爆死する中ボスに生まれ変わったけど記憶戻るの遅すぎた

ばけ

DISC1

記憶は遅れてやってくる


 物心ついたときにはもうすでに、ゴミ溜めのような街の、クソ以下の人間しかいない路地裏にいた。親の顔は知らない。


 当たり前みたいに転がる死体に明日の自分を重ねながら、同じような年頃の気の合う仲間だけで身を寄せ合い、助け合って毎日を生き延びた。


 しかし何だかそんな自分に違和感があって、仲間に「俺ってもっと一人でテンション高い、頭おかしいやつじゃなかったか?」と尋ねてみた。

 そこまでじゃないよ、という返事をもらった。肯定されなかったことが不服なような、完全否定されなかったことが釈然としないような微妙な気分になった。


 そして才能だか遺伝だか知らないが、どうも自分は喧嘩が得意らしい、と気づいた。

 ある程度の年齢になってからは、大人数名を相手取っても負けることはなくなっていた。それどころか、戦いを楽しいとさえ思った。


 そんな自分にもまた違和感を覚えて、「オレってもっと普通が好きな、おとなしいやつじゃなかったっけ?」と仲間に聞いた。

 そういうときもあるね、と返事をもらった。また微妙な気分になった。


 自分の中にふたつの価値観が混ざり合っているような奇妙な感覚は、それこそ物心ついたころからずっとあった。

 けれど毎日新しい死体が転がる血生臭い環境では、そんなことを深く考えている余裕もないと目をそらしていた日々の途中。


 その最悪の転機は訪れる。


「あはっ、あはは、君はすごいなぁ! その年でその身のこなし! 圧倒的なまでの暴力! 人を襲い、死体を漁り、その糧にする――――まるで食屍鬼グールだ!!」


 頭のおかしい男が現れた。


 仲間のひとりが人身売買グループに捕まったから、それを助けに行って全員ボコボコにしてやって、ついでにそいつらから身ぐるみを剥いでいたら、どこからともなく出現した頭からローブを被った男が、俺を見てそれは愉快そうに笑ったのだ。


 全員虫の息だが殺してはないだろ人聞きの悪い、と思いつつ顔を顰めた、そのとき。


「おいでよグール、僕と遊ぼう」


 男の手元から何かが放たれた。

 小石のようなそれをとっさに払い落とそうとしたが、その物体は途中でざらりと崩れて細かい粒子に代わり、振るった腕をすり抜ける。


 やばい、と思った瞬間にはもうすでに、その粒子は自分の首を覆っていた。

 物陰に潜む仲間達へ、とっさに「逃げろ」のハンドサインを送る。


遺物アーティファクトって知ってるかい? 昔々、今より遙かに高度な技術を使いこなしたと言われる古代人が遺した道具の数々だよ」


 首回りをぐるぐると渦巻いていた粒子が、少しずつ収束されていく。


「それもそのひとつさ。“恭順の首輪”っていうんだ、いい名前でしょ?」


 首輪。男が口にした言葉に呼応するように、粒子が固体化する。首にひやりとした感触が伝わった。指先で探れば、自分の首に金属の輪がはまっているのが分かる。


 やばい。よく分からないがこの男はやばい。

 ゴミ溜めの街で培った勘がガンガンと警報を鳴らすのを感じた。


 男が、そこで初めてローブで隠していた顔を露わにする。


 その下から現れた顔は思ったより若く、それなりに整っていた。

 浮かべているのが狂った笑顔じゃなきゃ女にモテそうだ、なんて感想を抱く傍らで、ふと違和感を覚えた。

 いや、それは、どちらかというと既視感に近かったかもしれない。


 なんか見たことある気がする。


 しかしいつもの違和感と同じく明確な答えを得られずにいた俺の前で、男は己の首に、ついと指を這わせた。そこには美しい細工の為された金の首輪がはまっている。


「それで、これが起爆スイッチ」


「は?」


 思わず声が出た。

 男は、それはそれは愉快そうに笑っている。


「真ん中に小さい石がはまってるの分かるかなぁ? ここを押すと、君のつけてる首輪が爆発するんだ。どこまで遠くに逃げようとね」


 それを聞いた瞬間に、俺は地を蹴っていた。隠し持っていたナイフを取り出して、男の首めがけ勢いよく振りかぶる。

 殺すのは好きじゃないがコイツはやばい。先手必勝で息の根を止めなければ。


 しかし男は焦りもせず、にたりと口元を歪める。


「『ダメだよ、直接攻撃なんて』。芸がなくてつまらないだろう?」


 その声が響くと同時に、頭に痛みが走った。

 いや痛みなんてもんじゃない。直接脳を握りつぶされているような衝撃だった。


「ぎ、あ……!!」


 頭を抱えて地面に転がる俺を見下ろして、男は嗤う。嗤う。


「あはは! はは! コレね、飼い主の証でもあるんだ。これがあるかぎり、君は僕の命令に逆らえない。そしてさっき言ったように、君の命も僕の手の中だ」


 あまりの激痛に、男の言葉はほとんど耳に入ってこない。

 ただ、徐々に意識が遠くなっていく中で、これだけはなぜか明瞭に聞こえてきた。


「君がどうやって僕を殺しにくるのか、楽しみに待っているよ」




 そして気づいたら俺は、この国の帝都に持ち帰られていた。


 今でも信じたくないのだが、なんとあの頭のおかしい男は、この国の皇帝だったらしい。何で皇帝が一人であんなクソみたいなスラム街ぶらついてんだ。


 さらに訳が分からないまま、国直属の軍に放り込まれた。

 宿舎に住めて食事も出るから生活はスラムより格段に良くなったが、保護者代わりみたいになってる第一軍団長のジジイが事あるごとに説教してくるし、訓練で暴れすぎると拳骨落としてくるしでうっとうしい。


 あと隙を見てクソ皇帝から“飼い主の証”を奪おうとしているが、いつも『命令』で潰されるか、奴が腐るほど持ってる遺物で返り討ちにされてしまう。俺を痛めつけてるときの楽しそうな笑い声が癇に障る。


 軍で訓練して、皇帝を襲撃して、任務で敵国のやつを蹴散らして、適当に城下をぶらついて。


 そんな目まぐるしい日々を送るうちに、幼いころ頻繁に抱いていた違和感のことなど忘れかけていた、とある日。


 朝起きて、顔を洗って、ふと鏡を見た。


 そこには赤い髪と褐色の肌をした、三白眼の青年が映っている。

 人差し指を口の端にひっかけて、むいと横に引っ張ってみれば、獣のようなギザギザとした歯が現れた。


 黙って口から手を離し、次に手を這わせた首もとには、忌まわしくもこの数年ですっかり見慣れたものとなった無機質な銀の首輪がはまっている。


 訓練や戦場での暴れっぷりが噂になり、ここ最近では「血染めの食屍鬼グール」とかいう通り名がついた。


「………………」


 俺は黙って蛇口をひねり、流れる水の下に頭を突っ込む。


 赤髪。褐色。三白眼。ギザ歯。

 血染めの食屍鬼。爆発する首輪。


 後頭部から伝って落ちる水の冷たさを感じながら、俺は叫んだ。



「爆死する中ボスじゃねーか!!!!」



 前世とやらの記憶が戻ったのは、すべてが手遅れなタイミングでした。


 ざっけんな。

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