深夜の無重力

園長

夜の誘惑

 夜というものは、誰にとっても多少なりとも魅力的な時間帯だと思う。

 ある人は暖かい布団で睡眠をとり、ある人は子どもたちが寝静まってから晩酌をし、またある人は親が寝静まってからゲームをしたり動画を見る、あるいは性欲を満たすといったことも。そういった昼間ではとても人目があってできないことを暗闇に混じって行っている。

 大半の子供にとって、深夜は起きていることを禁止されているので、言わば食べてはいけない甘いケーキを食べるような、背徳的な甘い誘惑に満ちているとも言える。

「どうして子供は夜更かししちゃいけないの?」

 私はそう言って尋ねてきたパジャマ姿の息子の透き通った瞳を見て思う。

 いったい今まで世界中の何人の親がこれと同じ質問をされたことだろう。

 そして何人の親がこの純粋な質問に対して子供の納得がいくように答えることができたのだろうか。

「それはな、メラトニンとか成長ホルモンが脳の下の方から夜中の寝てる間にだけ出るようになっていて……」

 そう私が話し始めたところで、ソファに座っていたパジャマ姿の息子が「また始まった」とうんざりした顔をした。

「いつもお父さんの話は難しすぎるよ。僕まだ小学2年生だよ?」

「難しい話を聞くことに年齢制限なんかあるもんか。知識を手に入れないことを年齢のせいにしちゃいけない」

 そう諭すと、ますます息子は不機嫌になったようで、すぐさま妻に言いつけに行った。カウンターキッチンの向こうで片付けをしていた彼女はそれを聞いて「お父さんも困った人ね」と息子に同意して、腰に手を当てて私の方を見た。

 この家に私の味方はいないようだ。

 その後母親に宥められながらもしぶしぶ歯磨きをし、ぶつぶつ言いながら寝室に行き、ぷりぷりしたまま私の隣で布団をかぶった息子を見て、ふと脳裏にある思い出が蘇った。

 それは私が初めて徹夜をした日、一晩で起きた出来事。

 忘れもしない、楽しくて、怖くて、発見に満ち溢れていた思い出。

「そうだな、あれは父さんが15歳、中学生の頃だったな……」

 私は話し始めた。

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