閉鎖軌道の火線交錯

蔵沢・リビングデッド・秋

閉鎖軌道の火線交錯

 人は、疑問を持たなければ、真実に気づきようがない。

 その環境で生まれ、その環境でのみ育てば、その環境の中のみの常識でその認知は確定する。

 例えば、宇宙の、箱庭の中で――


 *


 巨大なハッチが、開いていく――。わずかに錆びのような劣化の跡が見える巨大なハッチが開くのだから、響くような音が鳴りそうなものだが、けれど、その光景に音は介在しない。

 真空。宇宙空間。音もなく開く、永世中立を唄うスペースコロニー、“シャングリラ”のハッチ。

 それを前に、何機もの黒い巨人が、隊列を組んだままに宙を漂っていた。

 宇宙服、パワードスーツの発展形。それらよりも1周り以上大きい、コロニー侵攻用の人型兵器“パワードアーマー”。

 宇宙における海兵隊、のようなものだ。

 最前列にいた“パワードアーマー”が、ハンドサインを後続に送り、その進めに従って、後続の隊員たちが、ハッチの内部へと身を滑り込ませていく――。

 その中に、カイル・ファーレンの姿もあった。

 カイル・ファーレンは、誰にともなく、暗い目で呟く………。

「……リサの仇だ」



 *



 1か月前――

 カイル・ファーレン。黒い短髪の、二十歳を少し過ぎたあたりの青年の姿は、中継コロニー“ファレルノート”の、アクセサリーショップの中にあった。

 共和国軍外部強襲歩兵師団第3中隊――その軍務の合間の、わずかな休暇の話だ。

 真剣な顔でアクセサリーを眺めるカイル……と、そのショーウインドウの向こうで、にぎやかな一団がカイルの姿に気づき、にやけながらアクセサリーショップに入ってくる。

 そして、その中の一人――グリア・ノーデンと刻み込まれた認識票を首にかけた短髪の女性が、からかう表情で、カイルに肩を組んできた。

「カ~イル?なに?エースくんは恋人に贈り物?」

 その声に、カイルはあきらめたようなため息を吐き、答えた。

「………違います、中尉。妹にです。表向き交易商ってことになってるし、それに、そろそろリサの誕生日だ」

 と、そこで、グリアと一緒にアクセサリーショップに入ってきた一人が、からかうような声を投げた。

「なんだよカイル、まだ妹離れできないのか?」

「………唯一の肉親を大切にして悪いですか」

 恥じる様子もなくカイルはそう言い切り……そこで、カイルの懐の携帯端末が鳴った。

 噂をすれば――妹からメールが送られてきた。

 当たり障りのない日常の報告に、友達と撮った写真が添付されている。

 自身で知らず口角を上げたカイルの脇から、グリアは写真を覗き込み、からかう調子で言った。

「ねえ、これさ。隣の男の子と距離近くない?」

「確かに……妹の方は兄離れしてんじゃねえの?」

「…………」

 複雑な表情で、カイルは写真を睨んだ。

 カイルと同じ髪色の、長髪の、笑顔の少女、リサが中心の写真。リサの横には、同じ学校の制服を着た男子学生の姿があった。こいつは知っている。確か、名前は、トール、何とか。

「………リ、リサが選んだなら、俺は別に……」

「歯食いしばって言うことじゃなくない?」

「いい加減シスコン直せよ……」

 そう、呆れたように言われた末、カイルはふとため息を吐いた。

「……良い事ですよ。こっちは、いつ死ぬかわかんないんだ………」



 *



 黒い巨人、“パワードアーマー”は、隊列を組んで、薄暗いハッチの内部、“シャングリラ”内部を進んでいく――。

 共和国軍外部強襲歩兵師団第3中隊。

 彼らは、“シャングリラ”出身だ。

 地球を中核とした、連合軍。

 外縁軌道のコロニー軍を中核とした、共和国軍。

 2大勢力に分かれた戦争が続くその宇宙の中、その丁度狭間に位置し、中立を唄っていた“シャングリラ”であっても、戦争から逃れることは出来なかった。

 “シャングリラ”の内部では、世界は平和なことになっている。ただ、代償がある。

 その代償を支払っているのが、カイル達、外部強襲歩兵部隊。いわゆる、傭兵だ。

 工学、生物学に秀でた研究コロニーでもある“シャングリラ”は、精強で優秀な部隊を、共和国に派遣する。その見返りに、共和国の庇護下で、平和を享受する。

 永世中立国。それは、“シャングリラ”の内部でのみ通用する常識だ。

 箱庭の外を知った黒い巨人たちは、自身たちの意図せぬ、そして予期せぬ形で、銃をその手に帰郷を果たす――。

 ――彼らの視界が、開けた。

 回転するコロニー内部、その壁一つ向こうに真空の地獄が存在するとは思えない街並みを、彼らは目にする。

 記憶の通りの景色――では、なかった。

 人気がない。

 そこら中に瓦礫が、共和国の、そして“シャングリラ”の警備隊のモノだろう“パワードアーマー”の残骸が転がっている。

 永世中立を唄ってはいる。だが、“シャングリラ”内部の学生カリキュラムには軍事、の項目があった。

 それがキナ臭いと、カイル達が知ったのは、“シャングリラ”を後にしてからの話だ。

 平和を唄いながら、その実最低限の戦闘は出来る国家。

 だが、連合軍、強大なその戦力に太刀打ちできるほどだとは、誰も思わない。

 そもそも、戦争は必ずしもルールを守って実施させるモノではない。

『……大気汚染は?』

『……確認できませんね。特定期間経つと分解されるように作られている可能性があります』

『証拠隠しってわけね……』

 両機が、通信越しにそう話し合っている――。

 悠長にそんなものを聞いている気にもならず、カイルは、誰よりも早く、“シャングリラ”の内部へと飛び降りた。


 *


 1週間前。

「BC兵器……“シャングリラ”に?」

 共和国軍外部強襲歩兵師団第3中隊母船、ブリーフィングルーム。

 そこで、上官の言葉に、カイルは思わず、そう呟いた。

 上官――共和国から派遣されている参謀士官は、頷く。

「“シャングリラ”に駐屯している部隊との通信が途絶えた。連合軍側からの襲撃があったらしい。連合のモノと思われる未確認機も複数、投入されているようだ。末期戦で、いよいよ手段を選ばなくなっているな」

「けど……条約は?」

 動揺を押し殺して、そう尋ねたグリアに、参謀士官は冷静に答えた。

「旧態依然として己が特権にあると胡坐をかいているだけの、蛮族だ。もはや、人間の言葉が通じなくなったんだろう」

「……生存者は?」

「確認されていない」

 その言葉に、ブリーフィングルームに集っていた第3中隊の面々は、一様にショックをあらわにした。

 その顔を見回して、参謀士官は言う。

「君たちの気分がわかる……とまでは言えないが、長い付き合いだ。願望は理解できる。現在連合の勢力下にあると思われる“シャングリラ”コロニーの制圧、および調査の命令が我々に下っている。……軍務を全うしろ」

 参謀士官の冷静な声も、第3中隊の面々の耳には入っていないらしい。

 多少、時間を与えようとでも思ったのか、参謀士官は退席していき――その足音だけが、ブリーフィングルームに響いていた。

 カイルは、ただ、呆然と、一つの答えのない疑問を思っていた。

 リサは、誕生日まで、生きられたのか……?


 *


 着地の衝撃に、カイルは我に返った。

 見覚えのある“シャングリラ”の街並みが、廃墟と化し……道端に腐敗した人間が転がっている。その姿に、知らず妹の姿を重ね、

「………ッ、」

 カイルは、歯を食いしばった。

 涙も出ないような暗い目で、カイルは周囲を見回す――。

 と、その廃墟の街並みの最中に、巨人の姿があった。何体かの、巨人。今も起動している“パワードアーマー”。見覚えのない機体だ。連合のモノでも、“シャングリラ”の警備部隊のモノでもない。

「……連合の、新型か?」

 そう、カイルが呟いた直後――目の前にいる“パワードアーマー”、その銃口が、こちらを向いた――。

 発砲。

 常人離れした反射神経でその一射を躱すと同時に、カイルの中で何かのスイッチが入った。

 カイルは、傭兵だ。ビジネスで人を殺す。その為の技能、そのためのスイッチが頭の中にある。

 だが、今はそこに、もっと別の混濁した暗さが広がり、カイルの冷静さを奪っていた。

「………お前らがァ!」

 獣じみた咆哮を上げ、カイル・ファーレンは所属のわからない“敵”を食い散らかし始めた。


 *


 6時間前――

 任務直前。出撃直前、今回の事情を鑑みてか、参謀士官から提案された鎮痛剤の投与を終え、薄暗いハンガーで、“パワードアーマー”を横に、カイルは、携帯端末を見ていた。

 音声が、映像が流れている……。

『お兄ちゃん、ありがとね?……正直ちょっとダサいけど……大切にはするね?』

 リサが笑顔で、カイルの送ったアクセサリー――結局ありきたりなものを選んだ。十字架のペンダントを手に持っている。

『いつ頃帰ってくるの?やっぱり忙しい?……また、連絡ください。………じゃあね?』

 映像が途切れる。

 リピート………。

『お兄ちゃん、ありがとね?……』

 リピート。

 リピート。

 リピート………。


 *


 戦闘とは単一の行動の反復だ。

 避けて、撃って、避けて、撃って、避けて、撃って、避けて、撃って……。

 そうすれば、敵が死んでいく。

「――ああああああああああッ、」

 あまりにも、あまりにも人間離れしていたのだろう。回避速度。運動能力。命中精度。

 銃剣付のライフルから鉄鋼弾が放たれる度に、“敵”のパワードアーマーが倒れて行き、生き残った“敵”がカイルにおびえていく――。

『こいつら、なんだ?一人一人強いのに、連携がまるで……』

『敵は敵よ。カイル!突っ込みすぎ……ッ、』

 おびえる敵も、味方の静止も、すべて無視して、カイル・ファーレンは墓場と化した故郷で暴れ続けた。

 と、どれほどそうしていたのか――。

 あらかたの敵を、処理し終えたその時。

 突如、味方の識別信号が一つ、消える。

 見ると、敵の最奥に、巨大な狙撃銃を構えた“パワードアーマー”の姿があった。

 学校、を背にしている。……リサの通っていた学校を、まるで守るかのように。

「ふざけるなァ!」

 激高したカイル・ファーレンは、すべてを無視してその敵を“処理”に走りだした。


 *


 グリアは、疑問を持っていた。

 “敵”の所属と動き、だ。

 単体、一機一機で見れば、かなりの練度があるように見える。

 だというのに、相互にカバーするという概念が希薄で、味方の死にいちいち動揺し、戦意を喪失しているように見えたのだ。

 まるで、今相手をしている“敵”が、兵士ではないかのように……。

 ……あらかたの制圧を終え、最後方で周囲の警戒を始めたグリア。と、その視界に、人影が写った。

 軍服を着ている。連合軍の兵士、だ。足を負傷しているらしく、グリアたちから張って逃げようとしている。

 グリアは、その逃げ道に先回りし、銃口を向け、声を投げた。

『答えな!……あれは、連合の兵器か?』

「ひっ、……何、言ってやがる。知らねえよ、俺たちもあれに……ここで研究してるんだろ!?共和国が!秘密裏に!兵士と兵器作って、そのためだけのコロニーを……」

 錯乱しているのか、うわ言のように呟く連合の兵士は、やがて、グレアの“パワードアーマー”の部隊章に気づくと、目を見開いて叫び出した。

「死神……お前らが成功例だろ!?“シャングリラ”の死神!」

 グリアは、そこで、事態に裏があると悟り始めた。

 だが、その瞬間に、両機の信号が一つ、狙撃で消え―――カイルは、狙撃した“敵”へと、我を失って走り始めていた。


 *


 銃剣を構え、巨人――カイルは駆けていく。

 標的としてその目に移っているのは、学校を背にした、狙撃銃を構えた“敵”。

『カイル!待て!』

 その静止の声も耳に入らず――。

 目の前の“敵”が、おびえたように身を引きかけ、けれどすぐ、覚悟を決めたように銃を構えなおした。

 狙撃銃が放たれる――カイルには、その、常人離れした反射神経、動体視力には、ライフリングがもたらす弾丸の回転まで目視出来ていた。

 カイルは、知らない。その動体視力が、遺伝子操作でそうとデザインされたものであることを。

 身を躱す。弾道を見切って、射撃を見てから躱す。そうしながらも、敵へと襲い掛かる動きは止まらない。

 カイルは、知らない。その運動能力、バランス感覚、すべてが、そうと遺伝上で試された上で淘汰され結実した人工物であることを。

「ああああああああああああああああああああッ!」

 獣じみた咆哮を上げ、一切の容赦も情けもなく、怨嗟のままに、カイルは“敵”に肉薄し、銃剣を“敵”の胸に突き刺す。ためらいなく、刃をまわす。

 カイルは、知らない。

 知らないままに、“敵”の返り血を浴びる………。

 “敵”は、崩れ落ちた。

「……はあ、……はあ、」

 荒い息を吐き、尚獲物がいないか、カイルは周囲を見回し……“敵”の制圧を確認した。

 と、そこで、“パワードアーマー”の装甲を、銃弾が叩いた。

 拳銃、らしい。視線を向けると、学校から、一人の人影が現れていた。

 見覚えがある………その姿に一縷の希望を見出し、カイルはためらいなく、“パワードアーマー”の外に出た。

「待て!落ち着け!……トール、お前トールだろ!?」

 前、写真で、リサの横に写っていた少年だ。トールが生きているなら、リサも……。

 カイルが顔を見せた瞬間、トールは呆然とした表情を浮かべた。

「カイル……さん?なんで……あんたが、そんなものに……」

 呆然と、ショックと混乱に打ちのめされたような表情で、うわ言のように、トールは呟く。

「俺たちは……守ろうと……いつか、帰ってくるって……だから、全部敵だろうから……なんで………」

「トール?……リサは?無事か?」

「リ、サ………」

 うわ言のように呟きながら、トールは、視線を向けた。

 真横に倒れた、狙撃銃を手にしていた、ついさっき、カイルが殺した………。

 ゆっくりと、カイルはその“パワードアーマー”に視線を向けた。

 胸部が、えぐれて……カイルがえぐったそこに……見覚えのあるものがあった。

 ペンダントだ。

 血塗れの、十字架のペンダントが…………。

「あんたがァァァァッ!」

 狂ったような叫びを上げて、トールが、カイルに拳銃を向け、トリガーを引く。

 ライフリング。回転する銃弾を、躱す選択肢が、カイルには、なかった………。





 *





 6時間後。

 第3中隊参謀士官は、一人、自室で話していた。

「ええ。首尾よく。鎮静剤と欺瞞して投与した例の薬の方は機能したようで。確認済みです。成功例は全員死亡しました。準成功例も、彼らが処分してくれたでしょう。生き残りの民間人も、別動隊で処理済みです。研究データの方も……ええ。起爆も済ませました。別動隊もこの艦に全員回収しました。手はず通り散布も……ごほっ、」

 参謀士官は、咳き込んだ。口を押さえた手に、喀血がこびりつく。

 BC兵器の、影響だ。

「これで、“シャングリラ”で行われていた非人道的な実験は、完全に存在しないことになりますね。……ええ。どうせ連合も、似たようなことをしているでしょう。多少きな臭くとも探り合えばお互い損だ。どちらも、名前だけは民主主義ですから」

 また、咳き込み、血を吐き………けれど構わず、参謀士官はグラスとワインボトルを手に取った。

「和平の為に、汚点は浄化しなくては。ええ、……共和国の為に」

 そこで、通信が切れたのだろう。

 黙り込んだままに、参謀士官は、グラスに赤い液体を注いだ。

 ワインのようにも見える……散布されたものと同じ、BC兵器の濃縮液だ。

 綺麗な色をした毒を手に持ち、参謀士官は呟いた。

「……これで贖罪になるとは思わないよ」

 ワイングラスを傾ける………美酒を飲み干し切る、その前に……。


 沈黙が全てを覆いつくした。



 *



 末期戦の様相を呈し、際限なく続くかと思われた連合軍と共和国軍の間の戦争は、和平によってその決着を見た。

 その後組織された調査委員会、共和国側が主導したそれによって、“シャングリラ”コロニーは調査を受けた。


 “シャングリラ”コロニーが行っていた非人道的な研究に際し、爆発事故が発生し、BC兵器が偶発的に散布された。

 また、その調査に向かった共和国軍外部強襲歩兵師団第3中隊もまた、調査の際の事故によってBC兵器に感染、全員がその尊い命を絶つ結果になった。



 それが、結論だ。

 調査に際し、第3中隊の隊員が持っていたのだろう、映像データが発見された。





『お兄ちゃん、ありがとね?……正直ちょっとダサいけど……大切にはするね?』


『いつ頃帰ってくるの?やっぱり忙しい?……また、連絡ください。………じゃあね?』


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