第6話 怒りの鬼と守る鬼

 俺は霊気を込めた炒り豆を巨大鬼に向かって打ちつける。じっちゃん直伝の鬼祓い。放たれた豆粒は巨大過ぎる標的に全弾命中。その瞬間に豆は弾け、ヤツはバランスを崩し転倒した。歩くだけで軽度の地震を起こしていたのだ。倒れた時に発生したその振動は、まともに立っている事も出来ない程の激震。

 山の木々の多くをなぎ倒し、俺も思わず四つん這いになる。


 攻撃を受けた巨大鬼はと言うと、豆が当たった部分にダメージを与えられてはいたものの、傷が軽微だったのか徐々に修復されていく。転倒のダメージから回復した俺が立ち上がった時には、ほぼ同時にヤツも立ち上がっていた。

 まるで、さっきの攻撃が無意味だったかのように無傷な姿となって。


「くそっ! なんて鬼だよ……」

「ウオオオオ!」


 今まで無表情だった巨大鬼は、さっきの豆攻撃に危機を感じたのか顔を歪ませ、明らかな殺意を持って俺に向かって攻撃の意思を見せてきた。その体格差を利用して踏み潰しにきたのだ。

 振り上げた足がものすごいスピードで振り下ろされる。何とか立ち上がったばかりの俺はこの迫りくる巨大な足を避けきれる程機敏に体が動かなかった。目の前に迫る死の恐怖に硬直していたと言うのもある。

 俺は成す術もなくまぶたを閉じた。ああ、短い人生だったな……。


「ウググググ……」

「え?」


 まぶたを閉じて体をこわばらせていると、本来すぐに襲ってくるであろう圧縮が全く始まらない。巨大鬼のうめき声を聞いて恐る恐るまぶたを上げると、ヤツが振り下ろした大きな足は俺の体に届いてはいなかった。何か謎の力がそれを阻止していたのだ。

 俺の目の前には、その力を駆使する鬼の少女がいた。


「ルカ!」

「死なせないから!」


 ルカは両手を広げて力のフィールドを発生させていた。鬼ってそんな能力もあったんだ……。一方、一回でサクッと踏み潰せなかった巨大鬼はやけになってガンガンと連続して足を動かす。彼女の作ったフィールドを壊そうと、何度も何度も力いっぱいに踏みつけているのだ。その形相はもはや憤怒。怒りに我を忘れているかのようだった。

 そのダメージは確実にフィールドにも蓄積されているようで、力を発生させているルカの表情も苦痛で歪んでいく。


「くぅ……っ!」

「ルカッ! 無茶するな!」

「お菓子のお礼。まだしてなかったでしょ」


 彼女はそう言って俺に微笑みかける。その強がった顔を見た俺は、自分の弱さを歯がゆく思った。まだ豆の予備はたくさん残っている。けど、俺の攻撃がどこまであの巨大な鬼に通じるのか……全く自信がない。

 もし豆を使い切って、結局ほとんどダメージを与えられなかったとしたら――。


「ウグォォォッ!」


 巨大鬼は癇癪かんしゃくを起こした子供のように足踏みを続ける。この力比べ、いくら同族とは言え、ルカの方が圧倒的に不利だ。体格も体力も相手の方が圧倒的に分がある。

 一体この鬼は何者なんだ。それが分かれば、そこに活路が見いだせるのかも知れない。俺は頑張って守ってくれている彼女に声をかけた。


「なぁ、この鬼は一体何なんだ。大きさも強さも有り得ないだろ」

「この鬼はかつてこの辺り一帯を荒らしまくった暴走鬼……。私の一族はこの鬼が復活した時に止める役割もあった……」

「どうやったら止められる? 俺にも手伝わせてくれ」

「かつては人と鬼とが力を合わせて全力で封印した。今の私達2人ではとても……」


 ガンガン踏みつけられ、フィールドも限界に達していたのだろう。ルカが全てを話し終わる前に、俺達を守っていた見えない力の壁は砕け散る。その反動で彼女は吹き飛ばされた。


「キャアアッ!」


 空中を舞うルカを俺は何とか受け止めたものの、既に意識を失っていた。もう彼女の助けは借りられない。幸い、フィールドが砕け散った反動は巨大鬼側にもあったみたいで、バランスを崩したヤツは再度転倒する。

 今度は踏ん張って、俺はその姿勢を崩さなかった。次に巨大鬼が体勢を取り戻す前にと、俺はルカをお姫様抱っこしたまま一目散に逃げ出した。勝ち目がないなら逃げるしかない。


 本当はヤツが街を襲うのを阻止するためにも立ち向かうべきなのだろうけど、退魔師としての正解はそうなのだろうけど、今は生存本能が訴えるその答えを正解にするしかなかった。


 ダメージを受けた訳でもなく、ただ転倒しただけの巨大鬼はすぐに起き上がる。そうして、逃げている俺達を正確に補足していた。この時、俺達はヤツの歩幅で数歩分の距離しか稼げてはいない。

 ルカが命懸けで作ってくれた隙は、死をほんの数秒先延ばしに出来ただけだった。


 巨大鬼の大きな足が俺の頭上に襲いかかる。それは死へのカウントダウンだ。それでも俺は僅かな可能性にかけて走るのをやめなかった。生きるのをあきらめなかった。ものすごい圧力が俺の頭上に迫ってくる。

 その時、俺は運悪く木の根っこに足を取られ、豪快にすっ転んだ。


「グハハハハッ!」


 ヤツの憤怒の表情が邪悪な笑みに変わる。くそっ、ここまでかよっ……。俺達の頭上に、巨大鬼の大きな足が迫る――。

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