27.時計を合わせろ
「皆、時計を持ってるか?」
遠山が訊ねた。
「俺は持ってる」
「あたしも」
「俺は持ってへん」
「俺も持ってない。持ってる奴同士が組んで、時間を合わせて待ち合わせよう」
「だけど中がどうなってるかは」
「迷路を絶対抜けられる方法って知ってるか?」
迷路? いきなり何を言うんだこの男は。誰も答えられない。
「こうやって」
ぺたん、と壁に手をつく。
「ずっと壁に手をついていって、離さなければ、いつかは外に出られるんだぜ」
「へ」
頭に思い描いてみる。そう言われれば。最悪でも、ぐるっと回って、ここに戻ってくる、ということだ。
「なるほど」
「なら俺、松崎につくわ。ええやろ?」
にやり、と笑っている様な気配がする。いいけど、と松崎は言うが、やや首をひねっているようだ。ぱん、と遠山は森田の背中を軽く叩いた。
森田が松崎についたのは、おそらくは制止役をかって出たのだろう。どうにもこうにも、若葉の姿が見えたら暴走しかねない。
「じゃあ俺等、右から行くわ。お前等左な。何時にしよ」
辺りを見渡して、人影がないことを確認してから、あたし達は奧へ向かうことにした。
「時計を合わせようぜ。今十時二十分だよな。松崎、ここは広いのか?」
「広いかもしれないな。入り組んでいるから、実際に使える広さよりは広く取っているはずだ」
「じゃあ二時間だ。十二時二十分までにここに戻るんだ。探しているものが見つかろうが見つからなくても」
よし、と四人でうなづきあい、あたし達は二手に分かれた。
*
「ぎゃ」
おい大丈夫か、と遠山はあたしの腕を掴む。
何となくそういう場面がここのところ多い様な気がして仕方がない。
「足元がぬるついてるからな…… これだったらいっそ、草鞋の方がすべらなくていいよな」
確かに、と思った。布に底ゴムの、典型的運動靴という奴を履いているのだけど、それでも少し履き慣れすぎて、底がすり減っている。土が湿ってつるつるした地面の上ではかなり怖い。
「あんたは大丈夫なの?」
ふふふ、と遠山は笑うと、あたしに靴の裏を見せた。
「う、高級品。しかも新品じゃないの」
「こういう時でないと、使う時がないんだよなあ」
「金持ちの息子は違うよねー」
「使えるものは使うさ」
あたしは肩をすくめる。
この辺りになると、所々に灯りが点けられていて、お互いの表情くらいは楽に見える。何となく遠山は、こんな事態なのに、どこか楽しそうだった。
その顔が、少ししゃくに障る。
「何かさあ、それってあんたの親父さんと同じ論法じゃない?」
「何?」
案の定、問い返してきた。
「だってそうでしょ。ただ親父さんは、それが人間だっただけでさ。あんたは物だから違うと思ってるようだけど」
「……」
「反論できない?」
「できねえよ」
え。
「だけど今はそのこと言ってる場合じゃねーだろ? ほら」
掴んだままの腕をぐっ、と引っ張る。そのまま引きずられるようにして、あたしは彼の後についてく。実際、まだ足元はつるつるして転ぶんじゃないかと怖かった。
「あ」
手首に目をやる。そこには時計があった。
「遠山、あんた時計」
「お」
手を強く引っ張られる。慌てて彼はあたしを岩陰に連れ込んでしゃがみ込ませる。
足音が聞こえる。人の声がする。もうすぐ向こうに見えている、旧鉱工会社の「壁」。
洞窟の中を仕切るような形で、厚いプラスチック加工された合板が埋め込まれている。
この厚さからいって、最近作られたものではない。昔のものだ。昔、プレハブ住宅の壁に使われたものに近い。
結構な強度がありそうだけど、それでも時々起きた地震のせいだろうか、痛そうな亀裂が入っているところもある。
良くみると、あたし達がいるのは、それでも「部屋」の裏側だった。そちら側から出口はない。
足元に光が漏れているので良く見ると、五センチほどのすき間がある。そこから光だけでなく、中にいる誰かしらの声も聞こえてくるらしい。
「何言ってるんかまるで判りゃしねえわ。外国の言葉だ」
遠山はつぶやく。え、とあたしも姿勢を低くして、中の会話に耳にを傾ける。
「***************」
「******」
え。
「な、やっぱり判らねえだろ?」
お手上げ、という様に彼は手を広げる。その間にも、中の会話はあたしの耳に飛び込んでくる。
「**************」
「*********」
「****************」
おい、と遠山は同意を求める。耳に神経を集中させながらも、あたしはかろうじて声を出した。
「そ、そうよね」
「何かこういう時、歯がゆいよなー。昔は学校でも英語とか教えてたんだろ?」
「そ…… うだったらしいわね」
「何だよ、歯切れ悪いなあ。お前らしくない」
「ちょっと、疲れたのよ」
唇を噛む。適当に口にしながら、あたしはさほど良くもない頭を懸命に回転させようとしていた。
やがて中にいた連中が、向こう側の扉から出て行く気配があった。陽気な笑い声を上げながら、ゆっくりとそこから離れていく。
あたしは立ち上がった。
「おい森岡?」
遠山が呼び止める。つるつるする足場に気を付けながら、そのままぐるりと壁を廻る。
明かりがまぶしい。結構な高さから、幾つかの蛍光灯が吊されている。一体どこからこの電気を取っているのだろう?
どうやらそこは元々事務室の様なところだったらしい。木ではなく、足や縁のさびたスチールの机が「壁」にぴったりとくっつく形で並べられていた。
その上に、幾つかの紙が無造作に置かれている。
「げ、これもあれも、外国語じゃないかよ」
慌ててついてきた遠山は、その紙の一枚を取り上げて、顔をしかめる。あたしはその紙を急いでかき集める。
「森岡? 何してんだ?」
「いいから。それより、その紙の中に、ここの見取り図がないか探してよ」
「見取り図――― ってこれかよ」
彼はあっさりと壁の一面を指す。そこには黄ばんで端が欠けている見取り図があった。おそらく昔の会社のものなのだろう。
ああ何でもう、こういう時って見落としてしまうのよ。焦ってる。あたしもう、絶対焦ってる。
「今がここだよな…… ってことは、ああ、川に通じてるな」
「川に」
「さっき俺達が通ってきた滝があるだろ? どうやらあそことも通じているらしいな」
見取り図の前に立つ。やや背が足りないから、背伸びをする。図の上につ、とあたしは指をすべらせた。
「じゃもし、ここを塞いでしまうとしたら、どこを爆破すればいいの?」
「え? 何物騒なこと言ってるんだよ、お前」
「いいから考えて!」
彼にそう言いながらも、あたしはあたしでその地点を考え始める。
「この図から言うと、俺達が来たのは、逆側からだよな。元々のこの鉱工会社からの入り口は向こう側だ」
「あれ、これって断面図?」
途中で、すとんと穴になっている所もある。
「―――かな?」
「ということは、このもっと下で掘ってる人もいるってこと?」
胸の中にぱぁっと不安が広がる。
「間に合わないじゃない!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます