八着目 ブリーチ! シャンプー!! トリートメント!!!

 次の日。

「先輩、目の下ものすごい隈ですよ」

「ぁぁ、けっきょく、2時間しか寝れなかった……実質2時間だからぁ……じっしつぅぅぅ」


 あれからずっとみぐみんロッドの制作に没頭した俺は、明け方近くまで続けてまだ完成はしていないがとりあえずそこそこの形にすることは出来た。

 それにしても今日は、なかなか可愛らしい恰好をしておりますね土留さん。

 スカートをはいて来たのはなかなかポイント高いですよ。小学生みたいだけど。


「で、今日はまずなにからやるんですか?」

「ふっふっふ……まずは、おまえの改造手術から始めようと思う」

「は?」


 座席の上で借りてきた猫の様に縮こまり微動だにしない土留。

 ご近所ではあるがそれなりにお洒落でお高い美容院に連れてくると、まずは伸ばしっぱなしの髪を綺麗に整えることにした。当然費用は俺持ち。

 美容師さんになにか要望はあるかと聞かれて、恥ずかしそうにしながらも自分のしてほしい髪型を言う土留。


「随分長いけど、ちゃんと手入れはしてあって綺麗な髪ですね」

「は……ははは……はい、い、いち、一応、妹がそういうのはやってくれるので」

「緊張してるのかな? せっかく伸ばした髪を切ってしまうからしょうがないかな? あちらの彼氏さんの好みなのかな?」

「か、かかかっ? せ、せせせ、先輩は先輩なので先輩です!」


 あいつ、どんだけコミュ症なんだよ。俺と話している時のあの毒舌っぷりはどこにいったんだまったく。

 土留のカットを待っている間に俺は、ほぼ徹夜明けと言う事もあり猛烈な睡魔に襲われていつの間にか眠ってしまっていた。


「……ぱい……さい」

「……んあ?」

「先輩! 起きてくださいっ!」


 体を揺さぶられて土留の声で目覚める俺。

 どれくいらい眠っていたのだろうか? ゆっくりと目を開けるとそこにいたのは……。


「どちら様ですか?」

「は? なに言ってるんですか! わたしですよっ!」

「はて? 俺の知り合いにこんな美少女いたっけ?」


 その瞬間、顔面に張り手を喰らう。なんでだよ?


「しっかりしてください先輩っ! 卍解でも喰らったんですか?」

「いつからこの美少女が土留だと錯覚していた?」

「そういうのいいですからっ!」


 振ったのはお前だろうが。

 それにしても見違えたものだ。腰のあたりまであった髪をバッサリと切り落として肩のあたりまでのセミロング。眉も整えて簡単なメイクもしてもらっっているみたいだ。


「うんうん。やっぱり俺の眼に狂いはなかったな。かわいいぞ土留」

「な? ななな! なに言ってんですか先輩っ? 本当に先輩ですか? もしかして術を喰らっているのはわたしなんですかああっ?」


 真っ赤になりながらパニック状態になっている土留、なんなんだこいつは騒がしいやつだなまったく。

 そして大騒ぎする土留の後ろで店員が笑顔で告げる。


「あの~? お支払いよろしいですか?」

「あ、すんません。お幾らでしょうか?」

「はい、カットとトリートメントで12000円です」


 は? なにそれ? 1200円の間違いじゃなくて?

 いつからここを1000円カットの店と錯覚していた? もういいわっ!


 さて、散髪も終わって昼過ぎ、俺と土留は再び秋葉原へ来ていた。

 JRの改札を出てUDXビルの巨大モニターの下まで行くとそこで待機となる。


「まだなにか買うんですか先輩?」

「昨日今日で俺は破産寸前だ。これ以上おまえに貢ぐ金はない、今日はこれからおまえを一人前とはいかないまでも、人前に立たせても恥ずかしくないようにしてもらう為に、ある助っ人を呼んでいる」

「えぇぇぇ、知らない人が来るんですかぁ? やだなぁ」


 明日は沢山の知らない人に写真を撮られることになるかもしれないのに、何を言っているのだこいつは。


「おまえはまず根本的に、その人見知りを直さないことには話にならないぞ」

「むぅぅぅぅ……」


 不満そうに頬を膨らます土留であるが、そんなかわいらしい反応をしたって駄目です。

 時間がないんだ。なんとしても今日一日でおまえを、レイヤーのスタートラインに立てるまでに育て上げる為に俺は心を鬼にするぞ。

 そうこうして待つこと10分。

 通路向こうのエスカレーターから上がってくる人物を見て土留は絶句していた。

 まあ……そりゃそういう反応をすると思いました。


「な……なんであの人が? まさか、先輩が呼んだんですか?」

「その通りだ。背に腹は代えられないからな」


 その人物は俺たちの前まで来ると、真っ黒なスカートを翻して名乗りを上げる。


「魔都・アキハバラへ舞い降りた漆黒の翼……深淵よりも深い闇を纏い、堕天使†黒裂華音†、ここに降臨!」


 すごい、なんて存在感なんだ。

 ここアキバと言う特殊な場所にあっても更に特殊なその出で立ち、そのキャラ、最早この人は恥ずかしいと言う感情を完全に失ってしまった天使なのだろう。

 きっとその感情を再び取り戻す為に地上へと墜ちたのに違いない。


「うふふ。数馬九十九、昨夜まさかあなたから助けてほしいと頼まれた時は驚いたけれど。プライドをかなぐり捨ててまで、この堕天使†黒裂華音†に救いを求めてきたことは評価してあげるわ」


 ふんぞり返るゴスロリ衣装の堕天使を指さしながら唖然とする土留であるが、そうですこの人を呼んだのは俺です。

 だってしょうがないじゃん。俺の知り合いのレイヤーさんなんてこの人しかいないんだもん。

 やっぱり手っ取り早くレイヤーと言うものがどう言うものなのかを知るには、経験者に聞くのが一番だ。それが現役の超人気レイヤーともなれば尚更だろう。

 それにしても、まさか引き受けてくれるとは思いもしなかった。

 俺は昨夜、駄目元で黒裂さんに、レイヤーのなんたるかと言うものを土留に指導してくれないかとお願いした所、二つ返事でOKしてくれたのだ。

 なんの気まぐれかはわからないけれど、後でお願いを聞いてくれるのであれば引き受けてくれると言うのだ。

 それがどんなお願いなのかはわからないけれど、俺が出来ることであればどんなことでもやる、我慢する、この人が教えてくれると言うのであれば百人力だ。


「嫌です……」

「え?」

「嫌です! わたし帰りますっ!」


 叫ぶとそこから逃げ出そうとする土留。

 俺は慌てて手を掴み引き留める。


「しょうがないだろ土留! 今は余計なプライドなど脱ぎ捨てるんだ!」

「いぃぃやあああでええええええすっ! なんでこんな痛い駄目天使を呼んだんですか先輩! 嫌がらせですか? この夏わたしに拭いきれないトラウマを植え付けようとでもしているんですかあっ?」

「おいやめろ! 本人の前で駄目天使とか言うんじゃねえっ! いい歳して魔都だの漆黒の翼だの痛いことを言ってはいるけれど、折角おまえの指導を引き受けてくれたんだぞ!」

「へぇ……。あなた達、私のいない所ではそう言う風に呼んでるんだ」


 灼熱の日差しの中、その場に正座させられて堕天使に説教を喰らう俺と土留であった。


「まったく。これから教えを乞う相手のことを、そんな風に思っているなんて失礼極まりない子達ね。まあいいわ。私は寛大ですからね、許してあげるわよ」


 いやいや黒裂さん。熱せられたアスファルトの上に正座させておいて寛大もなにも。なんか焼き土下座させているどっかの会長みたいになってるよあんた。涎たらしながら「制裁! 制裁!」とか言い出しそうで怖ぇえよ。

 土留は地面に突っ伏しながら嗚咽しているし、そんなに嫌なのかな……。


「ちょっと、泣くほど嫌なの? ド・ドメさん……ドン引きするわよ」

「違いますよぉぉぉ、こんな所で正座させられて痛々しい恰好した人にお説教されているのが恥ずかしくて死にそうなんですぅぅぅ。晒し者ですぅぅううう! さっきなんか道行く人が写真撮ってましたよ。絶対SNSにアップされてますよ! うわぁぁぁああああん」


 それは確かに恥ずかしいな。やべえ! マジで恥ずかしくなってきたぞ!


 慌ててツイッターを見てみると。


『堕天使†黒裂華音†様にご褒美を貰う二人組を発見した』


 俺が黒裂さんに足蹴にされている写真付き呟きが、約500いいねくらいされていた。


「よかったわね。さっそく有名人になれて♪」

「よくありませえええええええええんっ!」


 土留の悲鳴が秋葉原の街に木霊するのであった。

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