何から何まで詰んでいる


 それは『正統派王道RPG』という触れ込みで発売された、特に目新しくもないゲームだった。


 グラフィックやシステムなどはなかなか丁寧に作り込まれていて決して悪くないゲームであったと思うが、次々発売される話題作の波に押し流されて、ゲーム好きの間で少しだけ話題になり消えていく。そんな、どこにでもあるゲームの中のひとつだ。


 そのゲームに出てくるのが、『血染めの食屍鬼グール』という中ボスである。


 殺し合いを何より好み、楽しく殺し合うためなら何でもする。自分が不利になることでもやる。だってそのほうが楽しいじゃん? ……という頭のおかしい戦闘狂の敵キャラである。


 こいつは主人公と浅からぬ因縁があり、作中で数回に渡って戦闘することになるのだが、その辺は今はいい。

 ちなみにラスボスはあのクソ皇帝なのだがそこも今はいい。


 さしあたって重要な問題はただひとつ。


「おせぇんだよ戻るのがよぉ……!」


 こいつ死ぬじゃん。皇帝に首輪爆破されて死ぬじゃん。

 前世だか何だか知らないがせめて首輪つけられる前に戻れよ。今更戻られても意味ねぇんだよ。


「申し訳ありません、お待たせしてしまいましたか?」


 豪奢な机に突っ伏して頭を抱えていた俺は、その鈴を転がすような声にゆっくりと顔を上げた。

 そこにはシンプルでありつつも質のいいドレスを身にまとった、長い黒髪の少女が、これまた上等そうなティーセットを持って微笑んでいた。


「……あんたに言ったんじゃねぇ。それより、そういうのメイドとかにやらせりゃいいんじゃねぇの」


「良いではありませんか。これは普通の、お友達同士のお茶会なのですから」


「普通のお友達ねぇ」


「それよりグール様、今日はなんだかお元気がありませんのね。またお兄様に手酷くいじめられたのですか?」


「いじめって言うな。直接やり合えば俺のほうが確実に強いんだよ、“コイツ”さえなきゃな」


 忌々しい首輪を指でとんとんと叩いてみせた。

 それとあの腐るほど隠し持ってる遺物アーティファクト群さえ無ければ、あんな優男とっくの昔にボコボコにしている。


「取っていただけるよう、お兄様にお願い申しあげてはいるのですが……」


「じゃあ可哀想だから取ってあげよう、とかそんなタマかよ。無駄だ無駄、やめとけ」


 少女は俺についた首輪を見て、痛ましげに眉根を寄せた。


 さて一連の会話から分かるように、この少女はあの皇帝の妹であり、つまりはこの国のお姫様である。


 なぜそんな高貴なお方と、一介の中ボスである自分に接点があるのかといえばまぁ話せば長くもない話で、皇帝に日々奇襲をかけている関係上ちょこちょこ顔を合わせていたからだ。


 最初こそ怯えられていたが、数年に渡って挑んでは返り討ちに合う姿を見続けるうちに恐怖より同情が勝ったのだろう。

 やがて顔見知りになり、たまに話しかけられるようになり、それに適当に返すうちにいつの間にかすっかり「お友達」である。どうしてこうなった。


「あんた、仮にも一国のお姫様だろ。俺みたいのと部屋でお茶してて変な評判立つとまずいんじゃねぇの」


「“帝国の姫”というだけで悪評なら十分立ちますわ。そこにひとつふたつ増えたところで今更です」


 気にした様子もなく笑う姫はあの兄と違って頭はおかしくないが、やはり少し変わり者だ。


「それに、グール様は紳士でいらっしゃいますから。何も問題はありません」


「しんし」


 この悪人面になんと似つかわしくない形容詞だろうか。

 そんな思いが全面に出ていたようで、姫がおかしそうに笑った。


「見かけによらず穏和でいらっしゃる、と使用人たちからの評判は良いのですよ。もちろん、戦場での苛烈さもお話には聞いておりますが」


 それらの両極端な評価もまた、前世とやらの弊害である。


 前のオレはどこにでもいる至って凡庸な人間だった。

 ゲームが好きで、どちらかといえばインドア。ことなかれ主義。悪人ではないが、特に善人でもない。そんな男だ。


 そんな凡人の価値観が、グールとして生まれた今世の価値観と、記憶を思い出すまでの十数年間で無意識に混ざり合い、ぶつかり合い、融け合った。


 結果として、戦闘狂でありつつも常識人、というどちらにも振り切れない何とも中途半端な人格になってしまったのだ。

 だから戦闘中の姿をメインに見ている軍内部ではドン引かれていてぼっち気味だが、日常の様子をメインに見ている使用人や城下の人間にはわりと好意的に接してもらえることが多い気がする。


 ゲームでのグールと比べるとだいぶキャラが変わってしまっているが、今後の展開とか大丈夫だろうか。

 前世も今世もたいして頭が回るほうじゃないから、そんなバタフライエフェクト的なものまで計算して動けないんだが。


 そう。そうだ、今後だ。

 それについて悩んでいたのだった。


「紅茶のおかわりはいかがですか?」


「貰う」


 そもそもこのゲームは、設定資料集などが出るほどの人気はなかった。

 だから開発側には年表などの資料があったのかもしれないが、プレイヤーが知ることの出来る情報は、ゲーム中に描写があったもののみに限られる。


 つまりは主人公どころか中ボスであるグールの設定で、しかも原作の熱狂的ファンでもなかった前のオレが覚えている知識なんて、たかが知れているということだ。


 こんな状況でどうやって爆死を回避すればいいのか、さっぱり分からない。ゲーム本編の内容も微妙に思い出せていないところがあるし。


「…………詰んだ?」


「? 何をですか?」


「いやこっちの話」


 とにかく、爆死はしたくない。


 それは常識人で凡庸なオレとしても、戦闘狂で生き汚い俺としても、共通の結論だった。




 姫とのお茶会を終えて、軍の訓練場に向かう廊下を歩きながらまたつらつらと考える。


「何にしても首輪外さねぇとなぁ」


 要するにコイツが爆発するせいで死ぬわけだから、その前に外せばいい……と言うのは簡単だが、まずそれが無理ゲーである。


 なにせこの首輪は、ロストテクノロジーの塊である遺物アーティファクトだ。

 物理手段で普通に壊せるなら、俺はもうとっくの昔に逃げ出している。


 ゲーム中でも解除手段に触れた話なんてなかった。

 むしろアレ爆発するんだ、とグールが爆死した瞬間に初めて判明するレベルである。ただのおしゃれアイテムかと思っていた。


 原作知識は役に立たない。というわけで俺が今世において身を持って調べた情報のうち、特に重要なところをあげるとこうだ。


・遺物『恭順の首輪』は、対象の行動を制限することが出来る

・爆破もできる

・解除方法は不明

・飼い主が死ぬと対象も死ぬ ←new


 ざっっっけんな。


 感想はその一言につきた。無理ゲーオブザイヤーにも程がある。

 最後の情報については確証がないが、皇帝が嬉々として語ってきたからおそらく本当なのだろう。もう一度言おう。ざっけんな。


 まず皇帝が死ぬと俺も死ぬということは、その首を切り離して“飼い主の証”を奪うことは不可能である。

 となると、皇帝をボコボコにして奴の口から解除方法を引き出す以外、今のところ爆破を回避できる道がない。

 けれどそのためには「命令」と「罰」と「大量の遺物」をかいくぐらなければならない。まじ無理ゲー。つんだ。


 いや、正確にはもうひとつだけ、手段はあるのだが。


「……そっちは今考えても仕方ねぇか」


 小さく息を吐いて、がしがしと後頭部をかく。


 記憶が戻ってから頭使いっぱなしで疲れてきた。訓練場で適当に暴れて発散しよう。

 そこで戦闘狂の自分がにたりと浮かべた凄惨な笑みを目撃した通りすがりの軍団員が、小さく悲鳴を上げて後ずさっていた。


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