魔王様は荷物持ち

@beginner-

#1

ピンと張り詰めた雰囲気の中、場違いな若い女の声が厳粛な会議場に軽快に鳴り響く。


「それでは多数決の結果、魔王さまが人間の領地へと赴き、次の勇者の教育係を務める事を決定させて頂きます!」


女は確認をするかのように周囲を見回すが反対の声は上がらない。それどころか、幹部共は魔王様なら任せても安心だとでも言うように、腕を組んでしきりに頷いている。


それはそうだろう。だって、反対してるの俺だけだもん。俺以外の皆が諸手を上げての大賛成だもの。そりゃあ決まっちまいますよね。


『やりましたね、魔王さま!』


そんな幻聴が聴こえそうな笑顔でこちらにサムズアップを向ける秘書に対し、俺は感謝の意味を込めてアイアンクローを贈りたかったが、このままでは気苦労で俺の精神が擦り減らされかねない。


俺は幹部達に動揺を悟られないようにとゆっくりした動作で口元で指を組んで、睨みを効かせる。


「お前ら、おかしいとは思わないのか?何故、最優先で守らなければならない存在を敵地へと送り出そうとするんだ。鴨がネギを背負って肉屋に捌いて下さいと頼みに行くようなものだぞ。」


「ですが…この案件に関しては、魔王さまが一番適任なのです。なにせ、人間たちの技術を盗みに行くわけですので、本人の目で確認するのが一番手っ取り早いのです。それに、魔族で一番実力のある魔王さまならば、万が一の事が起きようとも自力で切り抜けて下さると信じていますので。」


秘書の陰のない朗らかな笑顔で言われてしまえば、その言葉に嘘は無いのだろうと信じてしまう力があった。


その信頼に少々申し訳無さを感じつつも反論する。


「だが俺が魔王だとバレてしまったら人間達はどうすると思う。全軍をあげて俺を拘束し、ありとあらゆる拷問にかけて情報を引き出した後に殺されてしまうかもしれないんだぞ!」


「その点に関してはご安心ください!」


秘書が胸元から付箋がビッシリと貼られたメモ帳を取り出し、パラパラとめくる。


やがてピタリと止まり、そのページの一箇所を指でなぞる。


「魔王さまは以前から人類への侵略は反対していた事もあり、魔王さま本人が人間の領地へ赴いたことはありません。二度ほど人間たちが攻め込んで来たこともありますが、その時は魔王さま自らが指揮を執り、敵軍を全滅させていますので魔王さまのお姿が相手側に伝わっている可能性は限りなく低いと見ても良いでしょう。幸い、魔王さまのお姿は人間たちと見比べても遜色ありませんので。ですのでーー」


秘書はメモ帳をぱたんと閉じると眩しい笑顔を浮かべた。


「ーー何も心配はありません!」


何も心配ありませんじゃねーよ。何でお前、こんな時に有能っぷりを見せつけてくれちゃってんのよ。その有能さで俺の全身から発してる嫌そうな雰囲気を感じ取ってくれよ。


俺は褒めて下さいと言わんばかりにキラキラと目を光らせる秘書を無視して組んでいた指を解き、椅子の背もたれに寄りかかるようにして議場の天井を見上げた。


明るいライトが眼に突き刺さり、眼の奥がツンと痛くなる。


目元を指で軽く押し解しながら体勢を直す。


「決定は覆らないのか?」


「魔王様を除いて満場一致ですね」


「チクショウ!」


ダメだった。


俺は前のめりになって頭を抱える。


「誰だよ!こんな、勇者を育てようとか言い出した奴!出て来いよ!俺が相手になってやる!」


「この案件を出された方ですがーー」


秘書が今まで使われていた指し棒を畳み、こちらにチラリと目線だけをくれる。


「魔王さまご本人ですね」


その言葉を最後に退出していく幹部たちの背中に俺は何も言えなかった。

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