三、幼き人狼駆除組合員たちの来訪

 ロジャーが戻ってきてから数日経ったある日。カミラの家で、昼餉ひるげを食べながら、二人は話をしていた。


 その日は、今夜が満月であろうことはわかっていたから、夕刻には抜け出さねばなるまい。幸い、今回は病床の伯父が心配で、ロジャーの父が町へ残っていたので、抜け出すのは容易たやすいだろう。そんな話をしながら、昼餉を食べ終え、いったん家へ戻るというロジャーを送ろうと外へ出たとき、カミラの目には真っ赤な頭巾が目に映った。胸が強く脈打つのを、感じた。脚に震えが走り、思わずロジャーの腕をつかんだ。ロジャーは気にすることなく、だがカミラと同じ方向へ目線をやっていた。


(人狼駆除組合……!)


 昼餉の時刻だ。みな、仕事を一休みし家へ戻っているため、誰も彼らに気づかなかったのだろう。遠目から見てもずいぶん若そうな二人が、困ったように立ち尽くしていた。だがこちらに気づくと、大きく手を振り走ってきた。


 二人とも、まだ子供だった。片方は十代半ばの少女で、栗色の巻き毛を赤いリボンで二つ結びにし、手編みの籠を持ち、赤い頭巾付きのケープと、黒いワンピース。ケープやワンピースにはフリルがあしらわれ、一見すると良家のお嬢さんにも見えなくもない、可愛らしい出で立ちだった。

 もう一人は、まだあどけなさの残る少年で、赤い帽子をかぶり、赤いジャケットに黒い半ズボンと動きやすそうな格好だった。髪は少女と同じく栗色の巻き毛で、黒目がちな大きな目を、物珍しそうに周囲へ向けていた。そして二人とも、花の形をしたブローチを付けている。少年は、顔立ちが少女と似ているところがあるため、二人は姉弟なのだろうか。


 カミラはロジャーの腕を離さず、走り寄ってくる二人に気取られぬよう、にっこりと笑ってみせた。恐らく、以前襲ってきた組合員ではなさそうだ。こんな幼い組合員は初めてだから、間違いない。普通に接せねば。


「こんにちは!」


 二人は同時に、元気よく挨拶をしてきた。こちらも、こんにちは、と返すと嬉しそうに二人は笑う。


「村長さんのお家はどこですか?」


 少年が、礼儀正しく聞いてきた。しかし少女がそれを見るとこつんと、少年の頭を小突く。


「こら、セシルちゃん。まずはお名前を名乗ってからでしょ。おばあちゃまにも、そう教わったでしょう」


 そういうと、少女は居住まいを正した。少女の様子に、少年もならうようにピシッと気をつけの姿勢を取る。その姿は、無邪気な子供の姿そのものだった。


「はじめまして。人狼駆除組合のキティって言います。こちらは弟のセシル。村長さんのお家を訪ねたいのですけど、どちらですか?」


 キティと名乗る少女の言葉に、カミラの瞼はぴくりと反応してしまった。気取られてはいけない、そう思いながら、口が開けなかった。代わりに、ロジャーは首をかしげながらも二人の様相を眺めながら答えた。


「そんなかしこまんなくていいけどさ。村長は俺の親父だけど、今は町にいるし、まだ帰ってこないよ」


 ロジャーの砕けた様子に、キティは幾分か緊張を解いたように、屈託なく笑った。


「あははっ。村長さんの息子さんて、感じ軽いのねぇ」


「よく言われるよ。それで、君ら何の用? 立ち話もなんだし、俺んち行こうぜ。じゃあな、カミラ」


 にやりとロジャーは笑い、そして離れる間際にカミラにそっと耳打ちした。事情が読めないから、戸締りをして、家に隠れているように、と。カミラは頷き、そっと腕を離した。


 ロジャーは二人を案内するように前へ先導しつつ、一度だけこちらに振り返り、手を振った。後をついていく二人も、ロジャーと同じようにこちらへ笑いかけながら、無邪気に手を振っている。カミラもにこやかに笑いながら手を振り返し、彼らが家へ入るのを見届けると、そっと自宅に入った。その瞬間、即座に内鍵をしめ、走って窓のカーテンを閉めると、そのままへたり込むように座り込んだ。


 心臓が早鐘のように脈打ち、息苦しいと感じたときには、自分がいつの間にか息を止めていることに気づき、慌てて口を開き深く息を吸い込んだ。冷や汗が流れる。

 もう、ここに居られないのかもしれない。その思いが、深く心を縛り付ける。


(……どうして、人狼駆除組合が、来たの? 呼ばれない限り、彼らは来ないはず)


 一番、嫌な想像が出てきて、慌ててそれを打ち払うように首を横に振った。ロジャーを一番に疑うなんて、最低な気分だった。もしかしたら、ロジャーの父が不安に思って呼び出したのかもしれない。そうだ、村長を訪ねに来たのだから、そうに違いない。

 今日は、春のとても暖かい日で、寒さなど感じないはずなのに、うすら寒さを感じた。独りでいるのが、心細い。ぎゅっとカミラは己を抱きしめた。ロジャーの側に、いたかった。



**



 客人二人を家へ招き席に着かせると、ロジャーは手際よく、町で買い入れた果物を切り分け、二人をもてなした。キティたちは礼儀正しく、お礼を言って嬉しそうに果物を頬張りながらも、依頼主の息子に失礼のないよう、改めて居住まいを正した。そういえば名乗っていなかったな、と思ったロジャーは自分の名前を名乗ると、二人は元気よく、よろしくお願いします。と同時に言った。


「それにしても、本当に派手な格好をしてるんだな、人狼駆除組合ってのは」


 切り分けた際に果物の汁で汚れた手を布巾でぬぐうと、二人と向かいあうように席に着き、話題をなんとなしに振る。父親が人狼駆除組合に所属していたのだから、その恰好を見たことがないわけではなかったが、あえてそう言ってみたところ、自慢げにキティは胸を張った。まるで、勲章のようにこの服装を誇りに思っているようだった。


「お兄さんは、人狼駆除組合は初めて見るのね? わたしたちにとって、この恰好はすごぉく意味があるのよぉ」


 もともと、こういう口調が素なのだろう。間延びした口調だが、誇らしさがにじみ出ていた。


「オオカミさんをやっつけるときに、血が目立たなくて済むしぃ、赤い服とか、フードをかぶったりして、コランバインのブローチをつけていれば、わたしたちは仲間だってすぐにわかり合えるのよ」


 うんうんと、隣に座るセシルは頷いた。彼も誇らしげな表情だった。それほど二人には、この組合員であることに誇りを持っているのかとロジャーは、ぼんやりと思う。


 へえ、と同調しながら、どのくらいの歴なのかと聞いてみると、キティは今、十六歳で、十二のときから正式な組合員として働いている。だが見習いは八歳の時から始めているので、実際には八年ほど携わっているという。セシルは十二歳で、キティと同じく八歳から今も見習いとして働き、近々、正式な組合員のテストを受ける予定なのだという。そういえば昔、父に連れられて本部に行ったことがある。そのとき、大人の組合員に引っ付いている小さな女の子を見たような覚えがあったから、きっとそれがキティだったのだろう。


 また、コランバインのブローチも、頭領は三つの花、一人前は二つの花、見習いは一つの花と決まっているので、これも仲間内だと判断できる材料なのだそうだった。いつもは、キティとセシルは任務に臨む際、大人の組合員と組むように指示されているのだが、キティも正式な組合員として働き始めてから四年とベテランの域に達してきたこと。セシルも四年の見習い期間があるため、今回から姉弟で組むことを許してもらったのだということも教えてくれた。


「ねえ、ロジャーさん。さっき一緒にいたお姉さんは、ロジャーさんの恋人?」


 やはり十代の娘らしい質問だった。目を輝かせて、わくわくした表情で聞いてくる。


「そうだよ」


 そう答えると、きゃーとキティは黄色い声を上げた。あまり根掘り葉掘り聞かれたくもないので、宿はどうする予定なのかと尋ねてみると、まだ決めていないそうだった。このあたりが、まだ子供なのだろうな、とロジャーは思いつつも、それなら我が家に泊まっていくよう勧めた。宿屋は金がかかるし、子供らだけでは泊めてもらえない可能性もあることを伝えると、キティはあからさまに不満げな表情であった。子ども扱いされることを嫌うのだろう。実際には、恐らく人狼駆除組合と名乗れば、相応にもてなしてはくれるだろうが、それでもロジャーは家へ泊まるよう勧めた。今晩は、鹿肉くらいなら振る舞えるぜ、と伝えると、セシルは嬉しそうに歓声を上げたが、キティは申し訳なさそうな顔をする。


「あら、せっかくなのにごめんなさい。わたし、お肉って大嫌いなの」


「僕は好き! お肉好き!」


「そりゃお前、ちいせえから食わなきゃな。なんで嫌いなの?」


 そのとき、この話題をこれ以上続けなければよかったと、つくづくロジャーは後悔した。先ほどまで無邪気な様子でいたキティの顔が、真っ青になり、だが目は爛々と輝くように見開かれ、深い笑みを浮かべた。それは、なにかに憑かれている、と言われても信じられるような、そんな凄絶な表情だった。なにか触れてはいけないものに、自分は触れてしまった。ロジャーの勘はそう叫んでいた。だが、時は巻き戻せない。


「オオカミさんが食べてるところ、見ちゃったの。私の両親のお肉を食べてるところ。あっはははは、やんなっちゃう! ぎゃっはははははは」


 それから、げらげらと、少女らしからぬ下卑た笑い方で哄笑するその姿に、背筋が凍るような思いを抱いた。父親が人狼駆除組合に所属していたときに、同僚に会わせてもらったこともある。人狼に愛する人を食われたことがある人もいるのだと、教えられていたから、きっとそういう人にも会ったことはあるはずだった。だが、ロジャーが今まで見てきた父の姿や同僚は、ここまでなにか、心に冷たいものを感じるほど狂気にあふれた人は、いなかったはずだった。


 隣に座るセシルは、もう慣れてしまっているのか。平淡と姉の笑う姿を眺めていた。ふ、と笑い声が途切れたと思ったとたん、顔を上げたキティは、より狂気にゆだねるように、裂くような笑みを浮かべた。


「あ、でもね? オオカミさんの肉を生きたまま捌くのは、大好きよ」


 その言葉に、もうこれ以上付き合いきれない。という思いが突き上げた。彼らを呼んだ、本題に入らねばなるまい。ロジャーは深いため息を吐き、古ぼけた我が家の天井を仰いだ。


**


 夕日が差し込む頃、あれからずっと膝を抱えたまま、カミラは動けないでいた。そろそろ外に出て隠れないと、満月が昇る。今日は本当に晴天だ。あの日のように雨など降らないだろう。心細さと、不安に押しつぶされそうになりながらも、なんとか立ち上がったその時、窓を叩く音が聞こえた。


 一瞬、あの二人が訪ねてきたのかと身を固くしたが、震える手で軽くカーテンを開くと、安堵した。ロジャーだった。だが、ロジャーの様子がおかしかった。あまり普段、慌てるような姿を見せないのだが、どこか焦燥感に満ちた表情で、早く窓を開くように口を開いている。


 それを見て、ただ事ではないとカミラは窓を開いた。春でもこの地方は、夜は冷え込む。夕焼けと共にやってきた冷気が一気にカミラの体を震わせた。声をかけようと思ったその間に、声をひそめながらも口早に、ロジャーはまくし立てた。


「カミラ、早く逃げろ! あいつら、親父が呼び出してたみたいで、お前を殺しに来たんだ。俺があいつらを引き留めるから、早く森へ逃げろ!」


 血の気が引いた。だが、どうすることもできなかった。一緒にいてほしいとは、言えない。唇を噛みしめ立ち尽くしていると、ロジャーは窓に乗り出し、カミラに口付けた。離れた瞬間、涙が零れたが、別れを惜しんでいるいとまは、なかった。ロジャーは顔を歪めながらも、駆け足で自宅へ戻り、カミラは窓を乗り越えると、森へと走っていった。

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