第3話 泡沫時代(1)

 私の意識は一瞬で時間ときを遡る。二〇二〇年の現代から一九九〇年へ。忘れられないあの夏へと。

 時はバブル経済期。一九八六年一二月から始まった好景気は株価を押し上げ、土地を高騰させた。警備員になったばかりの私もバブルと無縁ではなかった。当時の労務管理の杜撰さも手伝って、四八時間連続など人手不足ゆえのデタラメな勤務があった一方、私に分厚い給料と賞与の袋を与えてくれていたのだ。もちろんそれは北国銀行振り込みではあったが、賞与は白地に赤い文字の入った北国銀行の封筒が机の上に立つくらいの厚さがあった。今では信じられない話だ。

 もう一生、金には困らないのではないか。逆に、このままでは忙しすぎて死んでしまうのではないか。金はもういい。少しばかり休みがほしい。そんないかにも世間知らずな金銭感覚に私は囚われていた。そうした感覚は私だけのものではなかったと思う。金なんぞもう要らない。そんな気持ちになれるほど世に金は溢れ、モノが溢れていたのだ。日本は浮かれていた。ちょっとの移動にもみんな電車ではなくタクシーを使った。この田舎町、古田市であってもそれは同じで、古田市駅はタクシー待ちの場所ぐらいにしか思われていなかった。

 その頃の私といえば、タクシー待ちに飽きた女の子たちをナンパするのが楽しみだった。私が持っていた大排気量の白いスポーツカーと照井のイケメンと話術。これでだいたいの女の子はものにできた。私と照井は「向かうところ敵なしのナンパ師」みたいに自分たちのことを思っていた。敵なしといえば、私は剣道二段で空手二段だった。当時の照井は簿記一級。珠算三段。二人合わせれば文武両道。やはり私達は無敵だった。

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