第26話

 ホテルの広間のひとつ、「おおとりの間」。

 和室を貸し切って行われていたのは、夏コミ原稿の修羅場という、熱い戦いだった。


「エヴァお姉さま、一人戦力を確保しました!」


「何ですの一体……?」


 宮子に引っ張られ、訳も分からず連れて来られた静流しずる

 それを、瞳に星を浮かべ、輝く笑顔で迎える、金髪の美少女。


「まあ、2年の……雪川さん! 貴女も手伝って下さいますのね。大っ歓迎ですわー♡」


 高等部3年、エヴァンジェリン・ノースフィールド。

 ふわっふわの金髪に、睫毛まつげも、お胸も豊かで、とっても柔らかな印象の女の子だ。

 漫画研究部の部長でもある。


「エヴァ先輩……。行きのバスでも、揺れる中で皆に原稿手伝わせてたとは、聞きましたが」


 静流、だいたい察した。


「って言うか、何人がかりなんですか」


 広間には、星花を代表するような、錚々そうそうたる顔ぶれが揃っている。


「人海戦術です。物量こそが最強なのですわー♡」


 親指をぐっと上げるエヴァンジェリン。


「エヴァちゃんテンション高いなー」


 こちらはエヴァの1年時からのルームメイトで恋人の、藤宮恋葉このは

 何日も原稿を手伝ったのか、疲労が隠せてない。

 もう一人、おぱんつを見せるのが好きなグランド問題児の一角、理純りずみ智良ちら


「あたしに感謝しろよなー。エヴァが泣きつくから、しょーがなく、生徒会にまで声掛けたんだから」


「いや、まさか高校最後のりんりん学校で、こんなイベントが待ってるとは思わなかったわよ……」


 頭痛そうなのは、なんと先代の生徒会長、先ごろ後輩に職を譲ったばかりの御津みと清歌きよか


「ごめんね、椿姫つばきちゃん。貴女にまで手伝わせちゃって」


 清歌が微笑みかけるのは、高等部1年の首席、五行椿姫。

 彼女の姉の五行姫奏ひめかと言えば、星花歴代最強のカリスマ生徒会長で、清歌の恋人でもある。


「いえ、漫画描くの初めてだけど……すっごく新鮮で、楽しいです!」


 ぱぁっと背後に花を咲かせてみせる、すごいヒロイン力の椿姫。


理純りずみ先輩繋がりで、御津みと前会長に、五行さん……すごいメンバーね)


 静流は感心するけど、まだまだメンバーは集まる。


「エヴァさーん! 不肖、美滝百合葉! 全力で、お手伝いしますっ☆」


 こちらは背景にキラッ☆と星を飛ばして、1年のもう一人のスター、現役アイドル美滝百合葉がやってくる。


「ふふ、わたくしもいますわよ」


 宮子と並ぶ「66期生の双璧」、御所園咲瑠えみるも参戦。


「えっと、貴女たちはどういう繋がりで?」


 静流がいぶかしむと、宮子が説明する。


「アイドルのみおにゃ……南原みなはら美緒奈みおなちゃんに頼まれたのよ。わたくしと咲瑠えみるにとっては、バイトの先輩だし、美滝さんはほら、ユニット組んでるし」


 エヴァが補足。


「美緒奈お姉さまは、わたくしの姉の、大親友!ですの。それはもう、何度も接吻くちづけを交わし合ったほどの……!」


「それは親友なのですか!?」


 静流の質問には答えず、エヴァ、


「わたくしに漫画やアニメ……日本文化の素晴らしさを教えて下さったのも、美緒奈お姉さまなのですわ」


 聞きながら静流、中等部の頃を思い出す。

 エヴァの実姉あねといえば、静流たちが中学生だったとき、皆の憧れだった先輩だ。

 名前もよく覚えている。リズ・ノースフィールド。


「お手伝いするのは、別に構いませんけれど……」


 畳に置かれた長机の前に、正座で座りつつ、静流は考える。

 漫画とか描いたことも無いけど、役に立てるだろうか。

 それを口にすると、隣に座った宮子が髪を弄りながら、


「仕方ないじゃない。わたくし、友達いないもの。こういう時に頼れるの、雪川さんしか思い浮かばなかったんだから」


「そ、そうですか。それは……えへへ」


 ちょっとねた宮子の物言いに、けれど静流の胸は弾む。

 特別。自分は、宮子が困ったときに最初に思い浮かべる、存在なんだ。


「領民ともいうべき星花の生徒に頼られては、雪川家の者として、全力を出さずにはいられませんね。さあ、矢でも鉄砲でも持ってきてください!」


「あ、誰にどの作業振るかは、ウチが考えるから。安心してな?」


 エヴァのパートナー、藤宮恋葉、そこはちゃんと考えていた。

 もちろん、漫画部や美術部など、絵を描ける生徒には、とっくに声を掛けている。


「百合葉、エヴァ先輩。僕も、戦力連れてきたよ」


 すごく長い黒髪が印象的な、高等部1年の天才、柳橋美綺みき

 同じく高等部1年、2組の癖っ毛の少女、桶屋春泥しゅんでいの腕を引っ張ってくる。


「ちょ、何なの。あたし、集団行動とかほんと、嫌いなんだけど。自分のコンクールも近いし……」


「何を隠そう、彼女は日本画の、桶屋画伯の娘さんなのさ。風景画で色んなコンクールに入選してる腕前だから、背景はバッチリだよ」


 あまりこういう集まりには参加しない桶屋さん、何で私のコト知って……と美綺の顔を見上げて、思い出す。


「……ああ。お父さんが褒めてた天才アート少女って、貴女だったわね」


 脱走は諦めて、座りながら、


「あまり期待しないでよね。漫画なんて描いたこと無いし。日本画とじゃ、求められる技術も違うでしょ」


 御所園咲瑠えみる、タブレットの電源入れながら、


「昼間の、加奈子さんに逃げられてしまったのは、残念ですわ。彼女は漫画描けるみたいでしたのに。まさか、漫画部の名前を出したら、脱兎のごとく逃げ去るとは……」


 そういえば、どんな漫画なんだろう?

 静流が描きかけの画面を見てみると、


「こ、ここここここれは!? は、はだ、はだ……っ!?」


 ほとんど肌色。裸。


「えっちなやつじゃないですかー!?」


「ええ! フルカラー64ページ! 大半は裸の場面ですから、服とか塗り分けが無くて楽ですわ♡」


「そういう問題じゃなーい!?」


 作品が過激すぎて、文化祭での部誌が発禁になった前科持ちのエヴァ。

 今回は星花祭のじゃないから。夏コミのだから!と力説。


「それに、わたくし、もう最上級生。18歳以上ですから、何も問題ありませんわ♡」


「ん? エヴァちゃん早生まれやし、まだ17なんじゃ……」


 恋葉が首を傾げると、エヴァはぺろっと舌を出して、


「Oh、日本語ムツカシイネー。わたくし、ワカリマセーン☆」


「け、けど、これは……。風紀委員として……!」


 固まる静流に、宮子、


「はいはい、手を動かす。色塗れてるの、そのページだけなんだから」


「え。私、漫画は詳しくないですけど、今いったい、どれぐらい進んでますの?」


 エヴァ、しばらく視線を泳がせた後で、にこっと、


「……ネームは完璧ですわ♡」


 理純りずみ智良ちら、諦めた顔で、


「ま、消灯時間過ぎてもいいように、清歌が先生に話付けてくれてるし。とにかく描こうぜ……」


「これが生徒会長としての、私の最後の仕事……! こんなはずじゃ……!」


 宮子、ぽんと静流の肩を叩き、


「ふふ、今夜は寝かさなくてよ。どれだけ眠たくてもね……!」


「嫌な予感しかしなーい!?」


 ……どうやら、とっても長い夜になりそうだ。



 ※ ※ ※


【後書き】

今回の初登場ゲスト


・藤宮恋葉このは らんシェ様作「百合の花言葉を君に。~What color?~」登場。(「小説家になろう」にて、本編完結)


御津みと清歌きよか 五月雨葉月様作「あなたと夢見しこの百合の花」登場。(「小説家になろう」にて、本編完結)


・桶屋春泥しゅんでい 神岡鳥乃様作「春の伊吹」登場。(pixivにて完結。時系列的には、「春の伊吹」本編開始前)


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