第17話 風俗嬢に融資できない理由と宗教にすがる理由

 「アポが取れたら電話しますよ」と言われ、業者との話し合いはとりあえず終わった。

 雑居ビルを出て、駅へと向かうと風俗系の看板が目に入る。


 城田が今いるような少し歩けば閑静な住宅街に行ける場所でも、風俗店はある。

 日本は、世界でも有数な風俗に寛容な国とどこかで見聞きしたことがあるが、確かにこの光景を見れば納得する。

 完全に街の景色に溶け込んでいる。


 利用している割合で言っても、成人男性なら、二人に一人は一回くらい行ったことがあるだろう。

 風俗関係の仕事をしている、あるいは過去にしていた女だって人口の数%はいるんじゃないだろうか。


 そこまで人々に浸透していても、やはり嫌悪感があるということか。

 不浄なもの、汚いもの、忌避すべきものとして、本能的に避けてしまうもなのか。 

 ゴミ処理場、原発みたいなものか。

 汚物、性欲、見たくないものからは、なるべく避けようとするのは人として当然か。


 城田自身、風俗と聞けば脊髄反射的に、「汚らしい」と脳裏に浮かぶのだから。

 しかし・・対価の代償として、自身の肉体を時間で売るという形態は、そこまで他の職業と違いがあるだろうか。


 風俗は直接的に肉体を売っているが、芸能人、いやアナウンサー、女優だって同じようなものではないか。

 ただ、間接的で薄まっているから、「汚らしい」と思わないだけだ。


 結局、感情だ。

 そういう対して根拠がない感情で、大抵のことを人はさも真理にように決めつける。


 銀行の審査の連中だってそうだろう。

 「風俗嬢に融資なんてできるか」と言われれば、そういうものか納得する。

 そういえば、「理由はなんですか」と新人の時に聞いたことがある。


 「いやそりゃ常識だろう」

 「風俗が何年も続けられるか」

 「アングラな関係には出せないよ」

 返ってきた答えはたいていそんなものだった。


 でも、その理由を一つ一つ考えて見れば、矛盾していることにすぐ気付く。

 新卒の平均離職率は30%はあるだろうし、そもそもそう言っている銀行員も10年後に、職があるのかも疑わしい。

 少なくとも今と同じ年収は間違いなく確保できないだろう。


 だが、30代の銀行員がその当時の年収をベースに最大限借りられるだけの金額を引っ張るのは簡単だ。

 すぐに融資がつく。

 それよりも、20代の風俗嬢が最低限の金額を借りた方がリスクは少ないだろう。


 それに、風俗と言ってもほとんどは違法という訳ではないだろう。

 法律に則って許可をもらってやっている訳だ。

 まあ、裏で暴力団と繋がっているケースも多いだろうが。

 

 結局、数千万円の融資だって、表面上の印象で決めている訳だ。

 例えば、風俗嬢100人に融資して、何人が貸し倒れたか、一般の給与所得者と比べて、どれくらいリスクがあるのか、

 そういう分析、客観的な数字に基づいてやっている訳ではない。

 

 「なんとなく嫌だ」程度の主観的なイメージに基づいて融資判断をしている。

 深く考えずに、無意識、感情的に行動する・・むろん、別に銀行だけではないだろう。


 だれを首相にするか、どんな政策に賛成するか、そんな重要なことだってほとんど感情的に決められているのだから。

 自分にしたって、自分の死という基本的な事柄すらこれまでたいして意識せずに、生きてきたじゃないか。


 見たくないもの、触れたくないもの、その最たるものは・・・

 くそ・・話が飛躍し過ぎだ。

 今は風俗嬢について考えていただけなのに。


 どうしても、結びつけてしまう。

 考えてしまう。逃れられない。

 当然だ。誰もが迎える最後なのだから、いつかは考えなくてはならない。


 100%訪れる未来をこれまで考えずにいられたのが異常なのだ。

 それでも・・考えずにいられる方法は何かないのか!

 仕事でくだらないイタズラまがいの嫌がらせをして気を紛らわせても焼け石に水だ!

 不意に生じる衝動は抑えようがない。


 何でもいい。

 何か僅かな希望が、未来が続くという希望が感じられるものがあれば・・

 頭の中は、さっきからぐあんぐあんと鳴り響き、胸は苦い物でも食べたようにムカムカした。


 いつの間にか駅の近くに来ていた。

 駅前では、いつものように、新興宗教の信者たちが無言で自身が信じる宗教のチラシを持って立っていた。

 宗教・・そこに救いの手があるのではないだろうか。


 こんな新興宗教ではない。

 数千年の歴史があり、今なお多くの人が信じている世界宗教なら。

 死という問題に対する答えも何かあるはずだ。


 いやなければ、数億人の人間を信者にできないだろうし、数千年も続かないだろう。

 溺れる物は藁をも掴む。

 まさにその心境だ。


 100%信じなれなくてもよい。

 半信半疑でもいや、10%でも信じさせてほしい。

 頼む。

 自分を納得させるだけの何かを示してくれ。


 もはや仕事のことなど、どうでもよかった。

 自分のこの不安定な気持ちを抑えなければ、安定させなければ。

 日に日に不安定になっていく。

 いつか、とんでもないことを・・衝動的なことを・・・やりかねない。


 それほど、おかしくなっている。

 そう認識できるうちに解決しなければ。

 そうだ。

 気を紛らわす方法はあるではないか。


 あの女だ。

 今までの人生で一度も経験したことがないこと。

 それは、金を媒介としないで、女と寝ること。

 それを達成すれば少しは気分も落ち着くのでは。

 

 気にはなっていたが、結局連絡を取らず仕舞いだった。

 それ自体、今の自分はやはり異常なのだ。

 あんな、美人と一夜を共にしたにもかかわらず、たいして気にもとめず、放置していたのだから。

 

 20年近く悩まされていたコンプレックスを解消できるチャンスなのに。

 そんなチャンスをほっといて、宗教を調べるなど・・どうかしている。

 自分を必要としてくれる人間がいると、思えれば、この気分も少しは晴れるのではないか。

 

 あんな美人・・・世間的に価値があると認められている人間・・・

 そんな女に求められば、きっと精神が高揚するはずだ。

 

 城田は、何かに取り憑かれたように、スマホを取り出し、女にラインをする。

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