第10話 復讐中継

 体操で顔が一部に知られていた事で、マスコミは殊更大きく報じた。

 そして今も、そのドラマ性と、美雪が美少女である事もあって、余計に大きく取り上げられている。

 美雪は会社の力で実名も写真も公表を押さえられていたが、学校の人間なら、誰でもわかる。

 美雪は転校する事を親に言われ、嫌だと言いながらも、周囲の好奇の目に疲れを感じていた。

(深海君はもっと酷い思いをしているのね)

 よく我慢できると、感心する。

 その崇範と話す機会はなかなかなく、ただ電話で、

「知らなかったし、それで東風さんが悪いとか思ってないけど、それでも、付き合えない」

と告げられた。

 確認も、謝る事もできない。

 父親に記事に書いてあることは本当かと聞いたが、答えてはもらえなかった。母親も兄もだ。

(せめて、1度だけでも謝りたい。

 いや、違う。ただ、会いたいだけだわ。私って、随分勝手なのね)

 美雪はそう思って少し自分を笑った。


 崇範は佐原の安アパートにいた。

 崇範の所と変わらないくらいに狭くて古い。そこに、崇範、佐原、新見、新見コーチが集まっていた。事務所は記者に見張られているが、ここなら誰も来ていないからだ。

「でも、狭いな」

 新見がポツンと言う。

「せめて万年床は上げろよ」

「押し入れに入らないんですよ」

「そんなに荷物があるのか?」

「押し入れに給湯器があるから、実質、押し入れがないんです。だから家賃が安かったんです」

 新見と佐原の会話に、新見コーチが口を挟んだ。

「兄さん。給料安いの?」

「歩合制なんだよ。決して安くはないぞ」

 新見が社長として断言し、その様子に崇範はくすりと笑いを漏らした。

「僕は大丈夫ですよ。無視していれば、そのうち次の話題が出て来て忘れてくれますから」

 言うと、3人はバッと崇範を見た。

「そう簡単な事か?」

「事故の件を警察も聞き取り調査をすると言ってるし、まだ続くぞ」

「ああ。何と言っても、また犯人は未成年者だ。未成年者に父親を殺された子供が未成年者に殺されかける。それが、将来を嘱望されていながら体操界を去った実力者で、見栄えもして、誰かの陰になるバイトで苦労しながら高校へ通って、長く入院していた母親も無くして、出来た彼女とはロミオとジュリエット状態。

 世間が喜びそうなネタだからなあ」

 新見コーチがそう言う。

「誰かの陰ってところがひっかかるが、まあ、そうだな」

 佐原が唸って腕を組んだ。

「東風さんとは付き合えないって、連絡しましたよ」

「いいのか、それで」

「いいんです。東風さんだって、気を使うでしょうし」

 それで大人3人は唸り、4人揃ってお茶を啜った。

「温いな」

「薄いね」

「文句があるなら飲むなよ、もう」

 崇範は噴き出した。


 男は、やっと訪れた好機に気持ちを引き締めた。

 家に閉じこもっていた東風の娘が、こっそりと家を出て来たのだ。外よりもむしろ家の方を気にしている事から、閉じこもっていたのは本人の意志ではなく、家族によるものだったのだと推測できた。

 車で近付き、話しかける。

「東風美雪さん?深海君から聞いてないかな。同業者なんだけど」

 美雪は最初警戒していたが、同業者と聞いて、話を聞く気になった。

「何か御用でしょうか」

「深海君、すっかり参っちゃってて。本当は君に会いたいのに、迷惑をかけるからとやせ我慢してるし」

 男は眉を顰めて、溜め息をついて見せた。

「え。深海君、どこにいるんですか」

 美雪は素直に信用し、男の車に乗った。


 美雪の父勝と兄明彦は、会社に対する風当たりやマスコミ対応を話し合っていた。

「特許の横取りで会社を倒産に追い込んだって。ビジネスだろう。仕方が無い」

「それでも、クリーンなイメージに傷は付きかねないけど」

「甘い事を言うな!そんな事で会社を継げるのか!?」

「俺がそう言うんじゃなくて、世間の見方だよ」

 言い合う親子を母親の留美は溜め息をついて見、コーヒーを置いてリビングに行った。

「はあ。美雪は美雪で部屋に閉じこもってるし……」

 溜め息をついた時、電話が鳴り出す。

「はい。東風でございます」

 よそ行きの、電話専用頭上突破声である。

『おたくの娘をこれから殺す』

 知らない声だ。どうせ、最近かかって来る嫌がらせだろうとそのまま切ろうとしたのだが、それを察したのか、

『2チャンネルを見て見ろ』

という。

 テレビを変えるが、おかしなところはない。

「2チャンネルが何か?」

『ネットだ。わからなければ息子にでも訊け』

 そう言って、プツリと切れる。

「何かしら」

 まずは美雪の様子を見て来ようと部屋に行き、影も形もないのに驚いて、勝と明彦のいる書斎に飛び込んだ。

「何だ、騒々しい」

「今、電話で、美雪を殺すって」

「いたずらか。警察に――」

 舌打ちをする夫にかまわず、明彦に向き直る。

「2チャンネルを見てみろって。テレビじゃなくてネットだっていうの」

 テレビのリモコンに手を伸ばしかけた勝は、その手を引っ込めた。

「美雪は?」

 パソコンは株価を映している画面だったが、手際よく操作しながら、そう訊く。

「いないのよ、いつの間にか!」

 それでやっと、勝と明彦にも留美の慌てた意味がわかった。

 ノート型パソコンの画面を、3人並んで食い入るように眺める。

「これ、買収した会社の社宅マンションだよな?取り壊す予定の」

 鎖で封鎖されたマンションが映っていた。

 そしてそれが、次の画面に切り替わる。椅子に縛り付けられた美雪だ。そして、険しい表情の中年男性が、その後ろに立っていた。



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