第一章/第四話・異能者達の合流

アリスが目を覚ますと、そこは暗い森の中であった。

うつ伏せの状態のまま、頭だけをゆっくり上げ周りを見渡す。青臭い草の匂いが鼻をさすが、森の中に特別不思議なものはなかった。

カサカサと風に揺れる葉、その揺れる葉の隙間から時折覗く月明かりの光。森の姿を見せるには心許ないが、アリスにはその明かりだけで十分だった。


「……私、さっきまで城下町にいて…それで、賊に襲われたのでしょうか……?」


うつ伏せから腕と足に力を入れ、体に異常がないか確かめながら立ち上がりアリスは先の出来事を思い返しながら改めて周りを見渡す。先程から何か気配は感じているのだ。何とは言わないが。


「…………」


アリスは森の茂み、前方5m程先を見つめる。

風とは違う揺れ方をするのが見えたからだ。アリスは目がいい。普段は隠している方の瞳は透視に近い能力を持ち、近距離であれば物を透かして先の物をぼんやりとだが視る事が出来た。

茂みを透かし、その奥を視るアリス。黒い大きな物体がゴソゴソと何かをしているのを見て、何かピンと来たようだ。


「…あれは、熊……?」


アリスの国にも熊はいるが、さすがにあれ程大きいものは見た事がない。恐怖か何か、僅かに身動ぎをした。それがまずかった。

足もとの小枝がパキンと音を立てた。ハッとしてアリスは己の足元を見た。表情は複雑なものだった。

そして、瞬時に熊がいるであろう方向をみて姿勢を中段に落とし、そして身構えた。

先程よりも大きな音で茂みを揺らしながら、それは正体を現した。


「……?!」


アリスはを見て絶句した。構えが崩れなかったのは、日頃の鍛練のたわものか。

アリスの透視通り、それは熊だった。たしかに熊だが、何かが違った。

熊は角など生えていないし、あんなに牙も長くない。そして何より、変な尻尾が付いている。まるでそれは龍のように立派で美しい。

アリスは何となくあのごちゃごちゃな生き物の名を知っていた。


「……合成獣キメラ?!」


熊(仮定)「命名・合成獣」は、アリスの姿を見ると低い唸り声を上げる。どうやら存在がバレてしまったようだ。

頭だけをこちらに向けていた体制からゆっくりと全身をアリスへと向け、二足歩行から四足歩行へとシフトチェンジしていく。

右足で地面を抉るように何度も引っ掻き、飛びかかる準備をしているようだ。

アリスもまた、相手の動きは予想出来ていたので、全身がこちらを向くのと同時に下段に構えていた右手に力を入れる。すると、アリスの右手周りにどこからかふわふわとした小さな丸い光が集まり、それはやがて大きな弓を型どる形になっていった。

アリスはそれをちらと見ると、右手をぎゅっ、と握る。途端に白く光り輝いたゆみの様な何かは散り散りになり、本体が姿を現す。

弓のベースは薄桃色で蔦が絡まるようなデザインの模様が金色こんじきに映え、矢を番える場所には濃い桃色のパーツが重なっている。弓の両先端は模様と同じく神々しい迄の金色で見事な装飾が施されている。


"グルルルルル……"


合成獣は低い唸りを上げ、アリスの挙動をじっと見つめる。タイミングを図っているようだった。

アリスは腰に備えた矢筒から矢を一本ゆっくりと取り出し、弓に番え狙いを定める。

矢の先端には普通の矢じりが付いてなく、ハート型の矢じりが付いているのみである。


「…いらっしゃい、一撃で仕留めてあげるわ……!」


"グオオオオオオオアアアアアアッッッッ"


ギリギリと弓の弦を引き、いつでも放てるようにし、アリスは独り言のようにそう言ったのと合成獣が飛びかかるのはほぼ同じだった。


「…………っ!!」


アリスは飛びかかる体勢で宙に浮いた合成獣に矢を放った。その距離わずか1mと少し。矢は一直線に合成獣へ向かい飛んでいき、程なくして腹へ命中した。矢は深々と突き刺さり、合成獣は苦しげな呻き声を上げバランスを崩しアリスの目の前で大きな音をたてて倒れ込んだ。

仰向けに倒れた合成獣は突き刺さる矢を抜こうと短い手足をじたばたとさせるが、場所が悪いのか足が短い所為か矢に届かない。

アリスは黙って様子を見守っていたが、弓を光の粒子に戻し手の内に戻すとスタスタと合成獣の近くまで寄っていくと、合成獣の腹に刺さる矢に軽く触れた。

触れられた振動で僅かに揺れた矢は溶けるように光の粒子に姿を変え、音も無く合成獣の体の中へと吸い込まれていった。

最後の光が吸い込まれていくのを見届けると、アリスは合成獣の頭の方へ向かい茶色いフサフサとした毛を優しく撫で始める。合成獣はと言えば先程までの殺意は何処へやら、くおん、くおんと鳴きながらアリスの手をぺろぺろと舐めているではないか。龍の尻尾も嬉しそうに左右に揺らしている。


「あら、あなた…思ったより可愛いのね」


アリスもニコニコしながら頭を撫で続けていたが、少し経つとすっと合成獣の傍から離れ、先程とは真逆の厳しい表情を作る。


「さぁ、誰かに見つかる前に遠くへお逃げなさい。ここは何があるか分からないわ」


仰向けに寝ていた合成獣はごろりと体制を変え、寂しそうに小さくうおおん、と鳴いた。

アリスは表情を変えずにゆっくりと首を横に振る。合成獣は名残惜しそうに何度も何度もアリスの方を振り返りながら、暗い森の中に帰っていった。

合成獣が姿を消したのと後ろから声がしたのはほぼ同時であった。


「……ここら辺から呻き声が聞こえたんだが……大丈夫かね?」


心地のいいテノールの声は心配そうにそう聞いてきた。

アリスがゆっくりと後ろを振り返ると、そこには黒いスーツに身を包み黒いマフラーを身に付けた青髪の青年が立っていた。


「……えぇ、……何もありませんが……」


アリスは言葉少なげに答えると、青年の頭のてっぺんににょきと出ている白い狐耳をじっと見つめた。

青年はアリスの視線が狐耳に釘付けになるのを見ると、口元を隠し小さく笑う。


「…狐耳これを見るのは初めてのようだね。そうだな、ついでだから自己紹介をするとしよう…私の名は狐泉蒼狗こいずみあおい。見ての通りの妖狐さ」


「……私は神園アリスと申します。隣国の国でお城のメイドを勤めております」


アリスは赤いメイド服のスカートの両裾を少しだけ摘み、膝を軽く折り蒼狗に丁寧に挨拶をした。



それが、二人の最初の出会い。

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崩壊の星と異能の願い 風遊桜(ふゆさくら) @Stardust_Rain11

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