第44話
「宮子さんってば、自分が美滝さんに聞きにくいから、私に任せたんじゃないでしょうね……?」
放課後。美滝百合葉に会いに行く、静流の足取りは重かった。
今年の星花祭の目玉イベント、百合葉と、卒業生のユニット「クリスタル*リーフ」の合同ライブ。その開催の意思を、百合葉に確かめるよう、宮子から頼まれた静流だが……。
宮子から聞かされた話を思い出し、頭を抱える。
「ああ、聞くんじゃなかった……! こんなの聞いて、どんな顔で美滝さんに会えと……?」
アイドル、美滝百合葉。りんりん学校でも目立ちに目立っていた彼女、明るい性格と世間からも認知されているが……。
かつて、当人の与り知らない所で、先輩アイドルを自殺へ追い込んでしまったのだとか。この話自体は、1学期末の百合葉のライブ前に、週刊誌が騒ぎ立てて、静流も小耳に挟んではいた。
けれど、問題は。
「『クリスタル*リーフ』のメンバーが……自殺したアイドルの、妹……」
星花女子学園のアイドル研究部。アイ研の、いわゆるスクールアイドルの中で、全国大会にも出たのが「クリスタル*リーフ」。
水上晶奈と花園彩葉の2人組ユニットで……その、晶奈の姉、水上結奈が、芸名「結野あきら」。美滝百合葉が昔、自殺へ追いやってしまったアイドル。
この事実は最近まで、星花の理事長も知らなかったようで、百合葉から聞いた時はさしもの理事長も、
「ごめんなさい!! やっぱり、このライブはナシで!!」
と土下座したとか。
「でも、ゆりりん、『やる』って言うのよね……」
とは、宮子の談。
それで、本当にやるの? 本当の本当に?と確かめる役目を、静流は託されたのだけど。
「おのれ火蔵宮子……! 明らかに采配ミスですよ」
事情を知らない方が、よっぽど百合葉に話を聞き易かったのに。
大きくため息を吐きながら、百合葉が練習に使っているはずの、音楽室の前へ。
「……静かね。不在かしら」
大音量で有名な百合葉の歌声に備え、防音性能を強化した音楽室。
それでも、彼女が歌っていれば、震動がビリビリ響いてくるはず。
先に待っていましょう、と静流、ドアを開けて音楽室に入ると、
「……ちゅ、んっ。ねえ、もう一回、いいかな美綺?」
「うん、百合葉が満足するまで、何度でも」
キスしてた。
慌てて机の影に隠れる静流。重い過去を聞いてたせいで、いつもの
と、あわあわする静流の存在には気付かず、美滝百合葉と柳橋美綺は、もう一度唇を重ねた。
「ふふっ。少し、勇気出たかも」
「……やっぱり、やるの? 『クリスタル*リーフ』とのライブ」
2人の会話に、静流も息を飲む。
(盗み聞きなんて、趣味悪いけど……)
まさに、その話を聞きに来たのだ。ごめんなさいとは思いつつ、静流は隠れたまま、耳をそばだてた。これが一番、百合葉の本音を聞けそうだったから。
「ええ、やるわ。向こうも、やるって言ってるし。それにね……いつかは、向き合わなくちゃ、いけないから」
「百合葉ってさ、好んで自分から、心の傷を開きに行ってるところ、有るよね。そんなに、罰を受けたいの?」
……聞いてるだけで、辛くなってくる。部外者の自分が、聞いていいような話じゃない。
そう感じながら静流は、
(もし、美滝さんが、心の底では、ライブをしたくないなら)
私は、味方になってあげよう。せめて、それぐらいはしたい。
そんな風に考えた。
「……そうかも。けど、それだけじゃないよ。私が一歩を踏み出すのには、どうしても必要だから」
けれど、百合葉の声は思ったより明るくて。凛と、静流の耳には響いた。
「私、ライブが成功したら……晶奈さんに、話を聞くつもり。お姉さんのこと。それで、過去が変わるわけじゃないけど。でも」
衣服が擦れる音。百合葉が美綺に抱き付いたのだと、静流にも察せられた。
「約束したよね。私は最高のアイドルになって。美綺ぽんは、そんな私を、宇宙へ連れて行ってくれるって。だから、逃げないよ、私」
「……分かった。どうせ百合葉は頑固だし、やるって決めたら意地でもやるんだろうけど」
ちゅ、と
「辛くなったら、いつでも甘えてね」
「……うん」
……さて。図らずも目的は達成したわけだけど。
(出ていきにくいです……!)
静流、隠れたまま困っていると、
「ふふ、でもアイドル失格かな。こんな、個人的な事情で、ライブをやるなんてさ」
「そんなこと、無いと思います!!」
思わず静流、立ち上がって、声を上げていた。
「ぎゃぁぁー!? いたんですか先輩!?」
「ご、ごめんなさいっ! 盗み見するつもりじゃなかったんですけど!? 貴女達がキ、キスしてたから、つい……!?」
百合葉と静流、揃って大変動揺。美綺も、キスを見られたと知って赤くなってる。
ともあれ、宮子に頼まれて話を聞きに来たと、事情を説明。
その上で、
「美滝さんがアイドル失格なんて、そんなことありません。真剣に、色んな事と向き合っていて。……正直、テレビとかでは、もっとお馬鹿キャラと思ってましたけど」
彼女は、尊敬に値する人。静流は微笑んだ。
「大人なのですね、貴女は」
すると百合葉は、首を横に振る。
「ううん。私は、『アイドル』を貫くって、そう決めただけ」
と、本気で泣きそうな顔になって、
「もー、みやみや先輩は実行委員だし、話しておかないとって、思ったんですけど。『クリスタル*リーフ』とのコトとか、私がこう見えて色々考えてるとか、全部オフレコでお願いしますね? アイドルとして、イメージが有るんで。私は能天気キャラで良いっていうか……」
「ふふ、分かってます」
闇なんて、誰でも抱えている。煌めく笑顔のアイドルだって。
生きているなら、大なり小なり、誰しも傷を背負うのだから。
「……では。ライブは予定通り、行うということで、よろしくて?」
「ええ、もっちろん!」
Vサインしてウインクする百合葉。
「ふふん。それに、伝説の卒業生とのライブ、皆が楽しみにしてるんだもの。アイドルとして、やらないなんて、有り得ません!」
(ああ、そうか。これが、彼女がスターである、理由なのかも)
静流は、ひとつ気付きを得た。
ずっと、自分は平凡な人間だと。主役になれる人に、憧れてきた。
そんな静流にとって、美滝百合葉は、火蔵宮子とはまた別の形で、憧れる存在。
そして今、彼女の輝きの理由が、腑に落ちた。
(アイドルとして、ファンの為に笑うから。いつだって、自分ではない、誰かの為に)
他人の為に動いてこそ、主役になれる。そういうものかも、知れない。
(宮子さんの為に。私が出来ることは……)
※ ※ ※
「……そう。じゃあ、ライブは予定通りね。胸のつかえが取れたわ。ありがとう、静流」
静流の報告を聞いて、微笑む宮子。
「もう一個、お願いしちゃおうかなー♡」
「な、何ですの? あまりハードなのは、嫌ですよ」
警戒する静流へ、
「これも、ライブの関係なのだけど。動画で配信されるのですって。ただ、名目上は学園祭のイベントでしょう? だから司会とかアナウンスとかは、学園の生徒でやりましょうって、
だから、静流にもアナウンスとか、やってほしいかなって。
「静流の可愛い声でアナウンス、わたくし、聞きたいわ」
「職権乱用じゃないですか……」
と言いつつ静流、
「ええ、引き受けますよ」
「あら、随分あっさりね」
宮子は首を傾げるけど。百合葉の話を聞いて、静流の胸にも、ライブを応援したい気持ちが芽生えていた。
そして、説明を受けた後で。
「……宮子さん。ライブは、2日目ですよね。終わったら、大事な、お話が有ります」
宮子との関係。彼女のお見合いの話。
静流は、どうしたいのか。エヴァや、百合葉との会話で、答えは出た。
「ええ、楽しみにしてる。静流が、本気で考えてくれたなら、わたくしは、どんな答えでも……」
笑顔を交わす2人。
そして、慌ただしい日々は過ぎて。
星花祭、1日目が訪れた。
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