第3話 ヲタヲタヲタ

「みんなー! いっくよー!」


 いつも通りに、それでいて過去の最高を超えられるように、大きな声を出して自分自身を鼓舞こぶする。

 今は地下アイドルだけどいつか絶対メジャーになる。

 そのためにはファンもある程度選別する必要があるという結論に至った。


 いつも推しジャンしてくれるマサイさん。

 その気持ちは嬉しいけど、あの人がいるせいで後ろの人はステージが見えないというクレームがくる。

 正直、私のせいじゃないから知ったことじゃない。

 だけど、一人のファンが大多数のファンを遠退けてしまっては困る。


 一旦ジャンプを禁止にしてマサイさんを封じるのが運営と話し合って決めた策だった。

 その結果……。


「ジャンプできなくなってごめんねー。でも、後ろの方のみんなまで顔がよく見えるよー」


 会場後方は照明の関係で見えにくい。

 それでも視界がさえぎられない分、今までよりかはなんとなく顔を確認できる。

 それよりもだ。

 なんでマサイさんの隣に女の子がいるのか。


 胸は明らかに私より大きいし、肌も透明感があって綺麗だ。

 私と同じポニーテールにしてるからこそ自分と比べてしまう。

 もしアイドルになったら負けるかもしれないような美少女と仲良く鑑賞してるの!?


 それにこのイライラはなんだろう。

 私のファンが他の女の子と一緒に居るのが嫌だから?

 それとも、あの子の可愛さに対する嫉妬?


「今日はいつもと違う景色を見られたから気合入っちゃうな。次の曲、みんなで盛り上がってください!」


 心の底から叫んだ。

 自分の中に生まれたモヤモヤを消し飛ばすために。

 何度も視界に入るマサイさん。推しジャンしていない姿が逆に新鮮で印象に残る。

 それと同時に、隣にいる女の子の存在が私の中でどんどん大きくなっていく。


 そして、気付いてしまった。

 私は男性ファンを絶対に裏切らないアイドルになれることに。


***


「今日もむーたん可愛かったあああ!!!」


 会場から出るや否やヒメさんは大声で叫んだ。

 どさくさ紛れにボディタッチをするなどの姫行為は一切なく、ただまっすぐにステージに立つむーたんを見つめていた。

 この人は本当にむーたんが好きなんだと確信するには十分だった。


「初めてジャンプせずにライブを見ましたけど、それでも結構視線をくれるんですね」

「今まであんなに跳んでた人が急に大人しくなったら気になるんじゃないですか」

「俺としては推しジャンしないと気持ちを伝えられない感じがして物足りないですけど」


 ライブ前は何かの罠とか勘違い系オタクの世界に足を踏み入れるのが恐かった。

 だけど今は、むーたんファンとして対等な関係になっている。

 これでいい。これ以上は距離を詰めず、同じアイドルを応援するファンとして接していこう。


「あの……すみません」


 聞き覚えてのある声に呼び止められた気がする。

 いや、まさか。そんなはずはない。

 だけどわずかな期待が脳裏をよぎった。それはヒメさんも同じだったようで。


「ライブに来てくれてありがとうございました」


 振り返るとそこにはむーたんがいた。

 俺もヒメさんもあまりの状況の言葉を失ってしまい、アホみたいに口が開いたままの状態だ。


「急に呼び止めてごめんなさい。もしかしてお邪魔でしたか?」

 

 むーたんから話を振ってくれているのに俺達は二人とも口をパクパクさせるだけで返答ができない。


「実は用事があるのはマサイさん」

「ふぁいっ!?」


 一部の地下アイドルはファンと『繋がる』ことがあると噂で聞いたことがある。

 まさかこの俺がむーたんと!? だがしかし、アイドルとファンの繋がりは完全にスキャンダルだ。

 むーたんの夢を壊すことにならないか? いや、隣で応援できるならアリか? 告白の返事をどうすべきか何度も思考する。


「ではなく、隣のあなたです」

「わわわわわ私でしゅか!?」


 ヒメさんの動揺ぶりが俺以上かもしれない。

 名前を認知されている俺と、名前を知られていないヒメさん。

 この状況でむーたんのご指名はヒメさんなのだから。


「私、今日のライブで気付いてしまったんです。一目惚れでした。私と付き合ってください」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 肯定なのか驚きなのかわからない叫びをあげる。

 俺はただこの超展開を見つめることしかできなかった。


「アイドルが男性ファンと繋がったら夢を壊すことになっちゃうと思うんです。でも、女の子となら、特にあなたみたいな可愛い子ならむしろ夢が膨らむんじゃないかって。ですよね? マサイさん?」

「え? ま、まあ。そう……かな?」

 

 突然話を振られても反応に困ってしまうが、女の子同士の絡みならアリだと思う。

 つまりむーたんは必要以上に女の子と仲良く百合ゆり営業えいぎょうに手を出すということだろうか?


「ちなみに百合営業じゃなくて本気です」

「む……むーたんが私と付き……合う」

 

 ヒメさんはすっかり放心状態だ。

 俺はむーたんに推しジャンをして、ヒメさんはそんな俺をヲタヲタして、むーたんはヒメさんに恋をした。

 アイドル現場って何が起こるかわかんねーな。

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推しジャンしてたらドルヲタヲタされた くにすらのに @knsrnn

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