第4話

 星花女子学園には、名家のお嬢様も少なくない。

 その中で、「洋館に住んでそうランキング」を作れば、雪川ゆきかわ静流しずるは確実に上位に来るだろう。

 祖母から受け継いだ白銀の髪のせいで、だいたい初対面の生徒は、留学生だと思い込む。

 そんな静流の家は、実は純和風の武家屋敷だった。


「ふわ、ぁ……。もう、朝ですの?」


 障子から差し込む朝日に、静流は目をこする。

 部屋は六畳の和室、もちろんベッドでなくお布団。


 築200年を超える、空の宮市の重要文化財にも指定されているお屋敷。

 廊下を軋ませる家人たちの足音を聞きながら、布団を被ったまま、枕元の目覚まし時計へ手を伸ばす。


(まだ、6時半……)


 もうひと眠りしようかしら、なんて思っていたら、すっとふすまの開く音がして、


「きゃぁぁぁぁぁ!? ふ、布団に潜り込むのをやめてぇ!?」


「はぁぁぁ♡ 静流の温もりが染み付いたお布団は、最高ですわね♡」


 布団から飛び起き、寝床に忍び込んできた不埒者を睨む。


「……姉さま。次やったら怒るって、昨日言ったわよね?」


「うう、だって、だってぇ」


 妹の寝ていた布団を、幸せそうにくんかくんかする不審者……でなくて姉。

 大学生の、雪川紅葉もみじ


「静流ってば、昨日はお風呂も一緒に入ってくれなかったのだもの。お姉ちゃん、寂しくて♡」


 同じ、銀の髪。でも背は高くて、大人っぽくて……そんな、あまり似ない姉へ、静流は、わなわなと指を突きつける。


「姉さまは成人、わたくしは高校生! もう、一緒にお風呂入る歳じゃないでしょう?」


一昨日おとといは一緒に入ってくれたのに……」


 ぐ、と言葉に詰まる静流。何だかんだ言って、ちょっと変態なことを除けば、美人で頭も良いこの姉が、静流は自慢なのだ。


「ささ、それよりそれより。お着替えしましょ、静流♡」


 パジャマを脱がせにかかる姉を、自分で脱げますから、と突き放して。

 静流は首を傾げる。


「日曜日よ? 姉さまも、学校は休みでしょう」


 登校時間も違うのに、いつも一緒に行きたがる姉へ、指摘すると。


「大学の近くにね、美味しいケーキ屋さんを見つけたの。一緒に行きましょ行きましょ♡」


 ケーキ。それはもちろん、とっても惹かれるのだけど。


「ごめんなさい、姉さま。今日はわたくし、先約が有るの」


「あら。それってそれって、デートかしら」


 ……目が笑ってない。姉の瞳から、すぅっとハイライトが消えるのを見て、静流は慌てる。


「ち、違います。ただの友達。宮子さんは友達ですから!?」


 宮子は、「デート」と言い切っていたのだけど。

 それを口にするのは、今はとってもまずい気がした。


「ふふ、安心したわ。ただの、た・だ・の友達なのね?」


 静流がこくこく頷くと、姉のオーラがいつものふわふわモードに。

 と、思いきや、


「……良かったぁ。危うく、お蔵の種子島が火を噴くところだったわ」


「何をする気だったの!?」


 その後も、妹の友達を厳しくチェックしたがる姉に、辟易へきえきしながらも。

 私、家族に愛されている。それだけは確かで、静流はちょっぴり、頬が緩むのだった。


 ※ ※ ※


 星花女子学園に、2つの寮があるのは、よく知られている通り。

 完全個室で、設備も充実。成績優秀者が入る菊花寮と、相部屋の桜花寮。

 問題児ながら、文武両道を地で行く火蔵かぐら宮子みやこは、菊花寮の生徒だ。

 そんな宮子、今朝は桜花寮から出てきた。


「ふわぁ……。3人でするのは、やっぱりわたくしには、合わないわね」


 帰る前にシャワーは浴びたけど。くんくんと、自分の髪をにおってみる。

 腕時計を見てみると、朝6時半。静流との約束の時間は、まだまだ先。


「やっぱり、だめよね。デートに、他の女の子の匂い、させていくのはね」


 ……まあ、それはそれで。あの子、どんな風に赤くなるかしら。

 想像したら、宮子は何だかゾクゾクしてきた。

 でも我慢。今日は我慢しましょう。

 宮子は一度菊花寮に帰って、お風呂に入ることにした。


 鼻歌交じりに、シャワーをひと浴び。

 麗しの黒髪と白皙の肌を、滴が伝う。同性でも見惚れる……実際に多くの女子を虜にしてる裸体に、ボディソープを塗る。

 今日は、ジャスミンの香りのにしてみよう。

 シャンプーに、ボディソープに、気分で組み合わせを変えるのが、宮子の趣味だ。


 ゆっくり暖まって、すっきり良い匂いの身体を、バスタオルで拭いていると。

 LINEの通知を知らせる点滅が、眼に入った。

 スマホの画面を開いてみると。


「……なんだ。つまらないわ」


 父親からのメッセージだ。今夜、議員仲間や県の有力者で、パーティがある。

 お前もたまには、実家に帰って来なさい、と。


「『考えておきます』、と……」


 素っ気ない文面を返信。もちろん、帰るつもりはない。

 はぁ、と大きなため息ひとつ。

 これでも、父はまだマシだ。母や弟たちなんて、誕生日にだって、何のメッセージもくれやしない。仕方なしに実家へ帰った時ですら、ろくに会話も……。


「寂しくなんてないわ。寂しくなんか……」


 わたくし、家族に愛されてない。鏡に映る自分の顔が、あんまり暗いから、頭からバスタオルを被って、隠すのだった。

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