に造られており、生活をするには十分だった。



「武爺、沢山採れました! どうですか?」



拝殿の前で枯れ葉などの掃き掃除をしていたと呼ばれる小柄なお爺さんに採れた食材を見せつけ、褒めて褒めてと嬉しそうな表情の返事を待つ。



「おお、今日は大量じゃな! それに鳥を狩ったか。 もうお前の弓の腕は完璧じゃ! 

さすが儂! はっはっはっは」



「ちょっと武爺! 私を褒めて欲しかったのに結局武爺の自慢になっちゃってる! むぅー」



少女はぷくっと頬を膨らませて武爺をポカポカ叩いた。


すると――



「ひゃっ!?」



「ほぉ、しっかりと育っておるの。 

まあ、まだまだじゃがな」



「武爺っ!」



気付けばポカポカ叩いている少女の隙を付いて武爺の手は少女のお尻をガシっと掴んでいた。



ドゴッ!



「ぐほっ」



「お仕置き! いつもいつも、このスケベジジイ!」



「はぁ、はぁ、紫苑……お前腕だけは相当じゃぞ……」



「ふん! 武爺、ご飯抜き!」



「ああ~、老人を虐めるとは! そんな娘に育てた覚えはないぞぉ!!」



「お仕置きって言ったでしょ! 全くもう!」



「娘の成長を確認するのも育てた側の責任じゃ!」



「せめて見るだけでいいでしょ! それに成長ならお尻じゃなくてもいいでしょ!」



「お尻じゃなくてもいい……じゃと?」



武爺の目がギラリと光る。


すると、危機感を覚えたのかサっと紫苑は両手で胸を押さえて隠した。



「いい加減にしないと怒るからね。 幼気な少女の身体に触れるなんて!」



「分かったわい。 全くただのスキンシップじゃし、お前の成長くらいしか楽しみがないんじゃ!」



少ししょんぼりとして武爺は石段に腰を下ろした。



「はぁ~、じゃあご飯作りますから待ってて下さいねっ」







私は紫苑しおん、13歳。


小さかった頃はちゃんとしたお家に住んでたのですが、武爺に拾われて山奥にある廃神社を家の代わりにしてます。


と言うよりも、武爺がここに住み着いていて、一緒に住んでいるだけなのですが……


ともあれ、何年も住んでいると生活に苦はないのです。


食材は森や山で収穫して、水も近くに川が流れてるので問題ありません。


ただ、時おり武爺がセクハラしてくるのは大きな問題なのですけど。


武爺は元々天導師てんどうしだったらしく、私も何かあった時の為にと武爺に教わっています。




天導士てんどうし



この世には〝穢れ人けがれびと〟という存在がいる。


人の中に必ずある、もしくは生じてしまう負の念、それらが何かの切っ掛けで爆発する事で全身が灰色の衣に包まれ、欲望が支配する。


自我はほとんど持たず、欲赴くままに人を襲い、時には自身の穢れを感染させて被害を拡大させてしまうる厄介な存在でもあるのだ。


その穢れ人を≪浄勁力じょうけいりょく≫と言う、浄化させる為の力を用いて祓う特殊機関。


それが〝天導士〟である。



この国は東方倭国とうほうわこくと呼ばれ、上から


北の都


東の都


西の都


南の都


この四つの都市に分かれている。


そして、それぞれの都には天導士が所属する組織があるんだとか。


ちなみに、私が今いるのは東の都から北東へ更に上った山奥だと武爺が教えてくれました。


その武爺のおかげで弓の扱いを覚え、今では動物を狩る事も出来る様になりました。


また、東方倭国の状勢や穢れ人の知識も教えて貰いましたよ。


とは言ってもここは田舎の山奥ですから、平和に暮らしてますけどね。


なので、実際に街やそこでの生活環境、水準などは分かりません。



「紫苑は料理の腕も上げたの」



武爺は紫苑が用意した料理を一つずつ口にし、嬉しそうに笑う。



「本当ですか? 美味しいですか?」



「ああ、美味い。 明日はまた武芸をしよう」



「はい!」



食事を終えると、私はいつも通り水浴びをして身体を清めます。


そして、武爺がくれた歴史書などで勉強をする。


本来であれば私の年齢だと初等部、中等部と学校へ通うのですが、武爺に拾われた身、学校へ通うお金はないのです。


だから武爺から学び、ある程度の常識は頭に入ってますよ?


そしてウトウトして来たら蝋燭の火を消して就寝。


廃神社を家代わりにしている為、当然電気は通っていない。


故に灯りを消せば虫が鳴き、季節によっては蛍が灯りの変わりになりますね。



その翌日――




夜明けの時間に起きると武爺と武芸の稽古をし、食材を集めて朝食。


これが私の生活習慣になります。


最初は苦痛でしたし、碌に弓弦も引く事が出来ませんでした。


でも、初めて的に当てた時は私以上に武爺が喜んでくれましたね。


だからこそ、今でも頑張れるのです。


しかし――



カン


カン



「えぇい!!」



「紫苑、お前弓はもう教える事はないのじゃが……何故剣になると運動音痴になるのだ?」



「うぅ……分かりません」



「かなり稽古付けとるのじゃがのう……まあ弓では十分ではあるが、せめて近接も対応出来んとな」



そう、私は剣などは全く扱えないのです。ぐすん……。


何度やっても……。


才能がないのですね……。



「武爺、弓の矢とか弓自体を上手く使えば剣の代わりにはならないのですか?」



「ん~、そうじゃのう。 剣は斬る為の武器。 弓は遠くから射る為の武器。 

勿論、矢で直接刺すとか早く振るって屋の先端で斬る事は出来るが、剣の攻撃を防ぐのは難しいかもしれんの?

矢だと折れるし、弓自体でも、強度がなければ同じじゃ。


まあ、でも……弓を剣にか……ならそこの弓で儂の剣を受けてみるが良い」



そういって武爺が剣を、と言っても剣に見立てた長い木の棒を振り下ろした。


カンっと音を立て、弓と木の棒がぶつかる。



「やぁ!」



紫苑はそのまま受け流し、まるで剣を横に振るうかのように弓を武爺の脇腹に当てた。



「うむ、弓だと出来るんじゃな? しかし、その弓は特別だから出来るのであって、普通の弓ならさっき話した通り折れるじゃろ。 まあそこは考えようじゃな」



「はい!」



「じゃあ休憩に――ぐっ!?」



「えっ!? 武爺? 武爺!?」



突然武爺がゴボッと血を吐き出し、その場に倒れてしまった。



「武爺! 武爺! 私の所為ですか? 死んだらダメです!」



「はぁ、はぁ、……お前の所為、では、ない。

元々、病だった、のだ。 すまんが……部屋に運んでおくれ」



「うん、うん」



紫苑は一生懸命武爺を持ち上げ、布団に寝かせる。



「ふぅ……、すまんな。 薬ではもうどうにもならんのだ。

まあ、ある意味、寿命じゃ」



「うぅ……やだよ……武爺」



紫苑は武爺の胸元に頭を乗せると、涙を流しながら「元気になって」と励ます。









それから紫苑は一人で稽古をし、勉強し、食材を集めては武爺の看病に努めた。


その生活で2年の時が過ぎた頃――




すっかり寒くなった夜。


紫苑は武爺に呼ばれ、横に座った。



「武爺、どうしました?」



「紫苑、そろそろ儂は天へ向かうじゃろう。

その前に、これを紫苑に託す」



そう告げると、武爺は小さな箱を紫苑へと渡す。


立派な木の箱で、そこには〝天導〟の二文字が刻まれている。



「武爺、これは?」



箱を開けると、そこには高級そうな布に包まれた銀色の筒状のものが入っていた。



「それは勁現具けいげんぐと言ってな。 浄勁力を注ぐ事で穢れ人を祓う為の武器になる。

まあ、紫苑は剣を扱えんから弓をイメージするんじゃな。

また、紫苑の性質、つまりはエレメントも勁現した際の色で分かる」



【エレメント】


人も含め、生き物が持つ性質で、基本は【陰・陽】の二つに分かれる。


そこから派生していき、勁現色が赤なら火、青なら水、水色なら氷、黄色なら雷、緑なら風と判別出来るのだ。


また、陰の場合は黒が混じり、陽の場合は白が混じる。



「紫苑、お前はかなり高い浄勁力を持っている。

その筒に浄勁力を注いでみるのじゃ。

方法は以前に教えたな?」



「はい」



紫苑はその場で立ち上がり、ゆっくり目を閉じて自身の中にある浄勁力を勁現具へと流す。


すると、筒の両サイドから緑色の光が伸び、筒を中心に弓の形へと変化していく。



「武爺!?」



「ほほほ、紫苑は風のエレメントか。

それに、弓のサイズがデカいの。

やはりお前は浄勁力が高い。

普通ならそこまで大きな弓は形成出来んからの。

それをお前に託す。 儂の形見だと思ってくれ」



「はい、受け取りました。

でも武爺、出来れば生きて欲しいです」



「はっはっは、この2年で立派に育ったの。

セクハラ出来んのが悔やまれるが」



「あっ!? も、もう! 今、結構シビアな所だったよ!?」



実際に紫苑は15歳となり、身体も立派に育っていた。



「その胸じゃと弓を射る時に困るじゃろ」



「む~! またそうやって! でも、確かにそうなのですよね……」



「なら街へ行って胸当てを買えばよい。 金ならあるぞ! ほれ」



武爺はどこからともなくドサっと札束を出し、紫苑へと渡す。



「えっ、武爺!? こんなにどこから!?

それに私、お金使った事ない……」



「そういえばそうじゃったな……まあこれは儂が昔に稼いだ分の残りじゃ。

好きに使え」



「ありがとう……」



「じゃあ儂は寝る。 紫苑も早く寝るのじゃぞ。 おやすみ」



「うん、お休みなさい武爺」



その夜、廃神社は淡い発光に包まれていった。


虫が鳴き、季節外れの蛍にも似た小さな光が無数に集まり、やがて空へと昇って行く。


紫苑はなかなか寝付けず、天井を見上げていたが、光に包まれた際に温かく、優しい感情を覚える。


そして――



「武爺……」



自然と涙が溢れ、血縁ではないが自分を育ててくれた武爺に感謝をし、翌日に安らかに眠る武爺の姿を目にしたのだった。




それから更に1年が過ぎた――


紫苑は相変わらず武爺と過ごした廃神社で変わらぬ生活を送っていた。


一つ違うのは、神社の奥には武爺のお墓があり、毎日花を添えている。



「武爺、今日も沢山採れました。 弓の腕も上がりましたよ」



紫苑は武爺が天に召された時から託された勁現具を使って鍛錬を続けていた。


そのおかげもあって、弓はかなりの腕となった。


しかし、剣は相変わらず扱えないところは変わらない。


そんな日々を過ごしていた夕刻、二人の客が廃神社を訪れるのであった――



「紫苑さん、で間違いありませんね?」

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