第24話

 露天風呂を愉しむ前に、まずは身体を洗いっこ。

 宮子、裸身を惜しげもなく静流へ向けて、えっちなポーズで誘惑してくる。


「ふふ、まずは前から、洗ってもらおうかしら」


(氷の理性。氷の理性ですよ、雪川静流……)


 宮子の分のボディソープを手に塗りながら、静流は頬が赤くなるのを我慢して……。


「やっぱり無理! 脚を閉じなさい、脚を!?」


 八重歯剥き出しにして怒った。


「あ、貴女には乙女のじらいという物が、無いのですかっ!?」


「わたくし、女の子とは何百人と寝てきたし。乙女って言えるのかしら」


 くすくす笑う宮子の台詞で、静流、えっちな場面を想像してしまい真っ赤に。


「……怒りました。いいですよ、洗ってあげます。洗ってあげますとも。貴女のお望みどおりにね」


「キレた!?」


 覚悟を決めた静流、口をへの字に結んで。

 ボディソープを塗った掌で、宮子の裸体を、それはもう、すっごく触った。


「ここですか、ここがいいのですかっ。ええいっ」


「ちょ、くすぐった、もうっ。これじゃ雰囲気ってものが……あはははは!」


 せっけんでぬるぬる。おむねとか、こしとか、いろんなところを、はだかであらいっこ。じゃれあうかんじで、えっちなふんいきを、ちゅうわしてみました。まる。


 ぴちゃんぴちゃん、お風呂の水滴に、石鹸と汗の、甘い薫りが漂って。

 でも色香より賑やかさがまさる、そんな入浴タイム。


 いっぱいこちょこちょされて、宮子、ほんのり頬を染める。


「はー、笑った、笑った。……けど、その、すごいトコロ、触られちゃった気がするわ」


「……言わないでください。自己嫌悪に押し潰されてる所ですので」


 それはもう、全身くまなく隅々すみずみまで洗った。

 風紀的には完全にアウトだ!

 けれど静流、指に残る感触、宮子のすべすべお肌の滑らかさを思い出しながら、ぷしゅーと頭から蒸気を噴き出す。


「柔らかかったぁ……」


 つい声が漏れる。それを聞いて宮子、背中から裸の静流を抱き締めて、耳元へ囁く。


「唇は、もっと柔らかくてよ……♡」


 かぁっと真っ赤になる静流。このままじゃ、お湯に浸かる前から、のぼせてしまう、かも。

 湯煙漂う洗い場が、桃色の空気に満たされていく。

 けれどR18なイベントが発生する前に、大浴場が賑やかになってきた。

 さすがの宮子も恥ずかしくなって、静流の髪を洗ってあげることにする。


「あら? このシャンプー……」


 静流が持ってきたシャンプーを手に、宮子、目を丸くする。


「そ、それは……! そのぅ」


 静流、うかつ!

 前に、デートの時に宮子が買っていた、お高いシャンプーと同じものだ。

 しかも宮子もまた、同じシャンプー持ってきている。お揃い。


「ぐ、偶然ですっ。近所でたまたま安かったので……!」


 本当は、宮子と同じのが欲しくて。

 ネットでいっぱい探して。お小遣い前借りして、取り寄せたのだけど。

 恥ずかしくて咄嗟に嘘を吐く静流。

 宮子はと言うと、嘘を見抜いているのか、どうなのか。いつも通り小悪魔スマイルで、ニマニマしながら。


「ふーん……?」


 そして、静流の銀の髪を、白く細い指でシャンプーを泡立てて、洗っていく。

 高貴な薔薇の香り。花の女王に相応しい、華やかで清涼感のある香りに、静流の全身が包まれていく。


「ふふっ」


 静流の頭を洗いながら、宮子がくすりと微笑む。


「わたくしたち、同じ香りね」


 静流の小さな胸に、また劣等感がちくり。

 憧れの人と同じ匂いになっても、同じ人になれるわけじゃなくて。

 けど。


「火蔵さんのコトは、嫌いですけど。この匂いは……好きです」


 ちょっとだけ。素直な恋心を、吐き出した。


 ※ ※ ※


 すっきりしたら、2人で露天風呂へ。

 水平線に沈みゆく夕陽を眺めながら、熱々のお風呂を堪能。

 まるで、世界を独り占めにしたみたいな、幸せ感。

 いいえ、きっと、こんなにも心地が良いのは。

 2人、裸の心を見せ合っているから。


「あの。さっきの話。聞かせてくれるって、言いましたよね」


 特別授業の時、なぜほうけていたか。静流が宮子へ尋ねると、


「大して、面白い話じゃないわよ?」


 大きく伸びをしながら宮子。けれど、お風呂で心もほぐれているからか。

 心の仮面を、外してみる気になった。

 ぽつぽつと、火蔵の家の事情、自らの生い立ちを語る。

 温泉の注ぐ音と、周りの生徒たちの笑い声を、どこか遠くに聞きながら。


「前に言ったわよね。わたくし、自分の……宮子という名前が、嫌いだって」


 名付けたのは父親。自分を産んで、そのまま母が亡くなった時。

 父は、空の宮市役所の書類に、例として載っていた、「空の宮子」から、そのまま「宮子」と名付けたとか。


「……雑でしょう? だから、義母ははや弟がわたくしを嫌うのは、仕方ないけど。あの人お父様のことも、あまり信じられないの」


 達観したような、厭世的なような口調で。


「わたくし、愛されてないのよ」


 宮子がつぶやくと、


「……そうでしょうか」


 静流は、首を傾げた。


「私の家は仲良いですし、ただの願望ですけれど。貴女が愛されてないなんてこと、無いと思います」


「……雪川さんは、いい子ね」


 苦笑しながら、宮子は湯から上がる。


「嫌味じゃないのよ? そんな風に、人の善いところを、素直に信じられるの、わたくしには無い部分だし。眩しいと思うわ」


 裸の宮子。湯に濡れた黒髪をかき上げ、裸の心で、微笑んだ。


「好きよ。貴女の、そういうところ」


 それを聞いて真っ赤になる静流。露天風呂のお湯が、頬を隠してくれた。


 ※ ※ ※


 お風呂から上がって、浴衣を着ていると。

 宮子のスマホに、あるメッセージが。

 それは、かつてのバイト先の先輩から。


「これは、美緒奈先輩から……?」


 メッセージはこう。


「指令。エヴァちゃんを助けよ」

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