はたらきたくないやつらのひとりごと

夕凪

はたらきたくないやつらのひとりごと

 働きたくない。初めてそう思ったのは、小学一年生の時だった。働き詰めで家庭を蔑ろにしていた父親の姿を見て、こんな大人になるくらいなら働かない方がマシだと思った。

 なんのために働くのか分からない。もちろん、ほとんどの人間は生活のために働いていることくらい分かっている。人間は、なんて言い方をすると僕のナルシシズムが溢れ出ているようで嫌だが、僕は自分がサラリーマンより低級な人間だということくらいは分かっているつもりなので、お間違いのないように。

 小学生が「働きたくないー!」といって騒いでいるのはまだ可愛いものだが、これが中学、高校と上がってくると少しずつ怪しくなってくる。大学まで行くともう駄目、ひきこもりまで行ってしまうとお手上げだ。しかし、安心してほしい。僕は自堕落な大学生でもひきこもりでもない。そう。ニートなのだ。


 ニート、なんて言い方をすれば聞こえは良いが(良くないかもしれないが)、要するにただの無職なわけであり、社会から排斥されているような感覚を覚えない訳では無い。まあそれも仕方の無いことではある。働いていないんだから、居場所が無いのは当たり前のことなのだ。

 なんて、精神的自傷行為に勤しむのはここで終わりにしよう。ここから先の話はただのニートのひとりごとであると、先に断っておく。


 3年前のある日のことだ。僕がまだ十代だった頃。若き日の思い出である。今も若いが。そんな冗談は置いておくとして、3年前のある日のことである。

 寒い冬の夜だった。僕がコートのポケットに両手を突っ込んで歩いていると、急にカラスが降ってきた。本当に降ってきたのだ。信じていただきたい。いや、カラスが降ってきたこと自体は珍しいとはいえ信じられないほどのことではないだろう。おかしかったのは、そのカラスの色だ。そのカラスは、真っ赤だったのだ。燃えるような赤。さながら、夕焼けカラスと言ったところか。

 しかも、そのカラスは喋った。流暢な日本語を。「怪我をしているのか」「大丈夫か」と話しかけたところ、「問題ございません」「お気遣い痛み入ります」とまるでビジネスシーンでのメールのやり取りのような返事が返ってきた。これには驚いた。僕はビジネス敬語が大嫌いだ。

 夕焼けカラスは恭しく一礼すると、僕の目を真っ直ぐ見て、こう言った。

「あなた、働かない方がいいですよ」

 そう言って飛び立ったカラスは、二度と戻ってこなかった。


 以上が、僕が働かない理由である。どうでもいい?だからどうした?いや、待っていただきたい。夕焼けカラスの希少性については専門外の分野なので語ることが出来ないが、そもそも働かないことに理由なんて必要無いとだけ言っておきたい。「働いているだけで偉そうだな!」なんて言うと「子供だ」「少しは成長しろ」「現実を見ろ」等ととやかく言われる時代だが、そんな時代だからこそ、「このままではまずいですよ」と社会に警鐘を鳴らすために、あえて働かないことが重要なのだ。

 夕焼けカラスは僕に3つのことを教えてくれた。1つ目は、働かない方がいいということ。2つ目は、常に注意して歩くべきだということ。そして3つ目は、真っ赤なカラスなんていないということだ。




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