02

「お一人様ですか?」

「はい」

「お好きな席へどうぞ!」

 客として来たわけではないが、まずは覆面調査員として店の様子を伺うことにした。

 店内にはカウンター席とテーブル席が用意され、やはり普通のカフェの様相を呈している。しかし、所々におかしな要素が散りばめられていることに気付く。

 招き猫や将棋の駒の置物があったり、壁には魚拓が飾ってあったり……。寿司屋か、ここは。

 そう広いわけでもないため俺以外に客がいないのはすぐにわかった。誰もいないのならば、と遠慮せずに4人掛けのテーブル席に座ることにした。

「お茶です、どうぞ!」

席に着くなりゴツゴツした湯呑に煎れられた熱々の緑茶が運ばれてきた。

「こちらメニューになります! お決まりの際はお申し付けください!」

 待て。和風だか何だか知らないが、ここは「カフェ」だったと思うのだが。なぜいきなり緑茶が出てくるんだ? せめて水じゃないか? いや、「カフェ」ってコーヒーとか飲みに行くわけだから水すらも出てこないような気がする。いやいや、水くらい出すか? いかん、「ファミレス」と「カフェ」の区別ができなくなってしまった。

まさかたった一杯の緑茶がこれほどの混乱を招くとは思わなかった。ここからは一瞬の油断も許されない。気を引き締めていこう。

 ラミネート加工されたメニュー表に目を通す。飲み物はコーヒーが数種類あるようだ。アメリカン、エスプレッソ、カフェラテ、マキアート……。至って普通の内容なのが逆におかしく感じてしまう。

 コーヒー以外には、ダージリン、アッサム、アールグレイ、緑茶、烏龍茶……。

 ん? 何かがおかしい気がしたのでもう一度読み返す。

 ダージリン、アッサム、アールグレイ……緑茶あるのかよ!!

「すいません、注文お願いします」

 カウンターで暇そうに週刊誌を読んでいた店員の少女がすぐにこちらに来る。

「はい! ご注文をどうぞ!」

「緑茶で」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」

 我ながら何をやっているのだろうか。緑茶ならまだここにあるというのに。

 だが、この緑茶はただのお通し用の緑茶であって、実はとびきり美味しい緑茶が存在している可能性は否定できない。その可能性に懸けてみたくなったのだ。

「お待たせしました! 緑茶です!」

 そう言ってテーブルに置かれたのは、ゴツゴツした湯呑に煎れられた熱々の緑茶だった。

 同じじゃねぇか! しかもこっちは390円という価格設定だ。

「ごゆっくり!」

「どうも」

 目の前には緑茶が二杯。しかも熱々だ。

 試しに交互に飲み比べてみるとしよう。

 まずはお通しの緑茶。次は、有料の緑茶。もう一度お通しの緑茶。

 ……うん、おんなじだ、これ。

 とても悲しい気持ちになったところで、フードメニューも確認してみる。

 チーズトースト、サンドイッチ、ホットドッグ、サラダ……。

 寿司ねぇのかよ! お米すらないようだ。

 うーむ。入店してからまだわずかな時間しか経っていないが、この店に問題があることはわかった。

和風カフェというコンセプトを前面に押し出しすぎた結果、全てが中途半端な装いになってしまっている。おそらく経緯としては、もともとアンティーク系の喫茶店だった場所を借りて、そこに無理矢理和のテイストをぶち込んだような感じだろう。

やれやれ。こいつは俺には荷が重すぎる。帰ろう。

緑茶を飲み干し、会計レジへと進む。

金髪少女もレジへと向かう。

「ありがとうございました! お会計、緑茶二杯で780円になります!」

「おいいいい!!」

「ひえっ!?」

 思わず叫んでしまった。自慢ではないが、カフェの会計で叫んだことなど今まで一度もなかった。

「ああ、すいません。お気になさらず。あの、もう一度聞いてもいいですか。おいくらですか?」

「780円です」

「内訳は?」

「えと、緑茶二杯です」

「ジーザス!!」

「ひええっ!?」

 どういうことだ、おい。こんなことがあっていいのか。

「あのぉ、お客さん、なんなんですか……?」

 俺は入店前にした深呼吸よりももっと深い溜息をついてから自己紹介を始める。

「俺は的場まとば太堂たいどう的場まとば桂花けいかの紹介でここのマネージャーを任された者だ」

「ま、マネージャーさんですか!? しかも桂花さんからの紹介って」

「なんだ、聞いてなかったのか?」

「はい。でも、桂花さんにお店の経営が上手くいってないことを相談していたのは事実です」

 姉よ、話くらい通しておいてくれ。

「そうか。けど、俺にはこの役目は重すぎると判断したよ。マネージャーの件は降りる。まあ、頑張ってくれ」

 そう言って立ち去ろうとしたが、「待ってください!」と呼び止められた。

 やれやれ。この状況では俺のような冴えない男でも救世主に見えるのだろう。俺は情に訴えられるのは弱いほうだ。泣きつかれる前に去りたいのだが。

「……なんだ?」

 振り返った先で彼女は真っ直ぐに俺の目を見つめて言った。

「緑茶二杯で780円になります!」

「あっ、はい」

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