第28話 ソニアの返事

―――フレデリック王子の本心が知りたい

それは贅沢なことなのか?

 自分の願いはそれだったのだ、と思いながらソニアが帰宅してみると、イザベラはダイエットの体操をしていた。体重は減っているが、必死になって体を動かし汗びっしょりになっている。体を動かすのがスムーズになり、動きが激しくなっている。体を左右にひねったり、足を左右に開いて上半身を付けたり、はたまた思いきりジャンプしたりしているが、お腹の肉が邪魔をしなくなってきた。変われば変わるもので、まん丸だった顔つきもほっそりした卵型になり、ソニアによく似てきた。元々顔の造作は似ていたので、遠目には間違えられるぐらいにはなってきた。


「お帰りなさい。ふ~、ワン、ツー、ワン、ツー」


 何も知らずにせっせとダイエットをしている可哀そうなイザベラ。ソニアにステージに立たせている間の身代わりになるとも知らずに……まあいい。自分たちの様に身分の低いものは成り行きに任せるしかない。


「お姉さま、スタイルもよくなってきたわね」


 今日はまた王宮へ出向く日。ソニアは決心を固めていた。迎えに来た執事も、一緒に出てきたイザベラを見てその変わりように驚き、姉妹を見比べている。


「ソニア様に似ていらっしゃったんですね」


 馬車に乗ってから、ソニアにそっと囁いた。


「ああ、イザベラお姉さまと私は、幼い頃はよく似ていたようですが、いつの間にか太ってしまい、姉妹には見えないようになりました。痩せたら以前の様に似てきました」


「並々ならぬ努力をなさったのでしょう」


「その通りです」


 宮殿に着き、いつもの部屋に入り、すぐさま練習が始まるのかと思いきや、フレデリック王子が上機嫌で手招きしている。何かさらに企みがあるのだろうか。彼の前には箱が置かれていた。


「こちらへどうぞ」


「はい。これは何でしょうか?」


「あなたのために用意しました」


 プレゼントにしては随分大きな箱だ。何が入っているのだろう。これはひょっとして……衣装が入っているのではないだろうか。しかも王子は、すこぶる機嫌がよくて、にんまりと笑っている。


「分かりません。一体なんでしょうか?」


「これから必要になるものですよ」


 フレデリック王子はもったいぶって、箱を開けた。そして中から丁寧に取り出して、ソニアの体にあてがって、大きさが合うかどうかを点検している。


「これは?」


「見ての通り衣装です」


「何の、衣装でしょうか?」


「決まってるじゃありませんか。あなたがステージで着る衣装です。ジョージが調達してここへ届けてくれました。あなたにもぴったりですね。ささ、試着してきてださい。私はここで待っていますので、あちらで……」

 王子が指さした先には、衝立(ついたて)があり人ひとりが隠れられるようになっていた。

 いつの間にあんなものが……しかし、持ち運びのできる衝立のようで、簡単に覗かれてしまいそうだ。


「大丈夫、覗いたりしませんよ。ここでじっとしていますから、早く着替えてきてください」


「は、はい。かしこまりました。ただいま着替えてきます」


 ソニアは、衣装を両手で持ち上げ衝立の向こうへ行き、急いで着替えた。鏡がないので、衣装を着けた姿がどんな風なのかはわからないが、そのまま王子の前に戻った。

 王子は両手を上げて、にんまりとしている。


「素晴らしい。完璧ですよ。これで完全に役になり切れます」


「はっ、はあ。そうでしょうか」


「自信をもって、さあ練習です」


 ピアニストが現れ伴奏を弾き始めた。二人は歌いながら今までに覚えた振り付けを思い出して動きおさらいした。王子の方は衣装は着けていなかったのだがすっかり役になり切っている。一曲終わったのでソニアが言った。衣装を着けていると動くのが少々苦しい。


「あのう、もう着替えてきてもよろしいでしょうか」


「ああ、気がつかなかった。着替えてきてください。しかし、これなら完全に役になり切れます。ソニア様がステージに出ていても誰も気がつかないでしょう」


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 やはり、いずれステージに立つことになるのだろうと思い、身震いがする。歌は好きだったが、あんな立派なステージで多くの聴衆の前で歌うなど今まで思いもしなかった。そう、王子と出会うまでは。

 衝立の陰に隠れて着替えを済ませ、再び王子の前に戻る。今日はもう婚約するかどうかの返事をしなければならない。


「陛下、お話がございます」


「何だ? 畏まって、話してみろ」


「婚約についてのお返事でございますが……」


「あれ、もう決まっていたんじゃなかったのか。婚約するって」


「一か月間考える時間を下さるとおっしゃっていたのでは……」


「そんなこと言ったっけなあ。それで考えていたのか?」


 なんだかとても言い出しにくくなってしまった。考える時間をくれると言ったのは王子の方だったのに、しらばっくれているのだろう。


「それで返事は?」


「はい、お返事は……婚約することにいたします」


「……そっ、そうか。よかった。心変わりしないで……もう私は、婚約したつもりになっていたので」


「すみません。何か、私悪いことを言ってしまったようで。気にしないでください」


「気にしてない! でも、迷っていたのかと思うと……悲しいな」


「本当に、申し訳ありません。迷ってなんかいません。私なんかでいいのかなと思っていただけです。もっとふさわしい方がいるのかもしれないと」


「もう、それは言わないでくださいっ! 私がいいと言っているんだからっ!」


「はっ、はいっ! 承知しましたっ! もうそのことは言いません!」


 話しをしていたら、だんだん駄々っ子を相手にしているような会話になってきた。相手は権威ある王子だというのに。楽屋でジョージになり切って会っていた時は、男爵家のジョージのように振る舞っているのだろうか。今はどんどんフレデリック王子のペースに巻き込まれている。これからもそんなふうに、嵐に巻き込まれるように、フレデリック王子に巻き込まれてしまうのだろう。

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