第11話 SOS

 崇範達が対策を話し合うために額を突き合わせていると、崇範の電話が鳴り出した。

 見ると美雪からで、迷ったが、取り敢えず出てみた。

「はい」

『貴様が美雪を腹いせに狙ったのか!?』

『謝るから娘を返し――』

『ちょっと貸して――気持ちはわかるけど、こんな事をしても――』

『あんな取り壊すマンションにどうやって入った!?』

 崇範は、向こうから聞こえて来る混乱しきった3人の声に、眉を寄せた。

「あの、どなたですか?」

『ちょっと貸してよ!』

『放せ!』

『ちゃんと順番に!』

 怪訝な顔の崇範に、新見コーチが訊く。

「どうした?」

「知らない人なんですけど混乱してて、美雪を腹いせに狙ったとかマンションがどうのとか……」

 言いながら、スピーカーフォンにする。それを、4人で覗き込むようにして見つめる。

 電話の向こうはしばらく誰が喋るか争っていたが、争いに勝ったのは、若い男だった。

『君は深海崇範君で間違いないよね』

「はい」

『美雪を拉致したのは君?』

「は?あの、あなた達はどなたですか」

『東風美雪の兄。父と母もいる。

 お父さんの復讐で、美雪を狙ったのか?』

「何の事ですか」

『とぼけるな!取り壊し予定の港マンションに鍵を壊して入り込んで美雪を監禁しているのはお前だろう!?』

 父親らしき怒鳴り声がして、崇範達は驚いた。

「東風さんが監禁!?」

「何だって!?」

「何を言ってやがるおっさん!」

 今度は崇範達が混乱する。

 人は、誰かが混乱していると冷静になるものだという。

『深海君じゃないのか?ネットの2チャンネルを見てくれるかな』

 幾分冷静さを取り戻した兄と名乗る男の声で、新見が素早くタブレットを開く。

「マンションか?」

『ああ。買収した会社の社宅になっていたところで、取り壊す事になっている。立ち入れないように鍵をかけていたんだが』

『さっきはこれが、椅子に縛り付けられた美雪になってて』

 父親に変わったかと思えば、母親のオロオロした声になる。

「これはどこにあるんですか」

 新見が訊き、郊外の地名を兄が答えた。

「警察には言ったんですか?」

『いや……てっきり、お前が犯人の一味だと思って……』

 ゴニョゴニョと父親が不機嫌そうに言うのに、

「とにかく、僕は関係ありません。警察に連絡するべきだと思います」

 言った時、画面が美雪と中年男に変わった。

『ああ、また!』

 そしてしばらくした後、母親が言うのが電話越しに聞こえて来る。

『わかったらここに来いって。あなた!』

『わ、わかった。行こう』

『疑って申し訳ない。そういうわけで、急いでるので、また』

 兄がそう言って、電話はプツリと切れた。

 4人はそのまま、黙って考え込んだ。

 口を開いたのは崇範だった。

「僕、そこに行ってみます」

「……わかった。俺も行く」

 新見は車のキーを手に立ち上がり、結局全員で車に乗り込んだ。


 そこに着くと、パトカーと少しの野次馬が来ていた。そこに新見が車を止めると、パトカーのそばで警察官と話をしていた女性が顔を上げ、崇範に気付いたように、後の2人に何か言った。

 私服の警察官が制服警官に何か言い、それで崇範達は、制服警官に連れられて東風一家の所に行った。

「さっきは失礼したね。兄の東風明彦です。父の勝と、母の留美。

 そちらは?」

 明彦がそう言う。

「新見和臣、芸能プロダクションを経営しています。雇用主で、保護者代理です」

「新見雅臣。体操の指導者をしています」

「佐原林蔵。深海の仕事仲間で、兄貴分だ」

 私服警官は崇範達を見て、同席しても構わないと決めたらしい。

「この人物に見覚えは?」

 美雪の背後に立つ男がアップにされた画像だ。

「知りません。

 東風さんは、本当に誘拐されてこの中にいるんですか?どうして助けに行かないんですか?」

「落ち着いて。深海君と東風美雪さんの関係は?」

「……クラスが同じで、席が隣で、その、付き合う事になったんですけどやっぱり――うわっ」

 殴り掛かって来そうな顔で睨んで来る勝に、思わず崇範は1歩引いた。

「君が、お父さんと東風さんのお父さんとの因縁を知ったのはいつかな」

「雑誌で取り上げられて騒ぎになってからです」

「嘘をつけ!貴様、最初から目的があって美雪に近付いたんだろう!?」

「お父さん!」

「あなた、落ち着いて!」

 勝を明彦と留美が宥める向かい側では、

「大人しく聞いていればとんだ言いがかりをつけてくれるな、おっさん」

「あんまりな事を言うようであれば弁護士を入れてお話させてもらいますよ」

「落ち着いて、もう」

「そうだよ、心配なんだから仕方ないじゃないですか」

と、怒る新見と佐原を、新見コーチと崇範が宥める。

「あ」

 警官が声を上げたので皆がパソコン画面を見た。

 マンションの外観が映っていたが、それがゆっくりと回転して、パソコンを覗き込む崇範達が映ったところで止まる。

 そして、画面の半分が、美雪と男になる。

「美雪!」

「東風さん!」

『深海君!?』

 東風一家が、同時に崇範を見た。

『東風 勝。汚い方法で企業買収を繰り返した事を認めるか』

 男の言葉に、勝の表情が硬いものになる。

「企業買収はビジネスだ!」

『それでもいい。そこでこのまま、娘が死ぬのを眺めていればいい』

「待て!」

『土下座しろ』

 東風一家は表情を硬くした。

 が、怒りに顔を赤くした勝の横で、留美が土下座をして謝る。

「済みませんでした!娘は助けて下さい!お願いします!」

 それで、勝もゆっくりと膝をついて頭を下げた。

『お父さん……』

 美雪が、その姿に声を漏らす。

「これで、娘を解放してもらえるんだな」

『俺の子供は、突然全てを無くして、手術費も払えなくなったことで苦しみながら死んだ。妻はそれをみて、失意の中で自殺した。お前が、汚い方法で企業買収をしたばかりにな。

 だからお前も、そこで見ていろ』

 それに、誰もがギョッとした。

「待て!謝ったから助けてくれるんじゃないのか?」

『誰がそんな事を言った?』

 男は顔を歪めて笑い、角の折れた写真を取り出した。ついで、足元のバッテリーと美雪に巻かれた針金とをつなぐタイマーを取り上げる。

「おい!」

 私服警官がギョッとして身を乗り出す。

「バカな真似はよせ!」

『感電死まで残り10分。せいぜい、別れを惜しめ』

 全員、蒼白だ。

 崇範は私服警官に詰め寄った。

「どうして助けに行かないんです!?」

 答えたのは明彦だった。

「マンションの入り口や窓は厳重に塞がれていて、廊下には防火扉が下ろされてもいるから、6階のあの部屋まで行けないんだよ。今、はしご車を要請しているところだったんだ」

 見上げてみる。

「6階のどの部屋ですか」

「1番右端のテラスのある部屋だよ」

『ごめんなさい、深海君』

 焦る崇範の耳に、美雪の声が入って来た。

『知らなかったの。お父さんが、ごめんなさい』

「東風さんは悪くないよ」

『最後にもう1度会いたくて。えへ。良かった。深海君、元気でね』

 こんな時だと言うのに、勝が鬼のような形相だ。

「東風さん」

『お願い。死体は見ないで。生きてる時だけを覚えてて』

 無理矢理笑顔を浮かべる美雪に、胸が締め付けられる。

 崇範はザッと建物を見た。

「東風さん。本当は、どうしたい?どうして欲しい?」

『深海君?』

「正義の味方は必要?」

 美雪は、一瞬黙ってから、泣きながら叫んだ。

『深海君大好き!ずっと一緒にいたい!助けて!』

 崇範は、笑った。



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