第15話 ジョージの返事

 ラムジーは、オズワルド男爵家の住む場所を地図で調べ、馬車で出かけていった。街からはだいぶ離れている。街で暮らすラムジーにとっては、かなりの田舎で、周囲は畑や森ばかりだった。夜になったらさぞかし物騒な所だろうと思いながらようやく馬車はオズワルド邸に着いた。執事に自己紹介をし、男爵を呼んでもらった。始めてくる来客に、ジョージの父オズワルド男爵は驚きを隠せなかった。


「ほお、都にお住まいのラムジー・カールトン様でいらっしゃいますか。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「息子さんのジョージ様に是非お伺いしたいことがございまして、不躾ではございますが、お伺いした次第です」


「息子のジョージに御用ですか。どのようなご用件でしょうか?」


「実は、お恥ずかしい話で、直接お会いして確かめたいことがあるのですお呼びくださいませんか?」


「ふ~む、そうですか」


 何のことかと、オズワルド男爵は腕組みをして少しの間考え、執事に息子を呼んでくるように耳打ちした。ここでは言えないような話のようだ。


「お待たせしました。わたくしがジョージです、カールトン男爵様」


「あなた様でしたが。お伺いしたいことがあるのです」


「はい。ここでは何ですからお部屋の方へご案内しますので、ささ、こちらへどうぞ」


 ジョージは、先頭を切って部屋へ案内してくれた。


「お話というのは?」


「娘のソニアの事なのですが、お分かりになりませんか、ジョージ様」


「娘さんとは、楽屋でお会いして、親しくさせていただいています」


「そのようですね。娘から聞いたばかりで、私は驚いています。いつの間にかあなた様とお付き合いをしていたのかと。ところが、本日王様より娘のソニアと婚約したいと申し入れがあったのです。フレデリック王子様のお願いということで……天地がひっくり返るほどのお話でございました。ところが、娘はあなたとお付き合いしているということではありませんか。それも、驚くべき話です」


「申し訳ございませんでした。お父様に内緒でお会いしてしまい。そこで、カールトン様にお願いして、婚約して堂々とお付き合いしたいと、お嬢様にお話ししました。しかし、それはフレデリック王子からの申しがあるなどとは、予想しておりませんでした」


「するとやはり、ジョージ様も、フレデリック王子様のお考えに従うということですな?」


「それしかありません。相手は皇太子殿下ですので。私のようなしがない男爵家の息子が何を主張しても、通ることではありません。そういうことでしたら、私は潔く身を引き、お嬢様のお幸せをお祈りするしかないでしょう」


 ラムジーはやはりそう言うことかと、ふーっとため息をついた。娘にもそのように伝えるしかない。どんなにがっかりしても仕方のないことだ。来る前からわかり切っていたことだが、本人の意志を確かめたのでソニアもあきらめるだろう。


「それでは、私はもう失礼いたします。突然お邪魔して申し訳ございませんでした」


「いえいえ、カールトン様もこれから大変でしょう。お気をつけてお帰り下さい」


「あのう、この話は口外なさらないよう、よろしく願いいたします」


「もちろんでございます」


 ラムジーは、再び馬車に乗り込んだが、帰り道はさらに気が重くなっていた。街を囲む塀の中へ入ると、さらに憂鬱になったが、これも乗り越えなければならない壁だ。


 家では、二人の娘たちが、帰りを待ちわびていた。


「お父様、ジョージ様は、何とおっしゃっていましたか?」


「それがなあ、言いにくいことなのだが……彼は皇太子殿下の意向のままに従うと……」


「そっ、そんな馬鹿なことが! 御冗談でしょう? 彼の口からそんな言葉が出るなんて、しんじられないわっ!」


「だがなあ、ジョージ様にお会いして直接聞いてきたのだ。間違いはない」


「嘘でしょう! 嘘だと言って! お父様!」


「可哀そうだが、フレデリック王子様のご意向のままにするしかないだろう」


「いやよ――っ! 私は、私は、ジョージ様が好きだったのに――っ!」


「わがままを言うのではない。殿下がお望みなのだ。こんな、事は我が家始まって以来の出来事、お前も身に余る幸せなことだ」


「幸せじゃないわっ! 何とか、お断りする方法はないのかしら?」


「……う~む。それはないだろう。お断りするということは、この国を出て行くということだ。そんなことになったら、皆路頭に迷ってしまう」


「うっ、うっ、う……」


 ソニアは、テーブルに突っ伏して泣いている。隣では茫然自失のイザベラがやはり涙を流しながらぼおっとしている。母親のネリーは、自分の全く知らないところで起きた出来事の様に二人の娘たちを見つめ、おろおろしている。訳が分からず、誰の味方をしたらいいのかも全く分からない。しかし、断りようがないということだけは確かだ。


「ソニア、ここは殿下のお望みのままにするしかないのでは?」


 その言葉は、さらにソニアの心を固く閉ざた。


「お母様まで、そんなことを……もうわたしは、どうすることもできないの……」


 イザベラは、顔を上げそソニアを睨みつける。


「ソニア、あなたいつの間に陛下の御心をつかんでしまったの。陛下になんか気がないって言っておきながら、私に抜け駆けしてたんじゃないの? 陛下も思わせぶりな言葉を私に行って、期待してしまったわ。ソニア、お断りするなんてないわよね。こんな良い話は他にないわ。ジョージ様の事はあきらめるしかない」


「もういいわ、みんな! 私を一人にしておいて!」


 ソニアは、椅子から立ち上がり部屋を飛び出し階段を駆け上り、自分の部屋へ入るとバタンと勢いよくドアを閉めた。


 ああ、何ということでしょう! フレデリック王子様の頭上には灰色の雲が立ち込めていた。あれは何かが起こる前兆だったの? 私と結婚することで、何かよくないことが起こるのでは……しかし、それを告げたところで何のことやら陛下にはわからないだろう。私は、これからジョージ様への思いを胸に抱きながら、フレデリック王子のところへ行かなければならない。どんな運命が待ち受けていても、もう後戻りはできないのだ。


 部屋でひとしきり涙を流し、考えに考えた末、ソニアは夜になって父のラムジーに告げた。


「分かりました、お父様! 私、決心しました。フレデリック王子様と婚約いたします!」


「おお、そうか。そうしてくれると私たちも助かる。よく決心した、ソニア。お前に我慢させて悪かったな。しかし、後いなれば後悔はしないはず。しっかり陛下にお仕えしなさい」


 フレデリック王子の望みとあらば、初めから選択の余地などなかったのだ。もうあとは、決められたことに従おうと、ソニアは覚悟を決めた。


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