第31話 次の一手は

 ルーナルーナが王妃に抱きしめられて窒息しそうになり、キュリーの事情を知ったコメットが情報の拡散に勤しみ、リングがぼんやりと後宮の方を眺めていた頃から数時間後。ダンクネス王国では、サニー達が作戦会議を行っていた。


「なるほど、国内のキプルの実はほぼ完全に採り尽くされていると」

「はい。キプルの木は、王城以外ですと、基本的に各教会支部の敷地内にしか存在しません。そこで、手の者を放って虱潰しに探しましたが、このような結果となりました」


 アレスは低い声で報告を終える。公爵家の彼は、泥鼠程の専門性はないが、諜報のための配下を個人的に持っていた。サニーと出会って以降、見込みのある者を少しずつ自らスカウトし、育て続けてきたのだ。ようやく組織として動かせるようになってきたのは近年のこと。泥鼠が王族に忠実なのに対し、この組織『灰鷹』はアレスとサニーにのみ忠実であるよう教育されている。


「メテオからも何かないのか?」

「そうだな。やはり、シャンデル王国へ渡ったことがあるという人間が増えてきていることが分かってきた。つまり、ルーナルーナが話していたヒートという商人が、かなりの量のキプルジャムを売り捌いているということだろう」


 サニーは唇を噛み締めた。


「だが、これだけの多売は本当に最近になってからのことだ。これを単なる商人の思いつきで済ませて良いかどうかだな」


 アレスも見解を述べる。


「確か、そのヒートとやらは、ダンクネスとシャンデルの物を相互に行き来させて、その珍しさを武器に商売しているそうじゃないか。もし、二つの世界が一つになるとこの商売は成り立たなくなる。となると、ヒートが異教徒の元締めという線は薄いな。もしかすると、別の金蔓が絡んでいるか、もしくはヒートの背後に黒幕がいるんじゃないか?」

「実は、そのヒートという商人が俺に会いたいと言ってきているらしい」


 サニーは、どこからか取り出したナイフを壁に向けて投げつけた。刺さった場所からジワリと赤いものが滲み出し、同時に誰かのくぐもったうめき声が壁越しに伝わってくる。サニーの瞳は剣呑な光をたたえていた。


「良かったの? あの気配、知ってる。そこで死んでるの、たぶん王の配下だよ」


 メテオはわざと砕けた口調で話しかけると、肩をすくめた。


「なかなか報告に来ないからって、痺れを切らして密偵を放つとはな」


 アレスも、サニーと関わるようになってからはこの程度の荒事は些細なことと捉えている。全く動じない。


「報告に行くのは、全てが終わってからだ。そしてその時には……」


(ルーナルーナの話もせねばならないだろうな)


 サニーは遠くを見ていた。世界を超えて、身分を超えて、そしてサニー自身は全く気になっていないことだが、年の差も超えて、二人が結ばれる未来を。そのためには、まだまだせねばならない事がたくさんある。サニーは、大物を殺る時だけに使う剣を腰に下げた。


 そんなサニーに友人二人は温かな眼差しを送る。ずっと身近なところからサニーの知られざる苦労を目にしてきた。こんな境遇であれば、もっと捻くれた男に成長してもおかしくない。なのにサニーはあくまでピュアな狂人となり、そして一人の女性に恋をした。これを応援せずにいられようか。


 これまでサニーは人との縁に恵まれない人生を歩んできた。家族との絆は無きに等しく、本来向き合うべき国民とは裏舞台でしか関わることしかできない。その異端な外見から、誰しもから嫌悪の目で見られてしまう。だからこそ、今のサニーは本気になっていた。


 これまでも必死に王位継承権を守るために、我武者羅に体を張って働いてきたが、それとは全く異なる原動力がここにはある。サニーが目を閉じるとルーナルーナがほほ笑み、次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのだ。








 ルーナルーナには日常が戻っていた。サニーのところへ毎晩でも通いたいが、ジャムは一瓶しかない上、サニーの忙しさを考えると邪魔はできない。夜眠る前に、サニーの夢が見られますようにと祈りを捧げるのが関の山だ。


「はぁ……」


 コメットが盛大にため息をついた。


「どうされました?」


 ルーナルーナが尋ねると、コメットはジト目で睨み返してくる。


「いいわねぇ、ルナには素敵な婚約者がいて」

「あの、正式にはそういうわけでは……」

「誤魔化さないで! あのドレスも靴も装飾品も、全部あの方がご用意くださったのでしょう? 高級品を揃える財力があるだけでなく、センスもあるなんて。しかも、あのカッコ良さ! やっぱりうちのと交換しない?」


(コメットの婚約者の方も侯爵家の方だし、きっと十分に条件が良い方でしょうに……ここまで言われては、ちょっと気の毒だわ。確かに、サニー程の方はそうそう見つからないと思うけれど)


 ルーナルーナの頬が緩む。それを運悪く見てしまったコメットは、王妃の洗濯物を乱暴に籠へ押し込んだ。


「あー、イライラする! キュリーもいつの間にか宰相をたぶらかしてるみたいだし、なんで私以外は皆、玉の輿なのよ?!」


 ルーナルーナは、いっそのことサニーとの間にある世界と身分と年の差の壁について説明しようかと思ったが、ちょうど別の侍女が話しかけてきた。


「ルナ、神殿から封書が届いてるわよ」


 最近、ヒートやエアロスの影響もあり、コメット以外の王妃付き侍女達は、ルーナルーナに対する態度を改めつつあった。それにはコメットの尽力もあるのだが、なぜか本人はそれを隠そうとしている。


「ありがとう」


 ルーナルーナは早速封を切って中をあらためた。以前、コメットから神殿に行って悩み相談をすることを勧められた際、祈祷の申込みをしていたのだった。祈祷と言ってもそんな大それたもののではない。これはほとんど建前にすぎず、大抵は巫女が信者の悩みを聞いて、それに関係する経典の言葉を与えられるという流れだ。それを行ったからといって何か生活が変わるわけではないが、敬虔な信者らしい行為をすることでご利益を感じられるという効果はある。


(まさか、大巫女様が祈祷してくださるなんて!)


 ルーナルーナは、書かれてあった担当する巫女の欄を読んで驚いていた。同時に、手紙を持っているのと反対の手ではガッツポーズを決めている。


(これを申請した時には何も下心もなかったけれど、これはちょうどいいわ! シャンデル王国の神殿の秘密に迫ることができるかもしれない)


 ルーナルーナは、ダンクネス王国の教会とシャンデル王国の神殿は同一のものだと思っているが、これはあくまで推測だ。その確固たる証拠がほしい。それ次第では、サニーの動き方も変わるはずだ。


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