第9話

 初夏の夕暮れ、空の宮中央の駅前で。


「どうでしたか、今日は。とっても勉強になったでしょう?」


 資料館で買った、今川家紋入りストラップを手に、自信たっぷり見上げてくる静流へ、


「そうね……60点?」


「低い!? なぜですか、戦国の解説が足りませんでしたか! お隣夕月市の誾林ぎんばやし家と、武田徳川に分かれて争った時代のエピソードとか、もっと語るべきでした!?」


「いや、これ、そもそもデートよね? 課外授業じゃないわよね?」


 むしろ、なぜ高評価と思ったのか。宮子は呆れるけど、静流は怯まない。


「良いんです、これぞ、清い交際というものですわ。学生は、学業が本分なのですから。貴女、言いましたでしょう。私の考える『清い交際』を教えて欲しいと」


「清すぎてびっくりよ?」


 まあ、でも……と、黒髪をかき上げながら宮子は微笑んだ。


「雪川さんのことは、知れた気がするわ。大好きな歴史を語る時の顏、可愛らしかったわよ?」


「なっ……」


 赤くなる静流に、小悪魔ちっくにニマニマ笑ったまま、


「お返しに、次はわたくしのコト、もっと教えてあげましょうか。わたくしのやり方で♡」


 ビーーーーーーー。

 防犯ブザーの警報が、駅前広場に鳴り響いた。


「ちょっとぉ!? わたくしが犯罪者みたいじゃなくて!?」


「だ、だって、だって……! 貴女のやり方って、えっちな意味でしょう? えっちな意味なんでしょう!?」


「まあ、エッチな意味だけど」


 否定はしなかった。


「……そんなに嫌わなくても、良いじゃない」


 ジト目で頬を膨らませる宮子の顏は、年相応というか、妙に少女らしさが有って。

 静流をドキッとさせた。

 動揺を悟られまいと、指突き付けて静流、


「やっぱり貴女は、風紀の敵。悪い子ですわ! 絶対、更生させます。具体的には……そうですわ、期末テストで私が勝ったら、えっちなコトはやめてもらいます!」


「あら、貴女に出来て? わたくし、中間は学年7位よ?」


 問題児、火蔵宮子。成績は良いのだ。1学期の中間、貴女はどうだったの?と静流へ聞き返すと、


「……に、日本史は100点でしたわよ?」


 静流は、盛大に目を泳がせた。数学赤点だったけど。私は文系なのです、とか、ごにょごにょ。


「ふふ、楽しみにしてるわ。ああ、ちなみに、わたくしが勝ったら、どうしましょうか」


 ぐ、と静流は口ごもるけど。当然、宮子が勝った場合のご褒美も考えないと、勝負を受けるメリットが無いわけで。

 宮子、考える。


「そうね……もうすぐ夏休みで、りんりん学校が有るけど。雪川さんは、去年休んでたわよね」


「ええ、恥ずかしながら、風邪を引いてしまいまして」


 星花女子、夏の名物、りんりん学校。臨海&林間学校の略で、以前の生徒会副会長が付けた愛称だ。


「ま、まさか、例の肝試しの……!?」


「大浴場。一緒に入りましょうか。裸の見せ合いっこ♡ 雪川さんも、それぐらいなら、いいでしょう?」


「……」


 それぐらいなら、と承諾する静流。それでも、かなり恥ずかしそうだけど。

 一方宮子は、


「あら、今の間は何かしら。雪川さんってば、もっと、イケないお願いを想像した?」


「な、なななな何を言ってますの? 意味が分かりませんね」


 そうこうしてる間に、電車の時間が近付いて来る。

 静流は腰に手を当て、ビシッと宣言する。


「期末テスト、絶対負けませんから。覚悟してくださいね、宮子さん!」


 その言葉に、なぜか宮子が目を丸くするので、静流も戸惑う。


「……あの。私、何かおかしなこと言いました?」


「ううん、名前」


 宮子さんって。名前で、呼んだ。


「あ、こ、これは、その……! つい」


 距離が縮まったみたいで、気恥ずかしい……顔を真っ赤にする静流へ、宮子はというと、


「わたくし、自分の名前、好きじゃないのよね。……色々有って」


「そうでしたの……。ごめんなさい、火蔵さん」


 静流が素直に謝ると、


「むぅ、実家とは仲悪いし、『火蔵さん』て呼ばれるのも、あまり……」


「めんっどくさいですね貴女は!? どう呼べと!?」


 静流がキレると、宮子はこの日一番の悪戯っ娘スマイルで、


「ふふ。お姉さま、なんてどうかしら♡」


「ええ、ええ。よーく分かりましたわ。『火蔵』、『宮子』さんっ!」


 雪川静流と、火蔵宮子。

 白銀の髪と蒼の瞳に、黒髪と炎揺らめくような赤み掛かった瞳。

 鉄の風紀委員、人呼んで「氷の女王」に、奔放な、通称「真紅の姫君スカーレット・プリンセス」。

 何もかも正反対な2人、今日1日で、互いの心に触れ合えた気がした。

 気のせいだった。


「ふ、ふふふふふふ♡」

「ふふふっ♡」


 先に電車に乗る静流と、ホーム側の宮子。

 ニコニコ、笑顔で見送り合うように見えて……。


「ごめんあそばせっ!」


 ドアが閉まるとともに、静流はそっぽを向いてしまった。

 電車が去っていくのを見送って、宮子は。

 瞬き出した一等星ベガを見上げて、歌うように呟いた。


「デートとしては30点だけど。楽しかったのは、本当よ。……だから、プラス30点」


 夏は、もうすぐそこ。

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