第26話 心の赴くままに

「ソニアさん、悩み事は何ですか」

 

 パトリックはずばり、ソニアに訊いた。


「悩んでいるような顔をしていましたか?」


「困ったような、表情はしていました。僕は人の気持ちがわかる」


 人それぞれ特技というのは違うもの。パトリックの特技は人の気持ちが読めることなのだろうか。そんな特技がある人になら、話してしまおうとソニアは思った。


「秘密にしなければならないことが色々ありまして、それで一人で悩んでいました。私、歌の練習をしておりまして、上手になったらステージに出るようにある人から言われています。その事は、両親は知りません。口止めされているからです。もう一つの秘密は、ある方と親しくしているのですが、その方と婚約していいかどうか悩んでいます。私に悩む自由があるのかどうかわからないのですが……」


 ここまで言うことはできたが、最も重大な誰なのかは言えない。ここまででも、話してしまって大丈夫なのだろうかと、パトリックの方を見た。


「よく話してくださいました。僕に話して大丈夫かどうか、悩んだでしょう。僕は絶対に他言はしませんので」


 それも、彼は見抜いていた。


「思い切ったことを言うようですが、迷うようならやめてしまった方が良いのではありませんか。自分の心に忠実に、心のままに進みたい方へ進んでいかれた方がいいと思いますが。体面とか打算とかそういう物から、一度自由になってみたらいかがでしょうか。必要なら僕が手助けしますよ」


「やはり話してみてよかった」


 パトリックの上に見えた透明な青い空は、本物だった。しかし、夢の中で言われた僕と付き合ってくださいという言葉はなかった。そこだけは夢とは異なっていた。二人は、歩みを止めてお互いの顔を見た。夢の中で言われた言葉を思い出し、ソニアはついクスリと笑ってしまった。


「僕の顔に何かついていますか」


「いえ、ちょっと思い出し笑いをしただけです」


「いつでもまた来てください。力になりますよ」


 二人は方向転換して、医院の方へ引き返した。ソニアもあまり長くなると申し訳ないと一緒に戻ることにした。気持ちは少し軽くなり、パトリックと別れて家へ向かった。


―――自分の心に忠実に、心のままに進みたい方へ進んだ方がいい


 その通りだった。次にフレデリック王子に会ったときは心の赴くままにしようと心に誓った。


 数日後、王宮から迎えの馬車が来て、ソニアは執事と共に乗り込んだ。イザベラはそのたびに羨ましそうにソニアを見つめている。


「あの素敵な王子様と王宮でデートだなんて、いいわねえソニアは」


「そんなこと言わないで、いろいろ気苦労もあるのよ」


 ソニアは、最近は言われるたびにそう答えている。今日はどんな無理難題を課せられるのだろうかと、ハラハラしている。


「今日は、いつもより堂々としていますね」


「あら、そう見えますか。いつもと何も変わりませんが」


「いつもは、びくびくして入ってくるので、こちらが何か悪いことをしているような気になっていました。堂々としていた方がいい」


「はっ、はい! これからは、そうします!」


 ピアノのそばに二人で立ち、発声練習をしてから楽譜を見ながらの練習に入った。いつもより声ものびのびと出て、気分は良かった。歌っているのは楽しいし気分もよいが、


―――心の赴くままに


 パトリックの言葉が心に響いている。


「振り付けもしましょう」


 王子は、手を伸ばしてソニアの方に差し出している。


「あっ、ああ。はい!」


 ピアノの伴奏が始まり、ようやく覚えた振り付けをしながら歌う。うっかり違う方へ動こうものなら、手がギュッと引っ張られ引き戻される。ぐるぐると回転させられたり、座らされたり、抱え上げられたり身の軽さが試される。そう、新しい役柄は妖精だった。ダンスなど習ったことのないソニアは、体中の力を入れて王子に引っ張りまわされる。一曲終わると目が回ってくる。


「ふっ、ふう。やっと一曲終わった……」


「まだ一曲目ですよ。これからまだ十曲ぐらい残っています」


「そうでした……」


 昼過ぎから始めた練習だったが、終わった時には窓から美しい夕焼けが見えていた。ようやく休憩時間になり、二人でお茶を飲むと王子は言った。


「流石、私が選んだ人だ。もう後戻りはできませんよ。秘密を共有しているのですから」


「……そ、そうですよねえ」


 陛下の脅迫めいた言葉に、ソニアはひるんでしまった。結局何も言い出せないまま家に帰ることになった。

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