第30話 まさかの求婚

 エアロス、リング、ジークの三人が一斉にルーナルーナを見る。エアロスは人を睨めつけるような視線。ジークは好奇心の目。ここまではルーナルーナの予想通りだったのだが、リングだけは少し様子が軟化していた。


「お前にそんなことを言われるとは大変屈辱的だが、確かにその通りだ。何でも良い。この件に関係すると思われる情報を全て教えてくれ。ここまでの非礼については謝るから……頼む!」


 これには、ルーナルーナも驚いてしまった。まさか王子の側近ともあろう者が、他にも人がいるところで頭を下げるなんて只事ではない。


「どうか頭をお上げください。でも、なぜ急に……」

「先程の魔法。あれ程の能力を持つ者をみすみす敵には回したくないのが一つ。それから、たいへん不甲斐ないが、側近の私でも、これ以上の情報を集められそうにないのだ」

「でも、まだ王様からの命令を受けてからほとんど時間が経っていないのですし、もっと腰を据えて調査を進められては……」

「駄目だ! それでは第二王子に出し抜かれてしまう!」


 ルーナルーナははっと息を飲んだ。


(そうだわ。そういえば、この国にも王子が二人いる)


 第二王子は現在十二歳だが、軟弱なエアロスよりも体が大きく、血の気が多い。救いは、曲がったことが嫌いな性格だということだ。おそらく正攻法でしか第一王子を蹴落とすことはないだろう。とは言え、もたもたしていると、我先にと武力を持って異教徒制圧へ動き出しかねない。ルーナルーナも、自国で無駄な血が流れそうになるのは看過できなかった。


「分かりました。では、私の知る限りのことをお話しましょう。これから話すことは夢物語のように聞こえるかもしれませんが、全て事実であり、私の持つ秘密でもあります。不必要に広めることはどうかお控えください」


 ルーナルーナはこう前置きした上で話り始めた。まず、二つの世界の存在と、その行き来の方法。そして、正確には異教徒ではなく、そういった思想をもった集団であり、これにはもう一つの国でも危険視しているということ。ちなみに、教会の立場についてはルーナルーナの推測の域を出ないので、この場では話さないことにした。


 話を聞いて最初に言葉を発したのはエアロスだった。


「だが、私はまだそのもう一つの国に行ったこともなければ、その国の人間を見たこともない。やはり、お前の話には真実味が感じられない」


 ルーナルーナはすぐに答える。


「いえ、ご覧になられたことはあるかと」

「いつだ?」

「先日ありました殿下の誕生祝いの夜会です。私のパートナーをしてくださった男性。彼こそが、ダンクネス王国第一王子のサニウェル様なのです」

「……負けた」


 エアロスは、分かりやすくその場で項垂れた。


 実は夜会の際にリングを使ってルーナルーナ達をホールから追い出したのには、ルーナルーナが気に入らないことの他にも理由があった。それはサニーの存在だ。サニーには知らず知らずのうちに人を惹きつける力がある。そういったオーラを纏っているのだ。本来ならば、エアロスがそういったものを見せつけるための夜会であるはずが、同じ若者にも関わらず完全に自分よりも目立っている存在だった。遠目に見ても直感的に自分の不利を感じたエアロスは、無意識に排除の動きをとっていたのである。


 ルーナルーナは、今後も自分の優位で話を進められそうだと思った。となると、そろそろ後宮へ戻りたいところ。


「あの、それでは私はこれにて……」

「待て!」

「まだ何かございますでしょうか?」

「ル、ルーナルーナ……」


(王子が私の名を初めて呼んだわ。悪い予感がするのはなぜ?)


 ルーナルーナは身を固くして次の言葉を待つ。


「お前、俺と結婚しろ!」

「は?」

「そうすれば、そのサニウェルとやらに勝ったことになるはずだ!」

「私のような者をお側に置いていただいても、彼に匹敵するような秘密兵器にはなれそうにもないのですが……」


 詰まるところ、ルーナルーナが言いたいのはこういうことだ。


(私を彼から取り上げて嫌がらせしようにも、私はあなたが嫌いで、私が好きなのはサニーなの。それに、どう足掻こうとも、うちの殿下はサニーにかなうわけないわ)


 そこへ、さらに二名がルーナルーナへ駆け寄ってくる。


「そうか、ルーナルーナはまだ未婚であったのだな。では、私はどうだ? もうこの歳にも関わらず、未だに結婚してくれる人がいなくて困ってるんだ。君ならば魔法に理解があるし、私も喜んで迎えよう!」

「いえ、彼女は私の妻にします。そして、殿下の手足となるように、一から鍛え上げてみせます!」


(もしかして私、人生初のモテ期到来かしら。でもこんなハーレム、ゴメンだわ!)


 ルーナルーナはふつふつと怒りをたぎらせる。が、ここにいるのはそんな素振りを見せられるメンツではない。仕方なく、しかめっ面を隠すためにも深く頭を下げてみた。


「皆様、申し訳ございません。私には心に決めた方がおりますので……」

「もしかして、それはレイナス宰相のことかい?」

「へ?」


 ルーナルーナが顔を上げると、思案顔で佇むジークがいた。


「確か君は、彼と仲良かったよね」

「いえ、そういう間柄ではこざいませんが、日常的に良くしていただいておりますし、魔法についてもレイナス様からお借りした魔導書で勉強しておりました」

「そうか……では、これは君にとって酷な話になるかもしれないな」

「何でしょうか?」

「彼は先日、夜会の間に後宮へ忍び込み、留守を任されていた侍女を陵辱したらしいのだ。今はその責任をとって、その娘を屋敷に招き入れ、宰相の職も一時謹慎扱いになっている」


 ルーナルーナは、たちまち真っ青になってしまった。


(それって、キュリーのことじゃないの?! どうしましょう。この間彼女、そんな辛いことがあった風ではなかったから、全く気が付かなかったわ! それにしても、このことはコメットは知っているのかしら? 早く戻って教えてあげないと!)


「貴重な情報をありがとうございます。それでは急ぎますので、これにて失礼いたします!」


 ルーナルーナは風のような動きでエアロスの部屋を去っていった。ジークが、なぜ急いでいるのにこんな時に限って瞬間移動は使わないのだろうと疑問に思った瞬間、エアロスがリングへ指示を出す。


「リング! ではキプルの実とやらを国中から集めるのだ! 一度私も向こう側へ行って、状況を確認する!」


 しかし、三日後エアロスの元へ集まったキプルの実は、ちょうど百粒のみ。甘いもの嫌いのエアロスは、苦労してそのジャムを飲み込んだのだが、ダンクネス王国に行くことはできなかったのである。


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