十五着目 厳しい人が不意に見せる優しさ
「うほほ! うほほ! こりゃたまらんっ!」
七巨頭全員の写真を撮れるのなんてこれが最初で最後かもしれないと、俺は夢中でシャッターを切った。
麗奈さんの指示で囲みはNG、カメコ達は横に10人一列で並ばされて、持ち時間はわずか1分、それが過ぎると次の列へと入れ替わると言う撮影方法がとられた。
短い時間の中で全員を納め、さらに一人ずつ、そしてできれば目線を貰いたいのだが贅沢は言っていられない。
時間が限られている時の戦法はただ一つ。とにかくシャッターを切り続けることしかない。何百枚と撮影してその中からベストショットを選ぶしかないのだ。
「10~、9~、8~、7~、6~、5~、4~、3~、2~、1~、はい終了で~す」
るぅるぅさんの付き人さんが告げるテンカウントで終了すると、撮影していたカメコ達は一斉に「ありがとうございました」と言ってその場を去って行くを繰り返していた。
「いやぁ~。満足満足。今回は土留のコスプレに付き合うからしょうがないと諦めていたけど、最終日に最高の撮影ができたな」
ホッコリしながら土留の元へ戻るのだが、なにやら様子がおかしい。
折りたたみチェアーに腰かけてムスっとした表情の土留は、戻って来た俺に気が付くと獣の様な目つきで俺を睨み付けてきた。
「ずいぶんと遅かったですね先輩……」
「わ、わりぃ、店が混んでてな……はい、水……」
「ぜんぜん冷たくないんですけどこれ」
やばい、これは完全に怒っている。
俺の帰りがあまりにも遅いことを怒っているのか?
それとも七巨頭の撮影に参加していたことがバレているのだろうか?
とにかくここは気取られてはダメだ。俺が土留をほっぽらかして、別のレイヤーを撮影していたなんてことはバレるわけにはいかない。
「そ、そうか? 今日は暑いからな。なかなか冷えないのかもな」
土留は無言ですっくと立ち上がると疑わしげな眼で見上げながら言う。
「言いたいことはそれだけですか?」
「え? なにが?」
「なにか他に言う事あるんじゃないですか?」
なんだ? やっぱりバレているのか? どうする。ここは素直に謝るべきか? それともごまかし続けるべきか?
「べ、べつになにもないけど?」
「エクス……プロオオオオオオオオオオオオオオオオオジョンっ!」
ドドミンの魔法が炸裂する。持っていた杖を俺の頭に叩きつけると、何度も何度もそれを振り下ろした。
「エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョン! エクスプロージョオオオオンっ!」
「いてっ! いたっ! 痛い! やめてドドミンっ! それまじで痛いから! 特に真ん中辺りはまじで木の杖だからやめてえええ!」
「うわああああん! 先輩から誘っておいて。人のことほったらかしにして違う人の撮影に行くってどういう神経してるんですかあああ! 中学生くらいの子供に、あれ、みぐみんじゃね? とか言われて遠くから無断で撮られたっきり、なんだかカメコの人達も全然来ないし。心細かったんですよおおおお!」
やっぱりバレてたのか。そんでほったらかしにされたことを拗ねていたのか土留。可愛らしいところもあるじゃないか。とりあえずボコボコに殴るのやめて、物凄く痛いから。
「わ、悪かった! 俺が悪かったよドドミン! と言うか中学生とかおまえと大して年齢変わらねえじゃねえか!」
「そんなことどうでもいいですっ!」
「うー」と俺を威嚇しながら睨み付けるドドミンであったが、杖を叩きつける手を止めると真面目なトーンで俺に質問をしてきた。
「あの人達なんなんですか? 華音さんもいるみたいですけど。あの人達が来てからカメコの人達は皆あっちに行っちゃいました」
「土留。あれがコミケ七巨頭だ」
「え? あれが……ですか?」
俺の言葉に息を飲み、七巨頭の方を見つめる土留。
その眼はあの時の、コスプレイヤーを見つめて輝きを見せた眼とはどこか違って見えた。
確かに憧れを抱くような光は感じられたが、同時に畏怖の念を抱くような。見つめる相手に対して恐怖を抱いているような。そんな不安を孕んでいるように感じられた。
「土留……」
「はい……先輩」
「あれがトップレイヤーだ。その場に居るだけでなにか独特な空気を作り出し。その雰囲気だけで周りにいる人達の視線を釘付けにする。そんな特別な存在だ。わかるか?」
「わかります……。すごいです。華音さんも……他の人も」
土留は七巨頭のその圧倒的な存在感と、そして人気っぷりに圧倒されているようであった。
当然である。土留のみならずその場にいた誰もが、この雰囲気に圧倒され飲まれていただろう。
コミケ七巨頭全員が揃って撮影されている。それだけでここ屋上コスプレエリアは、なにか特殊な結界でも張られたかのような、そんな特別な時間が流れていた。
「すごいですね……あんなに堂々と、あんな風に写真を撮られて。あんな風に……」
言いながら土留の声がどんどんと小さくなっていき、不安気な表情で俯いてしまう。
落ち込んでしまったのだろうか? 圧倒的な人気と存在感の七巨頭を見て自信を失くしてしまったのだろうか?
増長してきていた土留に、ぎゃふんと言わせるような出来事があればとは思っていたものの、これはちょっと刺激が強すぎたかもしれない。
いや、むしろこれでハッキリしたではないか。
俺達が目指す
土留、ここは落ち込むところではない。あんな高いところに、頂上に辿り着けるわけがないと下を向いていたら見失ってしまうぞ。
「そうだ土留。あんな風におまえもなるんだ。おまえの目指す頂はあそこだ! 下を向いている暇なんてないぞ」
「せん……ぱい?」
土留はぽかーんとしながら俺を見つめている。
「言っただろ。俺はおまえをトップレイヤーにしてみせると」
「先輩っ!」
土留は笑顔で答えた後に冷ややかな目に変わり俺に言った。
「だったら人のことほったらかして他の人の撮影に行かないでください」
はい、すいません。
30分なんて言う時間はあっという間である。
10人ずつを1分間で回すのだから、単純計算で300人が撮影できたわけだが、列に並んでいたのにタイムアップになったカメコ達から不満の声があがるも麗奈さんがそれを一蹴した。
「最初に説明した通り30分間で終了です。延長はありません」
ただそれだけ言って七巨頭はその場で解散した。
ちょっとばかし有名だからってお高くとまりやがってと文句を言っている人達もいたが、そういうことを言う奴のほとんどはミーハーな奴らだ。
麗奈と言うレイヤーのことを知っている人であれば、あの人がこういう人だってことは十分に理解している。
撮影されている時は徹底してサービス旺盛、そして誰もが平等になるように配慮するのだが、最初にこうやると宣言したことは決して覆さない。彼女が30分だけと言ったらそれは絶対なのだ。
解散後、それぞれのレイヤーのファン達がその後について行き、個人撮影を始めるところもあった。
エリアに残ったのはもえっち、たなかさん、川嶌麻莉亞さんの三人。
麗奈さん、るぅるぅさん、蒼穹さんはそのままエリアを後にした。
そして、黒裂さんはと言うと。
「どう調子は?」
「まあまあですね。最初はぐずぐず言って逃げ出したりしてましたけど、だいぶ慣れてきたと思います」
俺の元へやってくると、ちゃんとやっているか質問してきた。
その横で土留は待機列こそできないものの、ちょくちょく声を掛けられて撮影されていた。
土留の撮影されている姿を眺めながら黒裂さんは、少し嬉しそうに言う。
「ふーん、まあ見た感じ上手くやっているみたいね」
「まあ、もう放って置いても一人でそれなりにできますよ。そんなことより……」
俺は周りの視線が気になって仕方なかった。
黒裂華音の方から話しかけてきて2人並んで会話をしているのだ。そりゃあ目立ってしかたないだろう。
「いいんですか黒裂さん?」
「なにが?」
「ほら……撮影したそうな人がいっぱいいますよ。俺と話してると声もかけづらいでしょうし」
「なぁに? そんなことを気にしていたの?」
「そりゃまあ……」
気にするだろう。おまえの所為で黒裂華音に声を掛けられねえじゃねえか、と言う殺気の籠った視線がさっきから物凄く気になってるんですよぉぉぉ。
そんなことをしていると一人のカメコが俺達に近寄ってきて話かけてきた。
「やあやあ、久しぶりゴードンくん」
「あ、クマさん。お久しぶりです」
声を掛けてきたのは、黒裂さんの個撮でお世話になったクマさんであった。
「あら、来ていたんなら連絡しなさいよクマ」
「いやぁ、華音ちゃんこそ今日は売り子やるからエリアに出ないって言っていたのに、あんな不意打ちなんてやられたよ。ゴードンくんは撮影できたの?」
「あ、はい。俺はたまたまここに居たんで」
俺は撮影した写真の出来栄えをクマさんと黒裂さんに見てもらう。
「うん。前に比べてだいぶ上達したね。設定はもちろんピントの合わせ方や構図なんかもよくなってるよ」
「ほんとですか!」
「あとはそうだなぁ。ゴードンくんらしさと言うのを表現できるようになったら、見違えてくると思うよ」
「俺らしさ……ですか……俺らしさってなんでしょうか?」
「それは自分で見つけないと」
「そうですよねー、あはは」
2人そんな話をしていると、俺の撮った写真を見ながら黒裂さんが不満そうな顔をしている。
「どうしたんですか黒裂さん?」
「九十九……」
「はい?」
「随分と私の写真が少ないわね……」
ギクッ……やばい。やっぱりバレましたか……。
「そ、そうでしょうか?」
「比率的に麗奈と麻莉亞の写真が多い気がするのは気のせいかしらあ?」
なんとか助け舟を出してもらえないかと、クマさんの方を見るが視線を逸らされる。
ひどい! 助けてくださいよ。こういう時の黒裂さんへの対処法はあなたの方が詳しいでしょう!
「そんなに名声とおっぱいが好きなら、今度からあの二人に頼りなさいよ。知らないわよ。麗奈は私以上にめんどくさい女だからね!」
自分でめんどくさい女だって公言してどうするんですか黒裂さん、て言うかそんなこと思ってないですからね? お酒はほどほどにして欲しいなとは思いますけどね。
不貞腐れる黒裂さんに謝りながら、ふと土留の方を見やると……。
あれ? 撮影されていないのに遠巻きに俺らの方を見てなにやらもじもじしている。
ははぁん……クマさんがいるからビビってるんだな。土留の人見知りに加え、長身髭もじゃのクマさんの外見だ。俺と黒裂さんが居ても近寄れないのだろう。
そうだ!
「あの、クマさん」
「なんだい? ゴードンくん」
「あいつ、俺の知り合いなんですけど、クマさんに撮影してもらってもいいですか?」
「ん? あぁ、あの子ゴードンくんの知り合いなんだ。別に構わないよ」
クマさんクラスの腕の人に撮影して貰えれば、きっと色んな人に見て貰えるに違いないと考えた俺は、土留の撮影を頼んでみるのだが。
「ダメよクマ」
それを止めたのは黒裂さんであった。
「あの子は私のライバルなのよ。私に反旗を翻した数馬九十九の秘蔵っ子なんだから、その子の撮影をするってことは、クマ、あなたも反逆者の仲間よ」
黒裂さんは真剣な目で土留のことを見つめながら言い放った。
なんなのだ? この人の考えていることはよくわからない。じゃあなんで俺のお願いで土留の指導を引き受けてくれたのか? まったくもって意味不明だ。
黒裂さんの言葉にクマさんはすまなそうな顔をしながら俺に向かって言う。
「と言うわけだ。女王様の命令だからね。彼女の撮影はお預けだ。ごめんよゴードンくん」
「いえ……こちらこそすいませんクマさん……」
残念だが仕方ない。それにしても黒裂さんにそんなに敵視されているとは思わなかった。と言うか反旗を翻した? 反逆者ってなに? え? 俺って今そういう風に認識されているの?
「九十九」
「なんですか? 黒裂さん」
「最初が肝心だからね。あの子が私達と同じ側へ来られるのか、そのまま一般レイヤーとして終わってしまうのかは、レイヤーデビューをどの様にして終えるのかで決まるのだから」
その口調は厳しくもあったがその中に優しさも感じられ、そして俺には土留を見つめる黒裂さんの瞳に、期待と不安の両方が浮かんで見えたような気がした。
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