第17話 真実
次の公演が始まった。もう二度と劇場へ行くことができないとあきらめていたソニアだったが、フレデリック王子が父の目の前で後一度だけ楽屋でジョージに会ってもいいと言ってくれたおかげで、再開できることになった。どんなにジョージが殿下の友人でも、再び合うことを許すなんて、合点がいかなかった。でもいいのだ。認めてくれたのだから、行ってみよう。いつものようにソニアは、姉のイザベラと共に馬車で劇場へ向かい、二人だけで観劇した。題目は違っていたが、幕間の休憩時間が来て、するすると楽屋へ忍び込んだ。フレデリック王子の方は、カウンターにいたが、取り巻きの女性たちに囲まれている。婚約は秘密裏に行われ、まだ公表されていなかった。イザベラはもう一緒にとり囲んで以前のように話をする気にはなれず、飲み物だけを黙って飲んでいた。女性たちは、不思議そうな顔をしてイザベラを見ていた。
楽屋へ入ったソニアは、はやる気持ちを押さえて彼の座る鏡の前に進んだ。息を切らして鏡の前に座っている姿は、以前と同じだった。会えた嬉しさで抱きしめてくれたのに、この日は違っていた。やはり気まずいのだろう。
「ソニアさん、二人だけの秘密がばれてしまいましたね」
「はい、そして思いもしない事態になってしまいました」
「知っています。陛下と婚約されたそうですね」
「申し訳ございません」
「あなたが謝ることではありません。ソニア様、もう一つ秘密にしておいて欲しいことがございます」
「何でしょうか?」
そう言うと、ジョージは下を向き頭に手を添え、髪の毛を引き抜いて……。
そのしぐさに驚いたソニアは、叫んだ。
「おやめくださいっ! 何をなさるんですかっ!」
引き抜いたと思った髪はすっぽり抜け、下から金色の輝く髪が現れた。そして、緑色の瞳が下から覗いて……
「あなた様は、もしやっ! フレデリック王子様! ですね!」
「やっとお分かりになりましたか。私です。あなたがこの間婚約して下さった、フレデリックです」
「ということは、ジョージ様がフレデリック王子様で、フレデリック王子様がジョージ様だったということ。私が婚約したのは、ジョージ様だと思っていたフレデリック王子様ということですか?」
「そうです、ここであなたがいつも会っていたのは、フレデリックです」
「そ、そ、そっ、そんなことがあ―――とても信じられません!」
「……これは話すと長いことになってしまいますが……」
彼は、こうなったいきさつを事細かく説明し始めた。カレッジを卒業した後も、歌やお芝居が好きなあまり、歌い続けていたこと。ジョージに宮殿へ来てもらい一緒に稽古をし……同じように上達していったこと。そして、密かに第一幕だけ出て、終わると、この楽屋へ来てフレデリック王子に戻り、ボックス席へ戻っていたことなど、すべてが信じられないことばかりだった。
「だから、ジョージとお別れする必要は無いのですよ。僕がジョージだったんですから。これからもお会いするためには、あなたと婚約してしまうしかなかったんです」
「そっ、そんなあ。わたくしが好きになったのは、歌手で男爵家のジョージ・オズワルド様。フレデリック王子様ではありません」
「何をおっしゃっているのですか。だって同一人物ではありませんか! 喜んで下さるかと思いました!」
「また、同じ方にお会いできるのはいいのですが、私は王子様とは釣り合いません。無理でございます!」
「身分の違いなど愛の前には、恐れることはないと以前おっしゃいましたよ。お忘れですか?」
「……あっああ……そうでしたね。しかし、それとこれとは違います! 私に王子様の妃は務まりません。そんな能力は、ありません」
「それがあなたの本音ですか」
フレデリック王子は、悲しげな顔をした。いつもここで会うときは、こんなふうではなかった。楽しげで心から会えることを喜んでいた。
「ご、ごめんなさい。悲しませるつもりはなかったのですが」
「無理やりですが、婚約してくれたのですから、あなたにつらい思いをさせないようにしますよ」
「辛いだなんて、私、言いすぎました。でも、私のような娘、陛下の足手まといにしかならないような気がします。常識的に考えてもそうです」
「足手まといなんかにはなりません。僕がそう信じているんですから。まあ、この先大変なことがないとは決して言えませんが、一緒にいてほしい。その気持ちは、誰にも負けません!」
「そのお気持ちは嬉しいです。ジョージ様だと思っていた時と同じです」
「中身は同じですから。あなたを想う気持ちに変わりがないことだけは覚えていてください」
ソニアは、楽屋をしみじみと見まわした。そしてジョージからフレデリック王子へ変わった目の前の人を見つめた。
「こんなことをしている私のことが、おかしいですか? 歌への夢が捨てきれずにこんな形になってしまったんです」
「ジョージ様としてではなく、ステージで本当のお名前で演じてくださればいいのに!」
「無理ですよ。皇太子が歌手だなんて、誰も許してくれないでしょう」
「そ、そんなことは。いつか、お客さんも理解してくれるはず。望みを捨てないでください。私も協力します」
「ありがとう。ああ、それから、ソニア様がよくお考えになった結果、やはり私とは結婚できないと判断されたら、潔くあきらめます」
「……え、その時は、どうなるのですか?」
「婚約は取り消しです。あいにく公表はしていませんので……ただしこのこと、というのは僕がオペラに出演していたことは決して口外しないでいただきたい」
「はい、分かりました。私の気持ちを大切にしてくださっているのですね。お返事はいつまでに?」
「一か月間はお考えになってください。ここへ来るのは一度だけとお父様の前では言いましたが、この公演が終わる一か月間毎週来てください。それから、もう一度あなたの口からお気持ちを聞きたいです。お姉さまにも黙っていてくださいね」
「それで、よろしいのですか。私は、陛下からの申し出はご命令だと受けていましたが」
「命令だから、婚約するんですか……それじゃあ、ソニア様の心は永久に僕の元には来ません。いいお返事をお待ちしています。私も全力で、フレデリック王子として気に入っていただけるようにします」
ソニアはフレデリック王子の口から出た意外な言葉に、心底驚いていた。取り消してもいいのだという、自分の気持ちを尊重して行ってくれた言葉が心に響いていた。もう後戻りすることはできないのだと思いながらも、運命に従う覚悟を決めていたからだ。
「さて、そろそろ休憩時間が終わってしまいます。私は、この後フレデリック王子に戻ってボックス席へ戻ります」
「では、第二幕は誰が出演するのですか?」
「ジョージ本人がです。第一幕と休憩時間はフレデリック王子として振る舞っていたジョージが別の楽屋で着替えて、ステージに戻ります。最後までステージに立ち挨拶をして幕が閉じます。私は、フレデリック王子として、王宮へ帰ります」
「そういうことだったのですか。今まで全く気がつきませんでした。それほど陛下の歌や踊りは素晴らしく、誰に目から見てもジョージ本人と何ら変わるところがなかったのです。それだけ陛下が素晴らしかったということです」
「褒めてくださったのですね。そう言っていただけると、嬉しいです。私も彼のように歌えることが嬉しいですから。さあ、そろそろ戻らなければなりません。行きましょう」
「はい、このことを知らせるために、楽屋へ来るようにとおっしゃったのですね」
「ええ、フレデリック王子とジョージが同一人物だということを伝える必要がありましたので」
かつらを取って、金髪に戻ったフレデリック王子は、ソニアの髪を優しくなでて額にキスをした。ジョージになっていた時と同じ、優しいキスだった。ソニアは彼の手をそっと握って楽屋を後にした。
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