九着目 心がバラバラに引き裂かれてもビッグサイトに帰ってこようとしたコスプレイヤーの物語。

「それじゃあ服を脱いでくれるかしら?」

「え? そんな、わたしまだ、心の準備が……」

「大丈夫よ。私が優しくエスコートしてあげるから……」

「ら……らめぇぇ~~~~」


 ノリノリで馬鹿なことをやっている土留と黒裂さん、仲いいじゃねえかこいつら。

 人気レイヤー黒裂華音と合流した俺達は、彼女の家にお邪魔して土留の衣装の手直しをしてもらっている所だ。

 て言うか、黒裂さんってアキバに住んでるのかよ。

 しかも結構広いマンションだし仕事はなにをしているんだろう? いやいやそれより俺、黒裂さんちに来てるんだよな? あの人気レイヤー黒裂華音の部屋に、半年前だったらとても想像もできなかったシチュだ。

 これは彼女のファンにバレたら確実に殺されるだろうな……。


「出来合いの衣装でもね。ちゃんとこうして着る人の体に合わせれば見違えるのよ。レイヤーたるもの衣装に着られているようでは半人前。着こなしてみせてこその衣装ってことをまずはちゃんと理解しなさい」


 言いながら手慣れた様子で土留の体の採寸をしていく黒裂さん。

 え? 見てませんよ。ちゃんと後ろ向いてますから。土留が子供ブラみたいのを着けているのなんて全然見えてませんから。


「なんだかくすぐったいです」

「ちょっと、動かないで。ちゃんと測れないじゃない」

「いやでも、そんなところ触られたら。ひゃんっ!」


 おうおうおう、何をしていらっしゃるのかな? 音声だけでもご飯三杯はいけそうですよこれは、御馳走様ですっ!


「はい終了~。数馬九十九、もうこっち向いてもいいわよ」

「けっこう早く終わるもんすね」


 黒裂さんに言われて振り向く俺。


「え? ちょっと待ってくださいまだっ!」


 振り向いた瞬間俺の目に飛び込んでくる真っ平らな大地。そこに広がるのは起伏もほとんどない広大な大地であったがその先にあるのは。


「あ、ピン……」

「死ねやあああああああああああっ!」


 なんで下着まで脱いでんのよ?

 土留の拳が自分の顔面にめり込む音だけは記憶に残っている。

 ここから先、語られるのは、薄れゆく意識の中で俺が聞いていたであろう記憶の欠片(ものがたり)だ。


「あ……あの……」

「ん? なにかしら?」

「そ……その……」

「ドドメさん。言いたいことがあるのならはっきり言いなさい。私の好きなアニメにね。言葉は溝を埋めてくれる。って台詞があるの。もしかしたら相手を傷つけてしまうかも、怒らせてしまうかもと思って何も言わなければ結局伝わりはしない、お互いの気持ちが通じ合うことなんて一生ないのよ」


 言いながら黒裂さんは、器用に仮縫い用の糸を針に通すと衣装を縫っていく。

 土留はそんな姿を見つめながらもじもじと話し始める。


「く……黒裂さんは、どうしてわたしのことを手伝ってくれるんですか?」


 その質問に黒裂さんは手元を見つめたまま答える。


「好きだから……かしら」

「え? えええええええええええ? そっち系だったんですか? ちょっと怖いです」

「ちがうわよっ! まあ、あなたみたいなかわいい娘だったらまんざらでもないけどね」


 そう言いながら口元に不敵な笑みを浮かべる黒裂さん。

 土留はちょっと引き気味に黒裂さんと距離を取った。


「冗談よ……私ね、こういうの好きなのよ。皆で和気あいあいとお祭りの準備をするのってなんだか楽しくない?」

「そういうの……したことないからわかりません……」

「あらそうなの? コミケに限らなくても、例えば学園祭の準備とか、お誕生日会とか」

「わたし、友達いないので……」


 黒裂さんは「ふーん」と言いながら、特にその言葉には興味もなさそうに立ち上がると、仮縫いをしていた衣装を土留に合わせる。


「もう少しここを締めたほうがいいかしら? きつくない?」

「はい……大丈夫です……」


 そうしてまた衣装を脱がせると仮留めをする。


「だったらこれからそういう楽しさを知って行けばいいわ。あなた、コミケの参加者をなんで客って言わないか知っている?」

「え? なんでしょう……なんかお金儲けの為って思われたくないからじゃないですか?」

「まあそういう側面もあるかもしれないけれど。あれはね、お祭りの参加者って意味なのよ。年に二回、夏と冬の計六日間。同じ趣味を持った仲間たちが全国から集まってくるお祭り、それがコミックマーケットなのよ」


 土留は黒裂さんの言葉に黙って耳を傾けている。


「主催者もサークルも、サークルではない人も、企業もコスプレイヤーもカメコも、あそこに、コミケが開催されている期間にビッグサイトに集まってくる人達は皆そのお祭りの参加者、皆であのお祭りを作り上げているのよ」


 黒裂さんは手を止めると土留の方を向き微笑む。


「楽しいでしょ? 私はあそこに集まる皆が大好き。あそこで皆が笑顔になっていることが心から嬉しいのよ」

「だからってなんで……なんで人気レイヤーの黒裂さんがわたしなんかの為に……」

「……なんでかしらね?」


 そう言いながらミシンをかけ始める黒裂さん。


「まあ、単なる依怙贔屓よ。それでいいじゃない」


 俺はむくりと起き上がるとあたりを見回す。どうやら気を失っていたようだ。どれくらい眠っていたのだろうか?


「あら? お目覚め? お腹空いてない? お弁当買ってきてあるからお食べなさいな」

「あ、すんません黒裂さん。寝ちゃってたみたいで、なんか変な夢も見ていたような気が……」

「何言ってるのよ? まあいいわ、それよりも、ほらっ! ちゃんと練習した通りにやって見せなさい」


 そう言うと黒裂さんの陰からオドオドと恥ずかしそうに出てくる土留。


「わ……我が名はみぐみん……だ、だいまほうつかいをなり、なりわいとしー、最強のこうげき魔法、ば、爆炎魔法を、あや……操るものぉぉぉ」


 物凄く棒読みで、みぐみんの台詞を言う土留であった。


 まあでも……。


「うん。似合ってるぞドドミンっ!」

「ドドミンはやめてくださいぃぃぃぃ」



 それから、黒裂華音による土留改め、ドドミンへのスパルタ教育が始まる。

 基本的なポーズの取り方から表情の作り方、ドドミンはスタイルを強調するよりもキャラの特徴を捉えた動きを基本に、可愛らしさをアピールした方がいいなどを急ピッチで叩き込まれている。

 このシーンはきっとアニメとかだったら途中から、ワックスを掛けたり取ったり、箸でハエを獲ったり、丸太の上で鶴のポーズをしたりするようなシーンに差し替えられているに違いないだろう。

 その横で俺は小道具制作、細かい装飾品やウィッグのスタイリング、やはり一番難儀したのは杖であったがなんとか形にすることはできた。

 そうこうしている内に夜の8時を回ろうとしていた。


「あら? もうこんな時間ね」

「ぜえっ、ぜえ、もう太腿が、ガル……パンパンですぅぅぅ……これ以上動けませぇぇぇん」


 息を切らしつまらないギャグを挟みながらその場に倒れこむドドミン。

 それを無視して、俺も一息吐くことにした。


「遅くまですいません黒裂さん、今更ですけど今日は行かなくてもよかったんですか?」

「ん? ああコミケ? 今日は元から休養日にする予定だったから、明日はサークルとして参加するし朝から一日忙しいしね」

「流石ですね」


 二時間近くぶっ続けで仕込まれていた土留は、500mlのペットボトルの水を一気に飲み干すと不満をぶちまける。


「本当にこんなことをずーっとやり続けないといけないんですか? 無理です。あんな暑い中でこんなことを何時間もやり続けるなんて体が持ちませんよぉぉ」

「んふふ、ようやくわかったかしら? 私達レイヤーが命懸けでコスプレをしているって意味が」

「これで本当に死んでしまったら一生後悔しますよ」

「死んだらそこで一生は終わりだけれどね」


 なんかこの二人、妙に仲良くなったような気がするのは俺だけだろうか? まあ悪いことではない、悪いどころかとても良いことだと思うからいいか。


「さてと、ピザでも取るから夕飯にしましょうか? 今日は泊まって行くんでしょ?」

「は? 泊まる? どこにですか?」

「決まってるでしょ。今日は徹夜で猛特訓よ。あんな程度じゃまだまだ恥ずかしくて人前には出せないわ。この黒裂華音が指導したんだからきっちりと仕上げて貰わないと。ちゃんと家には連絡しておきなさいね」


 そう言うと黒裂さんはピザ屋に電話し始めるのであった。

 は? はあああああああああ? 泊まるってここにかよ? やばくない? それはやばくないか? 

 人気レイヤー黒裂華音の家に男が宿泊。そんなことが知れたら暴動が起こるぞ。この人、人気レイヤーの癖にそういう自覚ないのかよっ?

 いや待て……それだけじゃない。土留も一緒に泊まるのか? つまりこれって3ぴ……うわああああああああああ! 童貞の僕には刺激が強すぎますっ!


「それじゃあ、わたしはここらでお暇しますね」


 そう言いながら土留は逃げ出そうとするのだが、黒裂さんに捕まり手錠でベッドに繋がれていた。


「ひっ! 酷いですっ! 事案ですっ! 監禁ですっ! これは犯罪ですよっ! うああああああん、おうちに帰りたいよぉぉぉおおおっ!」


 深夜0時過ぎくらいにようやくドドミン改造計画が完了するのであった。



「も……もう無理です。ふらふらです」

「ドドメちゃん、お風呂沸いてるから先に入ってらっしゃい、パジャマは私の貸してあげるから」

「は……はぃぃぃぃ、お言葉に甘えてぇぇぇぇ」


 そう言いながらもふらふらとそこに座り込み自分では衣装も脱げない様子の土留、見かねた黒裂さんが脱衣所まで連れて行ってあげるのだが、しばらくしても戻ってこない。

 変だなと思い俺は風呂場の戸に耳を当ててみる。


『きゃ、黒裂さん、変なところ触らないでください』

『んふふ、ドドメちゃんのお肌、真っ白でぷにぷにしていて雪見だいふくみたい』

『ひゃん、そんなところに吸い付かないでください! 訴えますよっ!』


 な……ん……だと?

 なんと言うことをしているんだ? 女子が二人、一人は子ではないけど、二人お風呂できゃっきゃうふふ戯れているだとぉ?

 く……くそぉ……見たい! この扉の向こうわずか1メートルもない場所でその柔肌を露わにしてくんずほぐれつしているなんて、健全な男子がこんなシチュエーションを我慢できるわけがないだろう! そうだ! これはむしろ必然、逆に覗かない方が二人に失礼ってものではないだろうか?

 きっとこれは神の思し召しなんだ。今日一日頑張った俺へのご褒美、エロゲーの世界をリアルへと顕現させてくれたんだ!

 ありがとう神様! 俺はこのチャンスを必ずや物にしてみます! リアルエロゲワールドへダイレクトリンクしてきますっ! 


 いざっ!


 音を立てないように引き戸を開けて脱衣所に侵入する俺。

 ほぉほぉ、黒裂華音の下着は純白ですか、闇の眷属とか言いながら内面は純真とでも言いたいのですか?

 そして土留さん、あなたのその女児用みたいなブラとパンツはなんですか? 女性たるもの見えない所もお洒落にしないとダメですよ。

 夢中になって下着を物色していた俺は、カラカラっと戸の開く音に気が付かなかった。


「なにをしているのかしら?」


 下着を手に取ってしゃがみ込んでいる俺の背後から感じる殺気。


「い……いや……これはその」


 ゆっくりと振り返る俺の顔面に、黒裂華音の蹴りがめり込むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る